Chapter 1 of 5

私がその不思議なクラブの存在を知ったのは、私の友人の井上次郎によってでありました。井上次郎という男は、世間にはそうした男が間々あるものですが、妙に、いろいろな暗黒面に通じていて、例えば、どこそこの女優なら、どこそこの家へ行けば話がつくとか、オブシーン・ピクチュアを見せる遊廓はどこそこにあるとか、東京に於ける第一流の賭場は、どこそこの外人街にあるとか、その外、私達の好奇心を満足させるような、種々様々の知識を極めて豊富に持合せているのでした。その井上次郎が、ある日のこと、私の家へやって来て、さて改まって云うことには、

「無論君なぞは知るまいが、僕達の仲間に二十日会という一種のクラブがあるのだ。実に変ったクラブなんだ。謂わば秘密結社なんだが、会員は皆、この世のあらゆる遊戯や道楽に飽き果てた、まあ上流階級だろうな、金には不自由のない連中なんだ。それが、何かこう世の常と異った、変てこな、刺戟を求めようという会なんだ。非常に秘密にしていて、滅多に新しい会員を拵えないのだが、今度一人欠員ができたので――その会には定員がある訳だ――一人だけ入会することができる。そこで、友達甲斐に、君の所へ話しに来たんだが、どうだい入っちゃ」

例によって、井上次郎の話は、甚だ好奇的なのです。云うまでもなく、私は早速挑発されたものであります。

「そうして、そのクラブでは、一体全体、どういうことをやるのだい」

私が尋ねますと、彼は待ってましたとばかり、その説明を始めるのでした。

「君は小説を読むかい。外国の小説によくある、風変りなクラブ、例えば自殺クラブだ。あれなんか少し風変り過ぎるけれど、まあ、ああ云った強烈な刺戟を求める一種の結社だね。そこではいろいろな催しをやる。毎月二十日に集るんだが、一度毎にアッと云わせるようなことをやる。今時この日本で、決闘が行われると云ったら、君なんか本当にしないだろうが、二十日会では、こっそりと決闘の真似事さえやる。尤も命がけの決闘ではないけれど、或時は、当番に当った会員が、犯罪めいたことをやって、例えば人を殺したなんて、まことしやかにおどかすことなんかやる。それが真に迫っているんだから、誰しも胆を冷すよ。また或時は、非常にエロチックな遊戯をやることもある。兎も角、そうした様々な珍しい催しをやって、普通の道楽なんかでは得られない、強烈な刺戟を味うのだ、そして喜んでいるのだ。どうだい面白いだろう」

といった調子なのです。

「だが、そんな小説めいたクラブなんか、今時実際に在るのかい」

私が半信半疑で聞き返しますと、

「だから君は駄目だよ。世の中の隅々を知らないのだよ。そんなクラブなんかお茶の子さ。この東京には、まだまだもっとひどいものだってあるよ。世の中というものは、君達君子が考えている程単純ではないのさ。早い話が、ある貴族的な集会所でオブシーン・ピクチュアの活動写真をやったなんてことは、世間周知の事実だが、あれを考えて見給え。あれなんか、都会の暗黒面の一片鱗に過ぎないのだよ。もっともっとドエライものが、その辺の隅々に、ゴロゴロしているのだよ」

で、結局、私は井上次郎に説伏されて、その秘密結社へ入ってしまったのです。さて入って見ますと、彼の言葉に嘘はなく、いやそれどころか、多分こうしたものだろうと想像していたよりも、ずっとずっと面白い。面白いというだけでは当りません、蠱惑的という言葉がありますが、まああの感じです。一度その会に入ったら、それが病みつきです。どうしたって、会員を止そうなんて気にはなれないのです。会員の数は十七人でしたが、その中でまあ会長といった位置にいるのは、日本橋のある大きな呉服屋の主人公で、これがおとなしい商売柄に似合わず、非常にアブノルマルな男で、いろいろな催しも、主としてこの呉服屋さんの頭からしぼり出されるという訳でした。恐らく、あの男は、そうした事柄にかけては天才だったのでありましょう。その発案が一つ一つ、奇想天外で、奇絶怪絶で、もう間違いなく会員達を喜ばせるのでした。

この会長格の呉服屋さんの外の十六人の会員も、夫々一風変った人々でした。職業分けにして見ますと、商人が一番多く、新聞記者、小説家――それは皆相当名のある人達でした――そして、貴族の若様も一人加わっているのです。かく云う私と井上次郎とは、同じ商事会社の社員に過ぎないのですが、二人共金持の親爺を持っているので、そうした贅沢な会に入っても、別段苦痛を感じないのでした。申し忘れましたが、二十日会の会費というのが少々高く、たった一晩の会合のために、月々五十円ずつ徴収せられる外に、催しによってはその倍も三倍もの臨時費が要るのでした。これはただの腰弁にはちょっと手痛い金額です。

私は五ヶ月の間二十日会の会員でありました。つまり五度だけ会合に出た訳です。先にも云う通り、一度入ったら一生止められない程の面白い会を、たった五ヶ月で止してしまったというのは、如何にも変です。が、それには訳があるのです。そして、その、私が二十日会を脱退するに至ったいきさつをお話するのが、実はこの物語の目的なのであります。

で、お話は、私が入会以来第五回目の集りのことから始まるのです。それまでの四回の集りについても、若し暇があればお話したく思うのですが、そして、お話すればきっと読者の好奇心を満足させることができると信ずるのですが、残念ながら、紙数に制限もあることですから、ここには省くことに致します。

ある日のこと、会長格の呉服屋さんが――井関さんといいました――私の家を訪ねて来ました。そうして会員達の家を訪問して、個人個人の会員と親しみ、その性質を会得して、種々の催しを計画するのが、井関さんのやり口でした。それでこそ初めて会員達の満足するような催しができるというものです。井関さんは、そんな普通でない嗜好を持っていたにも拘らず、なかなか快活な人物で、私の家内なども、かなり好意を持って、井関さんの噂をする程になっていました。それに、井関さんの細君というのが又、非常な交際家で、私の家内のみならず、会員達の細君連と大変親しくしていまして、お互に訪問をし合うような間柄になっていたのです。秘密結社とはいい条、別段悪事を企らむ訳ではありませんから、会のことは、会員の細君達にも、云わず語らずの間に知れ渡っている訳です。それがどういう種類の会であるかは分らなくとも、兎も角、井関さんを中心にして月に一度ずつ集会を催すということだけは、細君達も知っていたのです。

いつものことで、井関さんは、薄くなった頭を掻きながら、恵比須様のようにニコニコして、客間へ入って来ました。彼はデップリ太った五十男で、そんな子供らしい会などにはまるで縁のなさそうな様子をしているのです。それが、如何にも行儀よく、キチンと座蒲団の上へ坐って、さて、あたりをキョロキョロ見廻しながら、声を低めて、会の用談にとりかかるのでした。

「今度の二十日の打合せですがね。一つ、今までとは、がらりと風の変ったことをやろうと思うのですよ。というのは、仮面舞踏会なのです。十七人の会員に対して、同じ人数の婦人を招きまして、お互に相手の顔を知らずに、男女が組んで踊ろうというのです。へへへへ、どうです。一寸面白うがしょう。で、男も女も、精々仮装をこらして頂いて、できるだけ、あれがあの人だと分らないようにするのです。そして、分らないなりに、私の方でお渡ししたくじによって踊りの組を作る、つまり、この相手が何者だか分らないという所が、味噌なんです。仮面は前以てお渡し致しますけれど、変装の方も、できるだけうまくやって頂きたい。一つはまあ、変装の競技会といった形なのですから」

一応面白そうな計画ですから、私は無論賛意を表しました。が、ただ心配なのは相手の婦人がどういう種類のものであるかという点です。

「その相手の女というのは、どこから招かれる訳ですか」

「へへへへへへ」すると、井関さんは、癖の、気味悪い笑い方をして「それはまあ、私に任せておいて下さい。決してつまらない者は呼びません。商売人だとか、それに類似の者でないことだけは、ここで断言して置きます。兎も角、皆さんをアッと云わせる趣向ですから、そいつを明かしてしまっては興がない。まあまあ、女の方は私に任せておいて下さい」

そんな問答を繰返している所へ、折悪しく私の家内が、お茶を運んで来ました。井関さんは、ハッとしたように、居ずまいを正して、例の無気味な笑い方で、矢庭にヘラヘラと笑いだすのでした。

「大変お話がはずんでおりますこと」

家内は意味あり気に、そんなことを云いながらお茶を入れ始めました。

「へへへへへへ、少しばかり商売上のお話がありましてね」

井関さんは、取ってつけたように、弁解めいたことを云いました。いつも、そんな風な調子なのです。そして、兎も角、一通り打合せを済ませた上、井関さんは帰りました。無論、場所や、時間などもすっかり極っていたのでした。

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