Chapter 1 of 6

今から廿年ばかり前に、北九州の或村はづれに一人の年老つた乞食が、行き倒れてゐました。風雨に曝され垢にまみれたその皮膚は無気味な、ひからびた色をして、肉が落ちてとがり切つた骨を覆ふてゐました。砂ぼこりにまみれたその白髪の蓬々としたひたいの下の奥の方に気味の悪い眼がギヨロリと光つてゐました。

行き倒れの傍を取り巻いた子供達はその気味の悪い眼光に出遭ふと皆んな散り/\に逃げてしまひました。が、子供達が、その日暮方の暫くの明るさの中を外で遊んでゐますと、其処にさつきの乞食が、長い竹杖にすがつてよろ/\しながら歩いて来たのでした。子供等は、また気味悪さうに一と処によりそつて乞食を通しましたが、やがてそのよぼよぼした後姿を見ると、ぞろ/\後へついてゆきました。

乞食は、村にはいつて街道を少し行くと左側にある森の中にはいつてゆきました。其処は此の村の鎮守なのです。子供等は其処までついてゆきますと、木立の暗いのと乞食が再び後をふり向いた恐ろしさに、一目散に逃げてかへりました。

次ぎの日、子供達は昨日の乞食の事などは忘れて、お宮の前の広場で遊ばうとしていつものように、その森の中にはいつてゆきました。すると昨日の乞食がお宮の石段に腰を下ろしてそのやせた膝を抱いて白髪の下から例の気味の悪い眼を光らして子供達を睨み据えました。子供等は思ひがけない邪魔にびつくりして外の遊び場所をさがすために、お宮から逃げ出しました。

しかし、夕方になると、彼れ等はあの乞食の事を忘れられませんでした。其処で皆んなは、若しも恐い事があつて、逃げるときに、逃げ後れるものがないように、めい/\の帯をしつかりつかみあつて、お宮の森をのぞきに出かけました。

今度子供達の眼にまつさきに見えたのは、お宮の森で一番大きな楠の古木の根本に盛んに燃えてゐる火でした。そしてその次ぎに見えたのは、その真赤な火の色がうつつて何んとも云へない物凄い顔をしたあの乞食でした。

『ワツ!』

子供達は今日は何うしたのか悲鳴をあげてめい/\につかまへられてゐる帯際の友達の手を振りもぎつて、馳け出して来ました。

丁度、其処を通り合はせたのは、村の巡査でした。子供達が真青になつて、逃げ後れたのは泣きながらお宮を飛び出して来たので、巡査はいそいで、お宮にはいつて行つたのです。子供達は巡査がはいつて行くと、しばらく通りに一とかたまりになつて立つてゐましたが、やがて巡査が、お宮の傍の家の裏で働いてゐる男に声をかけるのを聞きました。

『おうい、為さん! 水を持つて来てくれ、桶に一杯!』

巡査はさうどなりながら、為さんの家の方へ近づいてゆきました。為さんが水桶をさげてお宮にゆくのを見ると子供等はまたゾロ/\暗くなつたお宮の境内にはいつてゆきました。

『体もろくにきかん癖にかう火を燃いて、あぶなくつて仕様がない、』

などゝ、二人は話しながらシユウ/\と音をさせて、火に水を注いで消しました。

『斯んな乞食は何をするか知れたもんぢやありませんよ、追つぱらつてしまひませう。』

為さんは口を尖らして巡査を煽動します。

『何に、俺もさう思つたが、まるでグタ/\で、動かないんだ、今からおつぱらつてもどうせ何処までも行きやしないから、今夜は勘弁しておいて、明日の朝追立てる事にしよう。』

巡査は仕方がなささうに笑ひながら、為さんと一緒に引きかへしました。子供等もゾロ/\家へかへりました。

其の晩、此の辺には滅多にあつた事もない火事がありました。老人達は二十年目だとか二十五年目だとか云つてさわぎました。火を出したのは、村の真中頃にある荒物屋で、台所から火が出たらしいのです。大きな藁屋根ですから一とたまりもなく焼け落ち、その並びに隣り合つて建つてゐる三軒がまたゝく間に焼けてしまつたのです。そして四軒目に火がうつつたときに、やつと消防手の手で消されたのでした。

しかし、珍らしい火事沙汰で、その夜から翌日まで、村中がひつくり返るやうな騒ぎだつたのです。そして翌晩はさはぎつかれて皆んな寝てしまひました。

すると、続いて又、昨晩の火事の場所から一町半ばかり東よりの村で、一番賑かな通りにある居酒屋と隣りの床屋とが、同時に焼け出しました。

『火事だつ!』

バタ/\騒ぐので、起き出した方々の家ではびつくりしてしまつたのです。火事が大変だと云ふ事よりも昨夜と今夜が、まづ皆を驚かしたのです。今度は二軒とあと両方にわかれて一軒づゝ焼けました。そして、その火が消えかけた時に、その火事場の向ふ裏にある百姓屋の納屋がどん/\燃えてゐたのです。

明かに放火だと云ふ事は分りました。しかし、あまり思ひがけない火事に、村の老人等は色を失つてしまつたのもあります。

翌朝、町の警察から五六人も巡査が来るやら、何かえらさうな人達が火事跡に来てウロ/\見まはつたりして、村中が何となく殺気だつて来ました。

『つけ火だ、つけ火だ、』

と皆んな云ひながら、犯人の見当はまるでつかないのでした。巡査や刑事達は村人の誰彼を捉へてはいろんな事を尋ねました。しかしさうなると、皆んな自分の云つた言葉の結果がどんな事になるかしれないと云ふ、不安と恐怖で、だれも、巡査達とはか/″\しい口をきく事はなかつたのでした。

二晩つゞけての火事におびえた村では、冬だけにする火の番をはじめました。そして二時間位に一度づゝ村中を見まはる事にしました。

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