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又三郎の学校
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又三郎の学校
小穴隆一
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 2 of 2

(三)

盛岡といふ所も甚だ愉快に思へた。私を愉快にしたのは何も賢治の会の方方ではないのである。私は公園で、オホコノハヅクと梟を楽んで見た。盛岡の高橋さんは私に教師の手帖といふ随筆集を呉れた。高橋さんの随筆集を読めば、梟は善い鳥ではないらしい。しかし、小桶の中に入つては水を浴び、まづ鉄砲玉のやうな目をきよとんとさせては、ぶるぶると羽根をふるはせてゐる梟の顔をみてゐれば、飽きもせぬたのしさに時をすごすものである。

盛岡は明るいユウモワがある土地である。案内役を買つて呉れた高橋さんの兄さんの小泉さんの家に一夜の宿を借りたのであるが、翌朝の私は鳶の声で目が醒めた。寝床に起きなほつて枕の被ひの手拭に目を落すと鷹匠町精衛舎といふ文字が染出されてゐたのである。鳶に鷹がこれほどぴつたりこやうとは思ひもつかなかつた。

――▲――

馬賊髭を生やしよく乾燥した、つまり筋肉が引きしまつて精悍な小泉さんは、滝沢の種畜場に電話をかけて馬車の交渉をして、私を滝沢の放牧地へ連れて行つて呉れたのであるが、南部の鼻まがりに対し何とかのまがり家といつて、居ながらに馬ツ子に注意ができるやうになつてゐる民家を見ながら、相当の距離を走つてゐた時であつた。私達男ばかりがざつと十人も乗り込んでゐる馬車をたつた一人の男が止めたのである。

私は何かと思つた。誰れかが馬車を止めた。相当の年配をした堂々たる体躯の其男に銭を渡した。するとその男が馬車を離れて、馭者が馬に鞭を加へた。

馬車の後ろに席をとつてゐた私には、その男が何者であるかを了解できなかつたのであるが、馬車とその男の間にへだたりができて始めて、股引もなく半纏だけで膝を叩いて笑つてこちらを見送つてゐる、その膝のところに偉大なる物が笑つてゐるのを認めて一切を了解した。私は馬を見にきて馬を見ずに馬のやうな奴を見たと言つた。するとそれ迄は一言も言はなかつた皆が急に陽気に笑つた。ことによると、人々が東北健児の物のサンプルと思はれては困ると心配してゐたのかもしれない。

――▲――

私は私達のその日の愉快なピクニツクで、始めて馬も喰はぬといふ鈴蘭に赤い綺麗な実があるのもみた。馬車の馬も車を離れて飛び廻つての帰途、夫人子供を連れた知事が、朝滝沢の駅から種畜場迄私達を運んだ馬車に乗つて後から駆けてきた。知事に先に路を譲つた私達に知事は目礼して行つたが、私達は知事もやはり偉大なる魔羅に喜捨をとられたであらうと笑ひながら心配してゐた。

以前の場所に以前の男が矢張りゐた。既に喜捨をした一行とみて今度は近よりかけてやめてしまつた。実話雑誌の社長といふものは私達と違つて何でも知つてゐるらしいが、私達が、知事は夫人子供の手前二十銭もとられたらうと騒いだといふ話をしたら、一度見たい、盛岡までは自分はよく行くからと言つてゐた。謹厳な坪田譲治でさへもが、井上友一郎を励ます会に出席してこの滝沢の傑物の話を伝へ人々を喜ばせたさうである。

男子は須からく男根隆々たるべきか。(了)〔『都新聞』昭和一四年一二月一五・一七日〕

●図書カード

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