Chapter 1 of 1

Chapter 1

私たちは、村はずれの野原で、日の暮れるのも知らずに遊んでいました。草の上をころげまわったり、相撲を取ったり、また鬼ごっこなどをして遊んでいると、時間は、はやくたってしまったのです。

毎日学校から帰ると、家にじっとしていられませんでした。机に向かっても、遠くあちらの草原の方から、自分を呼んでいる声がきこえるようです。そして、大急ぎで、復習をすますと、駆け出してゆきました。

ある日のこと、正ちゃんや、善ちゃんは、もう先に野原へいっていて、なにかしながら、わいわいいっていました。

「なにをして遊んでいるのだろう?」と、私は、そのそばへ駆けてゆきました。

二人は、おんばこの花茎を取ってきて、それをからみ合わせて、相撲を取らしていたのです。太い茎が、あたりまえなら、細い茎より強くて、切り放してしまうのですけれど、見ていると、善ちゃんの持った細いのが強くて、正ちゃんのつぎつぎに出す太い茎をぶつりぶつりと切ってしまいました。

「やあ、勝った! 勝った! どんな強いのでも持っておいで!」と、善ちゃんは、いばっていたのです。

「善ちゃんのは、強いなあ。だけど、こんど、僕、きっと負かしてみせるから。」

こういって、正ちゃんは、おんばこの花茎をさがしに立ち上がりました。

「よし、善ちゃん、こんど僕とやろうよ。」と、私は、いいました。

「ああ、どんな強いんでもいいから、持ってきたまえ。」

善ちゃんは、まだたくさんある、自分の手の中の花茎をながめています。そして、正ちゃんのすわっていたところには、みんな半分に切れたおんばこの茎がいたましく散らばっていました。

白い雲の多い日です。日の光は、きらきらと草の葉の上にあたっていました。私たちは、おんばこをさがして実のなっている長い茎を抜いて歩きました。

「こんなに採った。もういいだろう……。」

走って、私は、善ちゃんのいるところへもどりました。正ちゃんも、幾本となく握って、かたきうちをしようと、勇んで駆けてきました。

「さあ、善ちゃん、僕としよう。」といって、私は、強そうなのをよって、向かいますと、善ちゃんの強い、正ちゃんのをみんな切った茎が、もろく破れて、私のに負けてしまいました。

「あんまり戦ったから、弱ったんだよ。」と、善ちゃんは、惜しそうに、半分になった茎を拾いました。それから、しばらく私の天下がつづきましたが、いつか、正ちゃんの太い強いやつにかなわずに負けてしまったのです。

「堅い土に生えている、おんばこの茎が強いんだよ。」と、正ちゃんは、大きな発見をしたように叫びました。

「そうだよ。人間だって同じいじゃないか……。」と、善ちゃんは、いいました。

私は、「はたして、そうだろうか?」と、疑わざるを得なかったのです。なぜなら、孝ちゃんの家は、お父さんがないのに、また姉さんが病気で、一家は不自由をしつづけている。それだのに、孝ちゃんだって、けっして、強そうに、見えなかったからです。

「例外があるさ。貧乏人のほうが、金持ちより、病気でたくさん死ぬんだというよ。」

「そうかい。かわいそうだな。」

みんなは、思い思いに、心の中でなにをか空想したのであります。

このとき、行商に歩く、三ちゃんのおばさんが、町からの帰りとみえて、大きな荷を負って、原を通りかかりましたが、三人が、おんばこで相撲を取っているのを見ると、にっこり笑って立ち止まりました。

このおばさんは、村での物知りでありました。よく、世間を歩くからでありましょうが、どうして、こんなにいろいろのことを知っているかと思われるほど、いろいろの話を知っていました。なんの病気には、なんの草の根を煎じて飲めばなおるとか、どういう顔つきの人は、どういう運命をもって、生まれてきたとかいうようなことまで知っていました。そうかと思うと、いま西京では、こういう着物の柄がはやるとか、東京の人は、こういう品を好むとか、そういうような話も知っていました。

しばらく、だまって、子供たちの遊ぶのを見ていましたが、おばさんは、また、おんばこについて、不思議な話をしたのであります。

私は、そのときの話を覚えています……そして、いつになってもおそらく、忘れることはないでしょう。おばさんの話には、――おんばこは、不思議な草だ、およそ、この草の花の茎は、一本が普通である。しかし、まれには、二本の股に分かれた茎があるということでした。そのおんばここそ、この世の中の神秘を解いてみせる力がありました。神さまは、たまたまこうして、草木に、自分の力を示すというのです。

「金のわらじをはいて、さがしても、二股のおんばこがあったら、取っておくものだ。この野原に、こんなにたくさんあるが、二股のおんばこはないかね?」と、おばさんは、いいました。

「おばさん、いくらさがしたってないだろう。」

「ないということもない。あるという話だから。」

「おばさん、あったら、なんにするの?」

私たちは熱心に、おばさんの話に耳をかたむけていました。

「昔から、労症という病はあったのだ。ぴんぴん働いていた人が、だんだん元気が衰えていって、青い顔つきになり、手足がやせて、目ばかり大きく見え、そして、どこが悪いということもなく死んでしまう、いまは、結核なんていうが、昔は、魔がついて、人間の生き血を吸うのだといったものだ。それを、二股のおんばこを乾しておいて、燈心のかわりに、真夜中、病人の眠っているまくらもとにともすと、そのへやの中に同じ人間が、二人まくらを並べて、うりを二つに割ったように、かわらずに眠っている。その中の一人が、ほんとうの人間で、一人が、魔物の化けたのだ。それはいくら親兄弟でも、見分けがつかないという話だ……。」

おばさんの話は、奇怪であります。みんなは、聞いているうちに、気味が悪くなりました。野原の上には、日が当たっていたけれど。

「おばさん、ほんとうのこと……。」

「ああ、それで、魔物を殺してしまえば、本人の病気は助かるが、あやまって、本人を殺したら、とりかえしのつかぬことになってしまう。だれにも、その見分けがつかないから、どうすることもできない。」

「魔物だと思って、人間を殺してしまったら、たいへんだからね。」と、正ちゃんは、感歎していいました。

「それで、どうしたらいいの?」と、善ちゃんは、おばさんの意見を聞いたのでありました。

それは、おばさんにもわからなかったようです。

「なにか、しるしをつけておいたらよさそうなものだが、それが魔物だから、なにをしたって知っている……。こればかりは、どんな勇気のある人だって、思いきってやることはできないよ。まあ、魔物を見るだけでも、二股のおんばこがあればできるから、見つかったら、取っておきなさいね。」

大きな荷を負ったおばさんは、こういい残していってしまいました。

私たちは、もう、おんばこで相撲を取ることなどは、忘れてしまって、おばさんのいったことが、ほんとうかと議論しました。

「二股のおんばこなんて、どこにもないものだから、そんな話を作ったんだね。」

「そうかもしれないよ。また、肺結核にかかれば、たいていなおらないから、そんな話を作ったのかもしれない。」

「きっとそうだよ。ありそうで、なかったり、なおりそうで、なおらないようなものを昔の人は、たとえ話に作ったのかもしれない。」

三人は、思い、思いの意見をいいましたが、私は、またしても孝ちゃんの哀れな姿が目に浮かんだのでした。

「貧乏でも孝ちゃんは、強くないよ。そして、姉さんも、工場へいっていたのが、病気になって帰ってきたのだろう。孝ちゃんは、お母さんを助けて、納豆を売ったり、近所のお使いなどをしていたのに、このごろ、顔つきがわるい。姉さんの病気がうつったのだろうというぜ。もし、それが、ほんとうだったら、かわいそうじゃないか……。」と、私は、いいました。

「ほんとうに、かわいそうだな。」と、正ちゃんも善ちゃんも、急に、しおれたのです。

「僕は、孝ちゃんの背中に、ほくろのあるのを知っているよ。いっしょに、川で泳いだときに見たんだもの……。」と、善ちゃんがいいました。

「僕も知っている。」と、私も、孝ちゃんの背中のほくろを思い出しました。

「悪魔に知れるといけないから、だまっておいで……。」と、正ちゃんがいいました。

三人は、それで、おばさんのいったことがほんとうであってくれればいいという気に、いつしかなったのです。それなら、三人の力で、悪魔を殺して、哀れな孝ちゃんの一家を救ってやりたいという気になったからでした。

「二人の孝ちゃんが、まくらを並べて眠っているんだね。そうしたら、すぐに、二人とも着物を脱がしてみるのだ。そして、ほくろのないのは、悪魔だから、そいつを殺してやるんだ。すると、孝ちゃんの病気もなおれば、また、姉さんの病気もなおってしまうだろう。」

「悪魔は、ほくろのあることを知っているだろうか?」

「知っていたっていいよ。僕は、いつか孝ちゃんが転んで、どこかにちょっと傷あとのあるのを知っているのだ。」と、善ちゃんが、いいました。

「どこに?」と、正ちゃんが、たずねた。

「悪魔が聞いているといけないから、だまっていよう。」と、善ちゃんは、注意深くいいませんでした。

「それにしたって、二股のおんばこを、見つけなければだめだろう……。」と、私がいったので、

「みんなで、どうしても、二股のおんばこを見つけよう。」と誓って、三人は、熱心に草原を、二股のおんばこを見つけに歩きまわったのです。

「見つかれしょ、見つかれしょ、二股のおんばこ見つかれしょ。」

白い雲は、無心に空を流れてゆきました。いろいろの虫が草原から飛び立ちました。キチキチと翅を鳴らして、ばったが飛ぶかと思うと、大きなかまきりが、頭をもたげました。そのほか、美しいちょうが花にとまっていたり、へびが光る体をあわてて、草深い中に隠すのもありました。

三人は、この夏の真昼間、不思議な夢を見つづけて、日のうす暗くなるまで、野原の中を駆けまわっていたのでした。

●図書カード

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