Chapter 1 of 6

平和論の起るや久し

我が国で平和論の唱道されるは、近頃の事ながら、欧羅巴では早くより基督教徒の間にその議論が起っておった。十七世紀の頃、既に仲裁裁判に関する思想が発生したのである。かの国際法学者の元祖と言われるグローチュースの如きは、千六百二十五年に公刊された著名なる和戦法規という書の中に、既に戦争の惨害を指摘し、基督教国間に於ける争議はすべてこれを基督教国の会議に訴え出て、それに利害関係を有せざる基督教国の代表者をして裁判させ、以て戦争を根絶せんことを主張している。その後、この思想は次第に蔓延して、かのベンザムや、ミルや、カントや、フィヒテや、シェリングという如き哲学等も盛んに平和論を説き、欧羅巴に於ける文明国は仲裁裁判の方法によって平和的に国際問題を解決すべきことを論じた様である。かくして、この種の思想は次第に一般的となり、ついにこれを実際に行わんとする運動が起って来た。

かの英米両国政府の間に於て約十年の大懸案であったアラバマ事件が、ゼネバの仲裁裁判所で平和的に解決された如きはその顕著なる実例である。かくの如き永年の懸案が仲裁裁判に依って平和に落着したという事実は、戦争の原因をある程度まで仲裁裁判を以て解決し得るものたることの信念を大いに強めたのである。

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