Chapter 1 of 1

Chapter 1

田舎のおばあさんから、送ってきたりんごがもう二つになってしまいました。

「政ちゃんなんか、一日に三つも、四つも食べるんだもの。」

「僕なんか、そんなに食べやしない。勇ちゃんこそ三つも四つもたべたんだい。」

二人は、いい争いました。そして、残った二つのりんごを、どちらが大きいか、めいめいでにらんでいました。

一つは、いくぶんか大きいが、色が青かったのです。一つは、小さいが、赤くて美しく見えました。

「僕、この大きなほうを取ろうや。」と、弟の政ちゃんが、すばしこく手を出して、大きなりんごを握ろうとしました。

「それは、おれのだい。」

兄の勇ちゃんは、政ちゃんの小さな手でつかんだ、りんごを奪ってしまいました。

さあ、たいへんです、二人は、そこでつかみ合いがはじまりました。畢竟、年の少ない政ちゃんは、かないませんでした。

「お母さん、僕のりんごを兄さんが奪ってしまったんですよ。」

泣きながら、政ちゃんは、お母さんのところへ訴えてゆきました。

「うそですよ、お母さん。僕は、大きいから、大きいのを取ったのです。政ちゃんは、小さいから、小さいのを取るのがあたりまえなんですね。」と、勇ちゃんは、つづいて、お母さんのところへやってきました。

「そんなことは、きまっていません。政ちゃんの持っているものを、なんで無理に奪ったりするんですか。」

お母さんは、こういう場合には、小さいものより、兄さんをしかるのがつねでした。

勇ちゃんは、手に、青い大きなりんごをしっかりと握っていました。そして、お母さんの裁判を、不平そうな顔つきをして、うつむいて聞いていました。

「田舎のおばあさんは、僕に、送ってくださったんでしょう。」と、政ちゃんが、いいました。

「いいえ、みんなに送ってくださったのです。」

「それみろ、政ちゃんは、自分ひとりのものだと思っているからいけないんだ。」

「あんな小さいの、やだい。」

政ちゃんは、からだをゆすって、だだをこねました。

「もう一つのを、持っておいで。」と、お母さんは、おっしゃいました。

「僕、あんな小さいのは、やだい。」と、政ちゃんは、いいながら、紅いりんごを持ってきました。

「まあ、きれいなりんごだこと、ちょっとお見せなさい。」

お母さんは、目をみはって、りんごをごらんになりました。

「こんな、きれいなりんごが、どうしていけないの。あんな青いりんごより、よっぽどいいじゃないの。」

「小さいじゃないか。」

政ちゃんも、さっき、小さいが美しいから、どちらを取ろうかと考えていたくらいですから、お母さんにそういわれると、なるほど、青いりんごより、小さくても、このほうがいいように思われてきました。

「これを上手に写生してごらんなさい。」

政ちゃんは、学校で、先生が、こんどなんでも持ってきて、図画の時間に写生してもいいと、おっしゃったことを思い出しました。

「僕、これを学校へ持っていって写生してもいいの。」

「みごとに描けたら、おばあさんに送っておあげなさい。どんなにお喜びなさるかしれませんよ。」

政ちゃんの機嫌は、すっかり直りました。このとき、勇ちゃんは、とっくに大きなりんごを持って出てしまって、いなかったのであります。

「おなかが痛い。」

勇ちゃんは、朝起きると、腹を押さえていいました。

「おなかが痛いの、どうしたんでしょうね。」

「ああ、おなかが痛い。」

「きっと、おなかを冷やしたのでしょう。」

お母さんは、心配して、勇ちゃんのようすを見ていられました。

「ああわかった。お母さん、兄さんは、きのうりんごの皮をむかないで食べたからでしょう。ばちがあたったのだ。」

そばで、政ちゃんが、いいました。

「だまっておれ。」と、勇ちゃんは、怒りました。

「ばちがあたったのだ。」

政ちゃんは、いいました。腹を押さえて、すわっていた勇ちゃんが、飛び上がって、政ちゃんを追いかけました。

「お母さん――。」

「生意気いうからだ。」

政ちゃんの呼ぶ声と、勇ちゃんの、とっちめている声とが、もつれてきこえてきました。

「けんかをする元気があれば、だいじょうぶです。」と、お母さんは、笑っていらっしゃいました。

二人は、お膳の前にすわりました。

「もうおなかがなおった?」と、お母さんは、おききになりました。

「まだ、ちっと痛い。」

「お母さん、学校が休みたいからですよ、休ましてはいけませんよ。」と、政ちゃんがいいました。

「だれが、休むといった。」と、勇ちゃんは、政ちゃんをパチンとたたきました。

「ご飯をたべるときまで、けんかをするのですか。」

お母さんにしかられて、やっと、二人は静かになりました。そして、ご飯をたべて、学校へ出かけました。

政ちゃんは、あの赤い、美しいりんごを紙に包んで、学校へ持ってゆきました。

「きれいなりんごだね。」

図画の時間に、小野がふり向いて、いいました。

「こんなりんごは、めったに見ないね。どこで買ってきたんだい。」と、隣の山田が、ききました。

「田舎のおばあさんから、送ってきたんだ。」と、政ちゃんが、答えました。

「たくさん送ってきたんかい。」

「ああ、たくさん送ってきたんだ。」

「いいなあ。」

「だけど、みんな食べてしまって、もうこれきりないんだ。」

「なあんだ、それじゃつまんないな。」

このときです、先生が、大きな声で、

「横を見たり、話をしたりせんで、上手におかきなさい。」と、おっしゃいました。

政ちゃんは、うまく描けて、いいお点をもらったら、おばあさんのところへ送ってあげて、見せようと思ったので、一所懸命で描きはじめました。

つぎは、算術の時間でした。ベルが鳴って、みんな教室にはいったときです。

「僕に、りんごをおくれよ。」と、山田がいいました。

「僕が、もらう約束をしたんだい。」と、小野がいいました。

政ちゃんは、二人が、ほしいというので困ってしまいました。

「ジャンケンおやりよ。」

政ちゃんの机の上にのっていたりんごを、ふいに小野が取ってしまいました。

「ずるいやい。」と、叫んで、山田が、それを奪い返そうとしました。ちょうど、昨日、政ちゃんが、兄の勇ちゃんに向かってやったと同じことです。

そのとき、もう先生は、教室においでになって、じっと二人が、りんごを奪い合っているのを見ていられました。二人は、大騒ぎをしていました。知らなかった政ちゃんが、気がつくと、

「先生が。」と、注意しました。

二人は、びっくりして、争うのをやめたけれど、遅かったのです。

「小野も、山田も、こっちへくるんだ。」と、先生は、おそろしい顔つきをなさいました。

「さあ、女の組へいって勉強せい。」

みんなは、女の組へやられるのが、罰の中でもいちばん苦しかったのです。山田は真っ赤な顔をして、先生に引きずられるようにして、連れてゆかれたけれど、小野は柱につかまって、動きませんでした。先生は、小野のわきの下をこそぐりました。

それでも、我慢をして、はなれまいと柱にしがみついたのです。お席から、くすくす笑う声が起こりました。

「よし、そこに、いつまでもそうやっておれ。」と、山田一人をつれてゆかれました。

「小野、この間に、逃げっちまえよ。」

「逃げたら、後で、よけいにしかられるぞ。」

政ちゃんは、この赤いりんごから、たいへんなことが起こったものだと、りんごを拾って、かばんの中に入れてしまいました。

小野が、教壇の上に立たされて、頭をかいていると、女の尾沢先生が、山田をつれて教室にはいってこられました。

「これから気をつけて、騒がないといいますから、どうぞ、こんどだけは、許してあげてくださいまし。」と、あやまってくださいました。

「もう、きっと気をつけるね。じや、尾沢先生に、お礼を申しなさい。」と、先生は、山田にいわれました。

山田は、顔を赤くして、頭を下げました。そして、山田だけは、お席にはいって、みんなといっしょに勉強することを許されたけれど、小野は、先生のいうことをきかなかったばかりで、時間の終わるまで、そこに立たされていました。

「勇ちゃん、りんごをあげようか。」

学校から帰ると、政ちゃんはいいました。

「りんご?」といって、勇ちゃんは、かけてきました。

「きのうのりんごじゃないか。政ちゃんは、どうして食べないのだい。」

「どうしても、僕たべたくないのだ。」

「おかしいな。」

お母さんも、赤いりんごをごらんになって、

「ほんとうに、くいしんぼうの政ちゃんが、どうしてたべなかったの。」と、おっしゃいました。

政ちゃんは、このりんごを学校で小野と山田が奪い合って、先生に立たされたことを思い出しました。それを考えると、家に帰って、かばんからとり出したけれど、どうしても食べる気が起こらなかったのです。田舎のおばあさんから送っていただいただけに、捨てることもできなかったのでした。

そのお話をすると、勇ちゃんは、

「僕、そんなりんごをたべるのはいやだ。」といって、あちらへいってしまいました。

「まあ、よくけんかの起こるりんごですね。このことを田舎のおばあさんにいってあげようかしらん。おばあさんは、きっと兄弟げんかをするようなら、もうこれから送らないとおっしゃるでしょう。」

「もう、けんかをしないから、そんなことをいってやっちゃ、いやだよ。」

お母さんは、笑って、おうなずきになりました。

このとき、ドン、ドン、と、外の方で太鼓の音がしました。

「政ちゃん、りんごをさるにおやりよ。」と、勇ちゃんが、入り口から、のぞいて、いいました。政ちゃんは、赤いりんごを持って、かけ出してゆきました。政ちゃんは、赤いりんごをさるにやりました。

さるは、りんごをもらって、よろこんで、さるまわしの背中におぶさりながら、コスモスの咲く、垣根に添って、あちらの方へと見えなくなったのであります。

●図書カード

Chapter 1 of 1