Chapter 1 of 10
盗まれた祖母の実話
『ね、お祖母さん、うちぢや、Aにも親類があるのでせう?』
私は、祖母から彼方此方の親戚との関係を聞かされた時、ふと思ひ出してかう尋ねました。
『ないよ、何故ね?』
祖母は妙な顔をしてさう答へました。
『だつて私のちひさい時分に、よくAの叔母さんつて人が俥に乗つて来た事を覚えてゐますもの』
『あゝさうかい、あれはお前の本当の伯母さんさ、よく覚えてるね。もう死んでしまつてゐないよ』
『ぢや矢張り、お父さんの妹?』
『お父さんより上だよ、だけど、あれは此処のうちの子ではないよ。お祖母さんが前にお嫁に行つて産んだ子さ』
『ぢや、お祖母さんは、うちに来る前に、何処かに行つたの』
『あゝ、Aに盗まれて行つたのだよ』
『へえ、お祖母さんが?』
私は思はずさう云つてお祖母さんの大きな眼鏡をかけた、皺だらけな顔をながめました、もう少しでふき出しさうになりながら。でも考へて見れば、そんな事は別に、をかしがらずにはゐられない事でも何でもありませんでした、何故なら、私達は子供の時分からよく、何処其処のお母さんは盗まれて来たのだとか、何処の娘が盗まれたとか、何処の娘を盗み出してゆくのだとか云ふ話は聞き馴れてゐるのですから。しかし、私の祖母が盗まれた――などゝ云ふ事は私にはどう考へても、あまりに突飛な事のやうにしか思へませんでした。けれど、祖母はその盗まれた当時のことをポツポツ思ひ出すやうにして私に話して聞かせました。