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「深夜の市長」に始めて会ったのは、陽春とは名ばかりの、恐ろしく底冷えのする三月二十九日の夜のことだった。
ラジオの気象通報は、中国大陸にあった高気圧が東行してかなり裏日本に迫り、北西風が強く吹き募ってきたことを報じた上、T市地方は二、三日うちにまた雪になるでしょうと有難くない予報をアナウンスした。
そのアナウンスもやがてぷっつりと切れ、暗黒なエーテルの漂う夜空からは、内地の放送局が一つ一つお休みなさいを云って電波を消してゆき、あとには唯一つ、南京放送局の婦人アナウンサーが哀調を帯びた異国語で何かしら悠くりと喋っている声だけが残っていた。
その嬌声を副食物にして、僕は押入から出してきた電気麺麭焼器でこんがりと焦げた薄いトーストを作っては喰べ、作っては喰べした。それからH社から頼まれているコントを三つほど書き、ついでにその編集者へ原稿料をもっと上げて貰えないかという手紙を一本認め、それが済むと書き捨ての原稿紙が氷原のように真白に散乱している部屋をすっかり片づけ、掃除をし、それから蒲団を敷いた上、電気炬燵も一応足のところへ入れて置いて、帰ってきても冷い足をすぐ温められるようにし、次に洋服箪笥を開いて、予て一着分用意してあった古洋服を下して着換えた。そしてこれだけは上等交りけなしというラクダの襟巻をしっかりと頸に巻きつけ、その上に莨の焼跡がところどころにある真黒なオーヴァに腕を通し、名ばかりは天鵞絨のウィーン帽子を深々と被り、電灯のスイッチをひねって、それからなるたけ音のしないように靴を履き、洋杖を抜きだし、表の戸を明け、外から秘密の締まりの孔へ太い釘をさし、それから小暗い路地にソロソロと歩を搬びながら、始めてホッと溜息をついたのだった。
時刻はもう十二時をかなり廻っている筈だった。通りの家並はすっかり寝静まって、軒から氷柱が下りそうに静かであった。僕はオーヴァのポケットから、「暁」を一本口に銜えて火を点けながら、これから始まるその夜の行手に、どんな楽しいことが待ち構えているかを予想して、ひそかに胸を躍らせたのだった。
深夜の散歩――。
それが僕の最大の楽しみだった。そのために僕は特別なる睡眠法を励行していた。それは一日のうちに睡眠を三回に分けて摂ることだった。午睡三十分――これは勤め先の応接室を内側からロックして、安楽椅子の上で睡る。それから夕刻帰宅して食事を済ますと、二時間ばかり毛布にくるまってゴロリと寝る。最後は、深夜の散歩から帰ってきて、朝まで三、四時間をグッスリ睡る。このバラバラの比較的短い睡眠によって僕はいつも元気で暮していられた。ことに深夜の散歩のときは一番元気がよく、そして自分でも恐ろしくなるほど頭がハッキリしていた。……
通りへ出たとき一台の円タクが、背後の方から疾風のように駆けてきたが、僕の姿を認めたらしく急にブレーキをかけ、舗装道路の上にキキキキイッと鋭い音を出して、傍に停った。それは素敵な36年型の新車だった。
「旦那、お伴しましょう」
と、学校帽子を被った助手が窓から手を出していった。
「うん、頼むぜ。……下町へ向けて飛ばして呉れよ」
「へえ、どうぞ」といって僕を乗せてしまうと、「旦那、下町は何処です」
「河の向うだ」
「河の向うというと……本所ですか、深川ですか」
「業平橋を越えたところで下して呉れ」
「へえ、もっと先まで行きましてもよろしゅうございますが……へへえ、お楽しみで……」
「フフン、気の毒だネ」
深々したクッションの中に抱かれるように身体を埋めた僕は、その夜の散歩コースのことを考えた。業平橋を渡ったところを起点とし、濠割づたいに亀井戸を抜け、市電終点猿江を渡って工場街大島町まで伸ばしてみようと。だが結局後に述べるような突発事件のために、折角考えた散歩コースを行くこと幾何もなくして、遂に前途を放棄しなければならなくなったのだった。……
ポーンと五十銭玉を一つ助手の手に抛りこんで、僕は車を捨てた。橋の袂から、濠割のなかを覗きこむと、昼間見れば真黒な溝泥の水を湛えた汚い水面が、両岸の工場の塀外にさし出た常夜灯の眩しい光に照り映えて、まるで鏡のように光っていた。夜は昼間と全然違った別の天地を現出する。屋外灯にしても、昼のうす汚れた灰色のグローブが、夜間に於てはニーベルンゲンの夜光珠もかくやと思うばかりに燦然と輝くのであった。昼と夜と、いずれが真の姿であるか知らないが、すくなくとも夜は美しく優しく静もり深く、そして底しれぬ神秘の衣をつけている。T市の人々の多くは、この素晴らしい夜の顔を知らないでいる。昼間のT市とは全く別のT市が在ることに気付かないのだ。市民たちは深夜となれば習慣として皆家の中に籠って睡る。翌朝起き、太陽の輝く町が昨日在ったそれと同じであるところから、T市が昨夜何ごともなく何者にも奪われないで市民と共に死んだようになって睡っていたものと至極単純に考えている。しかしそれは間違いではなかろうか。そのような筆法でゆけば、逆にいって、昼間のT市こそ、深夜のT市の睡りの状態であるかもしれないのだ。僕は知っている。深夜のT市は、昼間のT市とは全く別個の存在である。しかも極く少数の市民が住み、そしてその少数の人しか知らない不思議な都市である。面積や道具だての宏大な割に人口がきわめて不稠密な点からいうと、沙漠の上に捨てられてある廃都にも似かよっていたが、その魅惑的であり神秘的であり多元的である点については、沙漠に埋れている廃都などとは比すべくもない。……
僕は橋畔を離れて、こんどは広い大通りを柳島の方へブラブラと歩みはじめた。幅員が三十三メートルもあるその大通りのまん真中を、洋杖をふりふり悠然と濶歩してゆくのだった。こんな気持のよいことはなかった。大通りは頑固に舗装され、銀色に光る四条のレールが象眼されていた。頭の上をみると手の届きそうなところに架空線がブラブラしているし、大通りの両側のポールにはまるで大宮殿の廊下のように同じ形の電灯が同じ間隔をもって、ずっと向うの方まで点いて居り、それでいてあの大きな図体をもった市街電車もいなければ、バスもいない。ときどき円タクのヘッドライトがピカリと向うの辻に閃くばかりで、こっちの方まではやってこない。この広い大道を濶歩してゆくのは、ただ自分ひとりだった。なんという勿体ない通り路であろうか。なんという豪快な散歩であろうか。踉めいて歩こうが、眼をつぶって歩こうが、それとも後向きに歩こうが、誰も何ともいうものがなく、号笛を鳴らして神経をやたらに刺戟するものもいないのである。これが昼間、足の踏み入れようもないほど、喧騒を極めたあの柳島の通りであろうか。交通標示器をちょっと見誤ればたちまち自動車の車輪をわが血でもって染めなければならないあの昼間のT市と同じ市街なのであろうか。否々、これは全く別の座標の上に立っている別の市街なのだ。
僕は深夜の散歩を好むのあまり、饒舌を弄しすぎたようである。だが、その夜更けて、始めて会う機会をもった「深夜の市長」のいうところに比べると、僕の喋っていることなんか、赤ン坊の寝言に等しいのだ。「深夜の市長」こそは、僕の云わんとするところをハッキリ云い、そして僕が平生求めようとして求め得なかったものを無造作に持っているという正に驚嘆すべき畸人だった。いや畸人といったのでは足りない。もしも常識豊富な狂人(?)という反語的ないいあらわし方が許されるものとしたら、それは一等適切に「深夜の市長」と呼ばれる人物を云いあらわしているだろう。その反語的な性格こそ、素性の知れない彼の「深夜の市長」の持っている不可解なミステリーそのもののような気がする。
ここらで夜のT市の三嘆を止め、では僕を「深夜の市長」の許へ送りつけるようなことになった奇怪きわまる事件に話を進めようと思う。