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とむらい機関車
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とむらい機関車
大阪圭吉
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Original Public Domain
Chapter 2 of 4

2

さて、これから、その片山助役を大将とする連中の、奇妙な事件に対する所謂探偵譚――になる訳なんですがな、これが又なかなか面白いんです。で、まあとにかく、事件後その探偵連中から聞かされた知識の範囲内で、ひと通りお話いたしましょう。

この片山機関庫助役と言う人は帝大出身のパリパリでしてな、まだ鉄道としては新人の方なんですが、頭もいいし人格もあるし、それになかなか機智に富んだ敏腕家でして、いまではもう出世して本省の監督局におさまっていられますが、この人が当時の部下であるこの機関庫係員を連れ、既にひと通りの下調べを済ました保線課の係員を案内役として、翌日の午後二時発の下り列車で、早速B町へやって来たんです。

現場の曲線線路と言うのは、B駅から一哩足らずのH駅寄りにあってカーブの内側は上り線に沿って松林、外側は下り線に沿って一面の桑畑なんです。で、一同が数字の書かれたコンクリートの里程標の立っている処までやって来ますと、案内役の保線課員は片山助役へ、四遍目の事故があったのは昨日の事だからもう後片附けは綺麗に済んでいる旨を断って、現場に関する一通りの説明を始めたんです。それに依りますと事故の現場は四遍共全く同じその地点であって、その度毎に、そこに立っている里程標と、それから枕木の四頭釘――これはカーブに於ける線路の匐進を防ぐために、軌条に接して枕木の上へ止木を固定させる頑固な釘なんですが、その頭は、どの止木のそれもそうである様に、普通五分位飛び出ているんです――で、つまりその釘の頭と里程標の両方に、それぞれ普通の藁縄の切れ端が着けられたままで残っておりました。

「……で、要するに」と保線課員が最後に附加えました。「……つまり犯人は、軌条の外側の止木の釘と、反対側にある里程標との間へ縄を渡し、その軌条の中心に当る部分へ豚を縛りつけて轢殺したものであろう、と私達は思うのですが――」

すると片山助役がこう言いました。

「じゃあ、どの豚公も皆殺される前までは生きてたんだね。でもそうすると、よくも縄で縛った位の事で逃げなかったものだ――犯人がカーブの地点を利用したのは、成る程、縛ってある豚を機関車に発見されて停車されるのを恐れたからだろうが、それでも、豚公の方では近附く轟音に驚いて、そんな藁縄位切ってしまいそうなものだ――」

と、それから助役は、もうこの現場にはこれ以上の収穫がないと思ったのか、案内役へ、豚を盗まれた農家を訪ねたい旨を申出ました。

やがて一行は桑畑の中の野道を通り越して、間もなく静かなB町の派出所へやって来ました。そこで厳しい八字髭の安藤巡査に案内を頼んで、四遍目の犠牲者を出した農家を訪ねる事が出来たんです。

その家の主人と言うのは、五十がらみの体の大きなアバタ面の農夫ですが、一行を迎えると、臆病そうに幾度か頭を下げながら穢いムッとする様な杉皮葺の豚舎へ案内しました。そしてそこで、盗まれた白豚は自分の家の豚の中でも最も大切にしていたヨークシャー系の大白種で六十貫もある大牝だとか、あんなにムザムザ機関車に喰われてしまったんでは泣くに泣けんと言う様な事を、鼻声で愚痴り始めたんです。

そこで片山助役は、安藤巡査へ、

「盗まれたのは、勿論轢かれた朝の夜中の事でしょうね?」

と訊ねました。

「四件ともそうです」

安藤巡査が答えました。

「一体どうやって盗み出すのですか?」

すると安藤巡査は、

「この低い柵の開き扉を開けると、眠っていても直ぐ起きて来ますからそいつへ干菓子をくれてやるんです。喜んで従いて来ます」

と、そこで助役が訊ねました。

「四遍共調査なさった結果、そうして盗まれたと言う事が判ったんですね?」

「そうです。四人の被害者の陳述は、大体そう言う風に一致しておりますからな」

すると助役が言いました。

「一寸ご面倒ですが、前後四件の、それぞれの日附を聞かして下さいませんか?」

「正確な日附ですか?……ええと」安藤巡査はポケットからノートを取出して、「ええ最初は、二月の、十一日……次が、ええ二月十八日……それから、二月二十五日。そして昨日の三月四日――と、それぞれの午前五時頃までの真夜中です」

「……ははあ、じゃあやッぱり……いや、すると七日目毎に盗られたと言う事になるじゃあないですか とすると、今日は月曜日ですから、日月……と、つまり日曜日の朝毎に盗られたんですね」と助役は暫く考えていましたが、やがて「……いま、この町で、日曜日、いや日曜以外の日でもいいんですが、とにかく一週間に一度ずつ定期的に繰返される一切の変化――それはどんなに一寸したつまらないものでもいいのですが、例えば、会社、学校が毎日曜日に休むとか床屋、銭湯が何曜日に休業するとか、或は又何かの市が毎週何曜日に立つとか、どんな事でもいいんですから、とにかくこの町で七日目毎に起る事を、全部一度聞かせて見てくれませんか?」

この質問には流石に安藤巡査も呆れたと見えまして、暫く眉根を顰めながら考えを絞っていましたが、やがて顔を挙げると、

「……会社、と言ってもH銀行の支店ですが、町役場、信用組合事務所、農蚕学校、小学校、まあ日曜日に休むのはそんなものです。製糸工場は、確か一日と十五日。床屋は七のつく日で月に二回、銭湯は五のつく日でやはり月に二回、それだけが公休で毎週ではありません……ええと、それから繭市はまだ出ませんが、卵市なら五日置きにあります……まあ、その他には……そうそう、農蚕学校で毎週土曜日の午後に農科の一寸したバザーがある位のものです」

「ははあ、その農蚕学校のバザーでは何を売るんですか?」

そこで安藤巡査はこう答えました。

「農科の方ですから、主として学生達の栽培した野菜や果実、草花などです。……仲々繁昌します」

すると片山助役は、その答弁にどうやら元気をつけられたらしく今度は話題を変えて、

「犯人がまだ挙げられないとしますと、捜査や、事後の警戒はどうなっていましょうか?」

すると安藤巡査は昂然として、

「勿論処置は取ってあります。しかしどうも、手不足でしてな」

「いや、何分お願いします。でも、却って余り騒がない方がいいと思います。じゃあ、もうこれ位で……」

助役はそう言って、部下の機関庫係員や案内役を促しました。そして一行は、間もなく静かな夕暮のB町を引挙げたんです。

――一体、機関庫助役の片山と言う人は、もう部下達も相当期間交際ってたんですが、どうもまだ、時々人を不審がらせる様な変な態度に出るのが、彼等には甚だ遺憾に思われてたんです。何故って、例えばB町を引挙げた助役は、H機関庫に帰って来ると、直ちに翌日からまるで「葬式機関車」の奇妙な事件なぞはもう忘れてしまった様に、イケ洒蛙洒蛙と平常の仕事を続け出したんです。二日経っても、三日経っても依然としてそのままなんです。で、堪えかねた部下の一人が五日目の朝になってその事を詰問? すると、その又返事が実に人を喰っとるんです。「だって君。何もする事がなければ仕方がないじゃあないか」――てんですよ。

でも、その日の真夜中になって、助役のこの態度はガラリと一変しました。

それは多分、夜中の三時頃でしたでしょうか、助役は部下の一人――吉岡と言う男ですが――を叩き起して外出の支度をすると、眠不足でフラフラしている彼を引張る様にして、自動車に乗り込んだのです。

何処をどう疾ったのか吉岡には一向に判りませんでしたが、とにかく半時間近くも闇の中を飛ばし続けた片山助役は、と或る野原で自動車を降りると、自動車は其処へ待たして置いて、吉岡へ静かに従いて来る様眼配せして傍らの松林へ這入って行ったんです。吉岡は段々眼が覚めて来ました。そして間もなく灌木の間の闇の中へ助役と二人でどっかと腰を下ろした時には、彼等の前方十間位の処が松林の外れになっていて、その直ぐ向うはあのB駅に近いカーブの鉄道線路である事が判ったんです。夜露で、寒くなって来るにつれて、吉岡の頭は少しずつハッキリして来ました。そして追々に助役のしている事が判って来たんです。助役の腕の夜光時計は四時三十分を指しています。成る程考えて見ればいまはまさに三月十一日――日曜日の早朝です。あの奇怪な豚盗人が、五度ここへやって来るものと助役は睨んでいるに違いない――そう思うと吉岡は一層身内が引緊る様な寒気を覚えて、外套の襟に顔を埋めながら助役の側へ小さくなってしまいます。

恰度四時四十二分に夜行の旅客列車が物凄い唸りを立てて、直ぐ眼の前の上り線路を驀進して行きました。そして辺は再び元の静寂に返ったのです。が、それからものの五分と経たない内に、助役が急にキッとなって吉岡の肩先をしたたかにこ突いたんです。

吉岡は思わず固唾を飲みました。

――成る程、桑畑の間の野道の方から、極めて遠くはあるが、小さな、低い、それでいて何となく満足そうな豚の鳴声が夢の様に聞えて来ます。

二分もする内に追々にその声は近附き、間もなく道床の砂利を踏む跫音が聞えて、線路の上へ真ッ黒い人影が現れました。星明りにすかして見れば、どうやら外套らしいものの裾にズボンをはいた足が見えます。そしてその足の向側を、今度は何処の農家から盗まれて来たのか大きな白豚が、ヴイ、ヴイ、と鳴きながら縄らしいもので引かれて来るんです。男は時々腰を屈めては何か餌らしいものをくれてやりながら、下り線を越えて彼等の真ン前から少しばかり西へ寄った上り線路の上へ立止ると、白豚へ再び餌を与えてそれからクルリと周囲を見廻したんです。――どんな男だか、暗くてサッパリ判りません。

やがて豚盗人は仕事に掛りました。五日前に此処で案内役の保線課員が彼等に話した推定は全く正しく、その通りに黒い男は豚を縛って、そしてその哀れな犠牲者の前へ沢山餌をバラ蒔いているんです。二人は静かに立上りました。そしてソロリソロリ歩き始めました。

だが、ナンと言う事でしょう。ものの二十歩も進まない内に、吉岡の靴の下の闇の中で枯枝らしい奴が大きな音を立てたんです。吉岡はハッとなると、もう夢中で線路めがけて馳け出しました。

瞬間――豚盗人は、一寸松林の方を振向いて、何でもこう鳥の鳴く様な異様な叫びを挙げると、いきなり円くなって線路伝いに馳け出したんです。吉岡は直ぐに線路に飛び出してその黒い影を追跡しました。けれども二丁と走らない内に、もう彼はその影を見失ってしまったんです。やがて、

「お――い!」

と、助役の呼んでいる声が聞えました。

で、吉岡は、何だか責任みたいなものを感じながらも、ま、仕方なしにカーブの処まで戻って来ました。

すると、「なに、構わないよ」と片山助役が呼び掛けました。「急る事はないさ。それよりも、まず、この豚公を御覧よ……どうも僕は、ただ縄で縛って置くだけではそう何度もうまい工合に轢かれる筈はない、と最初から睨んでいたんだ」

見ると、成る程豚は少し変です。四足を妙な恰好に踏ン張って時々頭を前後に動かしながら、苦しそうに喉を鳴らして盛んに何かを吐出しているんです。

「毒を飲まされたのさ」

そう言って助役は、結んである縄を解き始めました。そして間もなく二人は、可哀想な豚を引摺る様にして、自動車の待たしてある方角へ松林の中を歩き出しました。けれども途中幾度か激しい吐瀉に見舞われた豚は、自動車のある処まで来るととうとう動かなくなってしまいました。痙攣を起したんです。で、仕方なく側の立木へ縛って置いて、驚いている運転手へ彼等だけB町の派出所へ遣る様に命じました。そして恰度二人が自動車へ乗った時に松林の向うを疾る汽車の音が聞えて来ると、

「あれがD50・444号の貨物列車だよ」

と、助役が言いました。

それから役等はB町へ出掛けて安藤巡査に豚の処置を依頼すると、そのまま自動車で、もうすっかり明け放れたすがすがしい朝の郊外を、H駅まで疾る事になったんです。

車中で、吉岡は助役に訊ねました。

「あの豚は殺して解剖するんですか?」

すると助役は、

「ううん。もう豚公には用はないよ。僕は、彼奴が食余した餌と毒を、手に入れたからね」とそう言って外套のポケットから、三、四枚の花の様な煎餅を出して見せました。それは斑に赤や青の着色があって、その表面には小豆を二つに割った位の小さな木の実みたいなものが一面に貼り着けてあるんです。

Chapter 2 of 4
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