Chapter 1 of 5
大隈は耳学問だろうと言うものがある
日々幾十人の人に面接しているから、大隈は耳学問だろうというものがあるようだ。実際耳学問であるか、そうでないかということは、まだ確と考えてみたことはない。また考えてみる必要もなかったが、とかく耳の方で聞いたのは、碌な学問になっていないことは事実だ。
一体学問というものは、目でも耳でもいずれでも出来るはずのものに相違ない。学生は主として耳で学問をしている。彼の教場に於て講師の講義を聞くというのは、これこそ真の耳学問である。そこへ行くと我輩は、耳学問の出来ぬ方の性質だと思う。というのは、我輩は元来剛情で短気で、なかなか人の話などをうんうんと傾聴することをせぬ。どうも人の話を聴いているのは間だらしくて堪らぬ。それであるから対手が誰でもかまわぬ、御先にご免をして、此方からさっさと独りで話し出すのである。
我輩は種々な方面の連中に会う機会が多い。まず日に随分種々な連中が見える。それだから耳学問をやろうと思えばそれは出来そうにもあるが、ところが今言った通り我輩が人の話を聴かぬから耳からの学問はあまりない。しかし我輩は全く耳を使っておらぬというのではないが、ただ使うのは口ばかりだ。それでは耳の学問でもなければ、また目の学問でもなく、口の学問になってしまう。まずこんな風であるから、我輩は考えてみた訳でもないが、耳からはあまり学問していまいと思う。