Chapter 1 of 1

Chapter 1

正ちゃんは、いまに野球のピッチャーになるといっています。それで、ボールをなげて遊ぶのが大すきですが、よくボールをなくしました。

「お母さん、ボールをなくしたから、買っておくれよ。」と、学校へいこうとしてランドセルをかたにかけながら、いいました。

「また、なくしたのですか。二、三日前に買ったばかりじゃありませんか。」

「僕、ボールがないとさびしいんだもの。」

「いいえ、そう毎日、ボールばかり買ってあげられません。」と、お母さんはおっしゃいました。

「ねえ、お母さん、もうなくなさないから。こんどから、きっとなくなさないから。」

「なくなさないと、なんどいいましたか。ものを粗末にするからですよ。」

「粗末になんかしないよ。だって、どっかへいってしまうんだもの。」

「おとなりの誠さんなんか、おちついていらっしゃるから、おまえみたいに、そうものをおなくしになりませんよ。」と、お母さんは、となりの誠くんのことをほめられました。

「誠くんだって、なくすやい。昨日、上ぐつを片っぽおとしてきて、お母さんにしかられていたから。」と、正ちゃんはいいました。

「じゃ、今日は買ってあげますから、名まえを書いておきなさい。」といって、お母さんはボールを買うお金をくださいました。

「ありがとう!」と、正ちゃんはいただいて、元気よく出かけました。

「やさしいいいお母さんだなあ。」と、正ちゃんは心の中で思ったのです。

正ちゃんは新しいボールを買って、それに「二年一組 山本正治」と書きました。正ちゃんの帽子にもハンカチにも、けしゴムにも、みんなそう書いてありました。だから、学校の中でおとせば、拾った人が先生にとどけてくれますので、また自分のところへもどってきました。たとえ学校の外でも、正直な人なら、

「ああ、あの学校の生徒さんがおとしたのだな。」といって、学校へとどけてくれました。

正ちゃんはお家へかえって、「ただいま」をすると、お母さんのところへいって今日買ったボールをお見せしました。

「いいんですね。名まえを書きましたか。今年から二年生ですよ。」と、お母さんが注意をなさいますと、正ちゃんは、

「ほら、二年一組と書いてあるだろう。」と、いって、お母さんにボールをもう一ど見せました。

「正ちゃんはぼんやりしているから、また一年と書きゃしないかと思ったのよ。」

そのとき、お姉さんが、

「ね、正ちゃん、ピッチャーは、どんなかっこうをしてボールを投げるの。」と、いいました。

「笑うから、やだあい。」

「笑わないから、ようおしえてよ。」と、お姉さんはいいました。

お母さんも笑いだしそうな顔つきをむりにこらえて見ていらっしゃいますと、正ちゃんはボールを持った右手をぐるぐるっと頭の上でまわして、片手をあげて投げるまねをしました。

「まあ、すてきね。」

「僕の球は、それはカーブがあるんだから。」

「あまりありすぎて、球をなくすんでしょ。」と、お母さんがおっしゃったので、お姉さんは、声をたてて笑いました。

原っぱへいってすればいいのに、正ちゃんはせまい往来で、小さい花子さんを相手にキャッチボールをやっていると、正ちゃんの投げたボールが、からたちの垣根をこして、向こうの庭にはいってしまいました。

「困ったわね、正ちゃん。」と、花子さんがいいました。

「どこへはいったんだろうな。」と、正ちゃんは、からたちの垣根のあいだから、庭の中を見ていました。

すると、ちょうど日のよくあたるあちらのえんがわで、おばさんが赤ちゃんのおしめをかえてやっているところでした。

お庭の木には、かきが赤くうれておりました。赤ちゃんは、なにがおかしいのか、けたけた声を出して笑っていました。

正ちゃんはボールのことなど忘れてしまって、かわいい赤ちゃんの方を見とれていました。

「赤ちゃん、かわいいな。」と、花子さんの方を向いていいました。

「どれ、私にも見せて。」といって、花子さんも垣根のあいだからのぞいて見ました。

「僕んちにも、あんな赤ちゃんあるといいのだがな。」と、正ちゃんはまたのぞいて見ますと、赤ちゃんは、おしめをかえてしまって、おばさんにだっこして、笑っていました。

正ちゃんはボールのことをやっと思いだして、

「花子さん、拾っておいでよ。」と、いいました。

「私、いやよ。正ちゃんがいいわ。」

「花子さん、早くいっておいでよ。」

「おばさん、まりがはいったの。」と、花子さんがいいました。

すると、男の声で、

「いま、拾ってあげますよ。」といって、おじさんが拾って、こちらへ投げてくださいました。

あちらから、太郎さんと誠さんがやってきました。

「原っぱへいって、キャッチボールをしない?」と、いいました。

「ああ、しよう。」

正ちゃんはいきかけて、花子さんに、

「花子さんもおいでよ。」と、いいました。

「私、お家へかえるわ。」

「また、あした遊ぼうね。」

三人は、原っぱへきました。太郎さんのたまは、いちばん強いのです。つぎが、正ちゃんのたまです。誠さんのは弱くてそれたりするので、

「もっといいたまをお出しよ。」と、太郎さんがいいました。

このとき、向こうで三人のまり投げを見ていた少年が、

「僕もなかまに入れてくれない?」と、いいました。

正ちゃんは、太郎さんと誠さんに、

「いいだろう?」と、ききました。

「ああ、いいよ。」

そこで、四人はかわるがわるキャッチボールをしました。少年のたまはなかなか強いので、正ちゃんや誠さんは、たびたび受けそこないました。

「君のたまは、すごいんだね。」と、正ちゃんが感心すると、少年はもっともっと強いたまを出そうとしました。

そのうちに悪いたまを出したので、ボールはとおくへころがっていって、みんながそのあとを追いかけてさがしたけれど、わからなくなりました。

「あんな悪いたまを出すんだもの。」と、太郎さんがいいました。

少年は顔を赤くして、

「僕、弁償してあげるよ。」と、いいました。

「君、あやまったらいいだろう。」と、誠さんがいいました。

「僕、なくしてすまないと思うよ。だけど、お金を持っているから、買ってかえすよ。」と、その少年はいいました。

正ちゃんは、またボールをなくしてしかられると思ったけれど、

「みんなで遊んだのだもの、そんなことしなくてもいいよ。お母さんに買ってもらうから。」と、いいました。

「僕、たのんで入れてもらったのだから。」と、いいますので、太郎さんが、

「じゃ、正ちゃん、それでいいじゃないか。」と、いいました。

四人は学校の前へいって、お店でボールを買いました。正ちゃんが、

「また、ボールをやらない?」というと、誠さんも太郎さんも賛成しましたが、少年はお使いにきたのでもうかえらなければならないといいました。

「さようなら!」

「また、おいでよ。」

少年は三人とわかれて、さっさといってしまいました。正ちゃんは、少年の買ってくれた新しいボールを見て、なんだかいい気持ちはしなかったのです。

「気のどくなことをしたな。どうしても買ってもらわなければよかったのに。」と、心のうちで思いました。

正ちゃんは家にかえると、お母さんにそのボールを見せて今日の話をしました。

「どこの坊ちゃんですか?」と、お母さんはおききになりました。

「僕、知らない。」と、正ちゃんが答えると、

「これから、そんなときは、いいと、ことわるものですよ。」と、お母さんはおっしゃいました。

あくる日、正ちゃんは花子さんと原っぱで遊んでいました。

「正ちゃん、ここへきてごらんなさい。ありがなにかはこんでてよ。」と、花子さんがよびました。

正ちゃんが走っていくと、かわいらしい小ちゃなありのむれが、なにかくわえて、列をつくって走っているのです。

「花子さん、もう冬のおしたくで、いっしょうけんめいなんだよ。」

だんだんとつながり進んでいくありのむれを、二人は足ずりして追っていくうちに、正ちゃんは昨日なくしたボールが、枯れ草の中にかくれているのを見つけました。

「ボールがあった!」

正ちゃんはよろこびの声を、あげました。そして、なつかしい自分のボールをにぎって、しばらくぼんやりとしていました。

「どうしたの、正ちゃん? なくしたボールが見つかったの?」

「僕、なくなったと思っていたら、あったのだよ。あの子に弁償してもらって、どうしようかなあ。」と、正ちゃんはポケットからもう一つのボールを出して考えていました。

「誠さん? 太郎さん?」

「知らない、あっちの子だよ。」

「きのう? 太郎さんくらいの子でしょ?」

「そうだよ。」

「牛込の兄さんだわ。正ちゃんたちがボールをしていると私がいったら、兄さんはとんでいったわ。」と、花子さんがいいました。

「じゃ、このボール、兄さんにかえしておくれ。」

「こんどきたら、かえしてあげるわ。」

正ちゃんは花子さんに、少年の買ってくれたボールをわたすと、気もちがらくらくとしました。

そして、自分のボールを力いっぱい空に向かって高く投げあげたり、受けたりして、遊んだのであります。

●図書カード

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