Chapter 8 of 8
七
これは最近の話。今年の五月、菊五郎一座が水戸へ乗込んだ時。一座の鼻升、菊太郎、市勝等五名は下市の某旅店(名は憚つて記さぬ)に泊つて、下座敷の六畳の間に陣取る。で、第一日の夜、市勝が俯向いて手紙を書いてゐると、鼻の頭の障子が自然にすうと明いた。之を序開きとして種々の不思議がある。段々詮議すると、これは此家に年古く住む鼬の仕業だと云ふ。
併し人間に対して害は加へぬと分つたので、一同も先づ安心。其後は芝居から帰ると、毎夜彼の鼬を対手にして遊ぶ。就中面白いのは、例の狐狗狸式に物を当てさせる事で、例へば此室に女が居るかと問ひ、居ない時には彼が廊下をとんと一つ打つ。居る時にはとん/\と二つ打つと云ふ類だ。
或時、此室に手拭が幾筋掛けてあるかと問へば、彼は廊下を四つ打つた。けれども、手拭は三筋より無い。更に聞直しても矢はり四つだと答へる。で、念の為に手拭を検めると、三筋と思つたのは此方の過失で、一つの釘に二筋の手拭が重ねて掛けて有つて、都合四筋といふのが成ほど本当だ。是には何れも敬服したと云ふ。が、彼は果して鼬か狸か、或は人の悪戯かと種々に穿索したが、遂に其正体を見出し得なかつた。宿の者は飽までも鼬と信じてゐるらしいとの事。
●図書カード