Chapter 1 of 3

「さて何うも一方ならぬ御厚情に預り、少からぬ御苦労を掛けました。道中にも旅店にも、我儘ばかり申して、今更お恥しう存じます、しかし俥、駕籠……また夏座敷だと申すのに、火鉢に火をかんかん……で、鉄瓶の湯を噴立たせるなど、私としましては、心ならずも止むことを得ませんので、決して我意を募らせた不届な次第ではありません。――これは幾重にも御諒察を願はしう存じます。

――古間木(東北本線)へお出迎ひ下すつた以来、子の口、休屋に掛て、三泊り。今また雑と一日、五日ばかり、私ども一行に対し……申尽くせませんまで、種々お心づかひを下さいましたのも、たゞ御礼を申上げるだけでは済みません。御懇情はもとよりでございますが、あなたは保勝会を代表なすつて、湖の景勝顕揚のために、御尽力をなすつたので、私が、日日社より旅費を頂戴に及んで、遥々と出向きましたのも、又そのために外なりませんのでございますから、見聞のまゝを、やがて、と存じます。けれども、果して御期待にかなひますか、如何か、その辺の処は御寛容を願ひたう存じます。たゞしかし、湖畔五里余り、沿道十四里の間、路傍の花を損なはず、樹の枝を折らず、霊地に入りました節は、巻莨の吸殻は取つて懐紙へ――マツチの燃えさしは吹き消して、もとの箱へ納めましたことを憚りながら申し出でます。何は行届きませんでも、こればかりは、御地に対する礼儀と真情でございます。」

「はあ――」

……はあ、とそつ気はないが、日焼けのした毛だらけの胸へ、ドンと打撞りさうに受け容れらるる、保勝会の小笠原氏の――八月四日午後三時、古間木で会うてより、自動車に揺られ、舟に揉まれ、大降小降幾度か雨に濡れ、おまけに地震にあつた、裾短な白絣の赤くなるまで、苦労によれ/\の形で、黒の信玄袋を緊乎と、柄の巌丈な蝙蝠傘。麦稈帽を鷲掴みに持添へて、膝までの靴足袋に、革紐を堅くかゞつて、赤靴で、少々抜衣紋に背筋を膨らまして――別れとなればお互に、峠の岐路に悄乎と立つたのには――汽車から溢れて、風に吹かれて来た、木の葉のやうな旅人も、おのづから哀れを催し、挨拶を申すうちに、つい其誘はれて。……図に乗つたのでは決してない。……

「十和田の神も照覧あれ。」

と言はうとして、ふと己を顧みて呆れ返つた。這個髯斑に眼円にして面赤き辺塞の驍将に対して、爾き言を出さむには、当時流行の剣劇の朱鞘で不可、講談ものゝ鉄扇でも不可い。せめては狩衣か、相成るべくは、緋縅の鎧……と気がつくと、暑中伺ひに到来の染浴衣に、羽織も着ず、貝の口も横つちよに駕籠すれして、もの欲しさうに白足袋を穿いた奴が、道中つかひ古しの蟹目のゆるんだ扇子では峠下の木戸へ踞んで、秋田口の観光客を――入らはい、と口上を言ひさうで、照覧あれは事をかしい。

「はあ。……」

「えゝ、しかし何は御不足でも医学博士、三角康正さんが、この一行にお加はり下すつて、篤志とまでも恩に着せず、少い徳本の膝栗毛漫遊の趣で、村々で御診察をなすつたのは、御地に取つて、何よりの事と存じます。」

「はあ、勿論であります。」

「それに、洋画家の梶原さんが、雨を凌ぎ、波を浴びて、船でも、巌でも、名勝の実写をなすつたのも、御双方、御会心の事と存じます。尚ほ、社の写真班の英雄、三浦さんが、自籠巌を駆け上り、御占場の鉄階子を飛下り、到る処、手練のシヤターを絞つたのも、保勝会の皆様はじめ、……十和田の神……」

と言ひかけて、ぐつとつまると、白のづぼん、おなじ胴衣、身のたけ此にかなつて風采の揚がつた、社を代表の高信さん、傍より進み出でゝ、

「では此で、……おわかれをいたします。」

小笠原氏は、くるり向直つて、挙手をしさうな勢ひで、

「はあ。」

これは、八月七日の午後、秋田県鹿角郡、生出を駕籠で上つて……これから三瀧街道を大湯温泉まで、自動車で一気に衝かうとする、発荷峠、見返茶屋を、……なごりの湖から、向つて右に見た、三岐の一場面である。

時に画工――画家、画伯には違ひないが、何うも、画工さんの方が、分けて旅には親味がある(以下、時に諸氏に敬語を略する事を恕されたし。)貫五さんは、この峠を、もとへ二町ばかり、樹ぶり、枝ぶり山毛欅の老樹の、水を空にして、湖の雲に浮いた、断崖の景色がある。「いゝなあ、この山毛欅一本が、こゝで湖を支へる柱だ。」そこへ画架を立てた――その時、この峠を導いて、羽織袴で、阪へ掛かると股立を取つた観湖楼、和井内ホテルの御主人が、「あ、然やうで。樹木は一枝も大切にいたさなければ成りませんな。素人目にも、この上り十五町、五十六曲り十六景と申して岩端、山口の処々、いづれも交る/″\、湖の景色が変りますうちにも、こゝは一段と存じました。さいはひ峠上の茶屋が、こゝへ新築をいたすのでございます。」背後の山懐に、小屋を掛けて材木を組み、手斧が聞こえる。画工さんは立処にコバルトの絵の具を溶いたし、博士は紫の蝶を追つて、小屋うらの間道を裏の林に入つたので。――あと四人は本道を休茶屋へ着くと、和井内の主人は股立を解いて、別れを告げたのであつた。(註。観湖楼の羽織袴は、特に私たちの為ではない、折から地方の顕官の巡遊があつた、その送迎の次手である。)

写真班の英雄は、乃ちこの三岐で一度自動車を飛下りて、林間の蝶に逍遥する博士を迎ふるために、馳せて後戻りをした処である。――

方々の様子は皆略分つた、いづれも、それ/″\お役者である。が、白足袋だつたり、浴衣でしよたれたり、貝の口が横つちよだつたり、口上を述損つたり……一体それは何ものだい。あゝそつと/\私……です、拙者、拙者。

英雄三浦の洋装の、横肥にがツしりしたのが、見よ、眉の上の山の端に顕はれた。三岐を目の下にして、例の間道らしいのを抜けたと思ふが、横状に無理な崖をするりと辷つて、自動車の屋根を踏跨ぐか、とドシンと下りた。汗ひとつかいて居ない。尤も、つい此の頃、飛行機で、八景の中の上高地の空を飛んだと言ふから、船に乗つても、羽が生えて、ひら/\と、周囲十五里の湖の上を高く飛びさうでならなかつた。闊歩横行、登攀、跋渉、そんな事はお茶の子で。――

思へば昨日の暮前であつた。休屋の山に一座且聳えて巌山に鎮座する十和田神社に詣で、裏岨になほ累り累る嶮しい巌を爪立つて上つた時などは……同行した画工さんが、信の槍も、越の剣も、此を延長したものだと思へ、といつたほどであるから、お恥かしいが、私にしては生れてはじめての冒険で、足萎え、肝消えて、中途で思はず、――絶頂の石の祠は八幡宮にてましますのに、――不動明王、と念ずると、やあ、といふ掛声とゝもに、制迦の如く顕はれて、写真機と附属品を、三鈷と金剛杵の如く片手にしながら、片手で、帯を掴んで、短躯小身の見物を宙に釣つて泳がして引上げた英雄である。岩魚の大を三匹食つて咽喉を渇かすやうな尋常なのではない。和井内自慢のカバチエツポの肥つた処を、二尾塩焼きでぺろりと平げて、あとをお茶漬さら/\で小楊子を使ふ。……

いや爰でこそ、呑気らしい事をいふものゝ、磊々たる巉巌の尖頂へ攀ぢて、大菩薩の小さな祠の、たゞ掌に乗るばかり……といつた処で、人間のではない、毘沙門天の掌に据ゑ給ふ。宝塔の如きに接した時は、邪気ある凡夫は、手足もすくんでそのまゝに踞んだ石猿に化らうかとした。……巌の層は一枚づゝ、厳かなる、神将の鎧であつた、謹んで思ふに、色気ある女人にして、悪く絹手巾でも捻らうものなら、たゞ飜々と木の葉に化して飛ぶであらう。それから跣足になつて、抱へられるやうにして下つて、また、老樹の根、大巌の挟間を左に五段、白樺の巨木の下に南祖坊の堂があつた。右に三段、白樺の巨木の下に、一龍神の祠があつた。……扉浅うして、然も暗き奥に、一個人面蛇体の神の、躯を三畝り、尾と共に一口の剣を絡うたのが陰影に立つて、面は剣とゝもに真青なのを見た時よ。

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