Chapter 1 of 2

幻影の壺


けだものの子

産科院よるのさびしさ夕食の鈴のしづかに鳴りにけるかな

おぎや……たかくさびしく産科院けだものの子のうまれけるかな

けだものの子はかたくもろ手を胸にくみしつかりなにかにぎり居るかも

うすら毛のけだものの子は四つ足をふんばりにつつ呼吸づきにけり

けだものの子は昼としなればひそまりて小鼻かすかにうごめけるかも

おそるおそるけだものの子の心臓のあたりに指を触れにけるかな

けだものの子は瞼かすかにうごかしつ外面の草の戦(そよ)ぐきくかな

けだものの子は生れながらにものを食(お)す術(すべ)しりたればうらがなしかり

黒薔薇はなにか予言(かねごと)まむかいのけだものの子にいひにけるかな

けだものの子はとつぜんに手足ふり狂乱となり泣きにけるかな

けだものの子は現世いやとかぶりふり土ひた恋ひて泣きにけるかも

ひえびえの秋風ふけばけだものの子にも感づとふるひけるかな

入りつ日をけだものの子はあびしかばうぶ毛金毛となりにけるかも

ひそかにひそかにけだものの子のその親を柩(ひつぎ)のなかにいれにけるかな

ひそかにひそかにけだものの子のその親の柩は門をいでにけるかな

入りつ日のかがやく野辺のさいはてにあかき柩はかくれたるかな


河豚(ふぐ)の腹

ひろがれる靄うみにみち沖のへに鐘鼓ひまなくなりしきりなり

あまりにもいろ濃き空よ見つむれば紫紺(しこん)堕(お)つるとおもはるるかな

海ぎしに河豚の腹などたたきつつこどもごころとなりにけるかな

なぎさにいで貝のかけらを千万にくだけど遂にけむりとならず

童子らは青藻のかげの夜光珠(やこうしゆ)の粗玉(あらたま)などをさがすなりけり

鶺鴒(いしたたき)ひねもす岩に尾をたたき砂地(すなぢ)だんだんくれにけるかな


悲しき夢

支那人は黄なる歯をみせ鞭(むち)をあげさてこれよりと言ひいでしかな

ぬば玉の闇よりぱつとあらはれし青き男はわれなりしかな

いろ青き天鵞絨服(びろうどふく)のつめたさを素肌にきれば秋が身にしむ

ましろなる顔の瞼(まぶた)をくまどりて鏡にむかひ笑ふわれなり

窪みたるまなこしみじみ愛(いと)ほしと鏡にむかひ摩(さす)るわれなり

くるはしき踊りにつかれ天鵞絨(びろうど)のゆかに倒れてねむるわれなり

『現身(うつしみ)のうれしき糧は酒なり』とまなこにつげといふはわれなり

この床に踊りつかれてねいるごといのちをはれば満足ならむ

こもり居て親をおもへば金鼓(きんこ)うち踊るわれなり歌ふわれなり


聖人(ひぢり)のまね

日の落つる丘に手をくみ眼をつぶり聖人(ひぢり)のまねをなしにけるかな

まねなれど聖人(ひぢり)の真似(まね)のたうとけれ海にむかひておもふことなし

めをつぶるひぢりの腹にしんしんとさびしくひくく潮鳴りきこゆ

にせものの聖人は腹のすきければ聖人をやめてたちにけるかな

眼ひらけば入日は海にひろがりてあかくするどく眼に沁みしかな

にんげんのこころとなりてたちあがり着物の土を払ひけるかな

つぶる眼のまぶたあかるく入つ日は海にかがやきしづかなるかな


潜水夫(もぐり)

寒天をたたえしごとき重々し海のうねりに潜水夫(もぐり)あらはる

みな底のもぐりの男かなしけれ妻のポンプをたよるなりけり

築港(ちくこう)の真昼の砂にさかしまに潜水夫(もぐり)の服のほされたるかも

ぶくぶくと水面に泡(あわ)のたちければ潜水夫の死ぬとおもひけるかな


国境

山道に赤き苺(いちご)の雨にぬれいろあざやかにこぼれあるなり

たえがたきうらさびしさにゆきずりの野草にふれぬ露にぬれつつ

みかへればはるかわが村一望のうちにおさまり河遠白く

らんまんに盆花さける隣国に一歩ふみいれなみだながしぬ


雑詠

朝の湯の湯気のくもりに老人がしんじつひたり念仏もうす

土手にゆけば土手の臭(にほ)ひのかなしけれ萌えてまもなき青草の土手

ダッタンの海のくろきに白鳥のうかべば羽のそまるとおもふ

春の夜の窓の硝子に頬よせて海のあかりにみいるなりけり

ひつそりとあたりしづかに風凪ぎの海のなぎさに砂音きこゆ

船子どもは声をそろへてくらがりの沖に夜網をおこすなりけり

ぬば玉の闇にかがり火たく船のふなばら赤く海にうつれり


晩秋の街

苦心して男のはりし赤きビラいま風きたりはぎてゆけるかも

十字路にけふもかがまりくるい女(め)はごみ箱のかげあかきもの食(は)める

犬の顔まぢまぢみれば犬もまたまぢまぢわれのかほをみしかな

すたすたとまぢめの顔しくろき犬旅するごとく街あゆむかな

なかなかに朝靄はれず酒造場の大いなる桶の箍うつきこゆ

大道のせともの売は皿と皿すりてさびしき音たてしかな

しろ服のあまたのなかに冬服のひとりまじりてさびし夜の街

街をゆき女の肌にわがさ指ふれておもはずおどろきしかも


畠の恋

太陽にそむきてさきし向日葵(ひまわり)はその咎(とが)にして萎(しを)れたるかも

よくはずみ侏儒の手まりのごとくなり豆鞘わればころがりいづる

わかものの畠の恋は黍殻(きびがら)をたばかされなと風ふきしかな


黄金の果実

けだものの子は大人(をとな)となりぬ一本(いつぽん)も毛のなきことが悲しかりける

黄金(きん)の実をつまむてだてをけだものの大人がよりてかたるなりけり

いささかの黄金(きん)の木(こ)の実のいさかいにけだものは刀ぬきにけるかな

いささかの黄金の木の実のいさかいにけだもの一匹(いつぴき)斃れたるかな

つめどもつめどもけだものどもは黄金(きん)の実(み)を足ることしらずけふも摘みをり

うら悲しけだものどもは黄金(きん)の実(み)をひた恋ひしゆえ傷(きづ)つきにけり

うら悲しけだものどもは銀の実をひたこひにけり嘘いひにけり

うら悲しけだものどもは銅の実をひたこひにけり首くくりけり


友を焼く

うつむきてみなもの言はず火葬場のしじまに骨を拾ふなりけり

友の歯をひとつふたつとかぞへつつ白木の箸にひろふ火葬場

友焼きてかへる花野の細道に草鞋(わらんぢ)の紐とけにけるかな

杳かなる花野のもなかいつぽんのすぐたちの木に烏とまるも

火葬場は曼珠沙華(ぼんばな)の秀(ほ)にかくれたりはるかにしろきけむりたつ見ゆ

夕ざりて河のどよみを茄子の馬胡瓜の馬が流れたりける


十字路

朝の陽は障子(しようぢ)あかるくいちめんに照りかがやけばまなこくらみぬ

ひたすらに爆竹をうつなりわいをしてみたき日ぞ空をながむる

朝まだき靄にきこえてすがすがし法華(ほつけ)の太鼓しづかなるかも

にんげんにうまれしといふ悔恨をつくづくかんぢ涙ながしぬ

にんげんの子がうまれしと紅白(こうはく)のまんまろの餅(もち)おくり来しかな

朝の湯のくもりがらすに女湯のをんなのあたまうつりけるかな

からんからん茶椀をならしみつれどもさびしさ癒(いえ)ずひとり飯(いひ)食む

ひからびし手をもて母が炊ぎたる尊(たふ)とき飯(いひ)ぞしみじみと食す

一すぢのしろき道なりそのかみは君と手をとりすぎし道なり

路のべの赤き小石をてにとりて息ふきかけて見はみつれども

なにがなしに素足となりてわが街をあゆむこころのおきにけるかな

町角の湯屋にうどん華(げ)さきしてふ噂もいつかきえにけるかな

朝顔は咲きて萎(しぼ)みてくりかへしころりと鉢に散りにけるかな

さてこれよりいづこにゆかむ十字路に立ちてあたりを見まはせしかな

少年のこころとなりて石塊(いしころ)を路上ころころころがしてゆく

街なかにあたりうかがひ呼子笛ひとふきふけばこころおさまる

谿越えてあの山こえて帰るてふ飴屋おもへば笛きこえ来し

かつかつと足音たかく橋の上人形のごとうごく兵隊

つつましく日本(にほん)のをんな菊の花もちて街ゆくふさはしきかな

嘘つきのたくみの友とさ夜ふけに語(かた)りあひけりうそとしりつつ

子らがみな一列にならびつぐみたる口元みればお可笑かりける

鳥さしの児の帽子のひさしま日をうけしろく輝やきうごかざるかも


尾張屋爺 思ひ出

杣夫なる尾張屋爺はさむらいの成(な)れの果(は)てなり剣術を知る

新聞をまるめて爺と仕合しぬをりをり禿をたたくなりけり

杣夫なる尾張屋爺はさむらいの成れの果てなり忍術を知る

忍術をみせよと爺にせがみたり外面(とのも)はしきり吹雪するなり

眼をつぶり尊(たふ)とげのこといひたれど蟇(ひき)はもいでず鼠もいでず

酒のめば水遁火遁忍術をなすといひしがついにせぬなり

飯食みてをればとどろと裏山に爺が大樹を倒せしひびき

かんじき……を履きて爺は朝はれの雪の林にいりにけるかな


秋の船旅

船客に道化師まぢりほろほろと横笛なりぬ秋のふな旅

山遠き小能登呂(このとろ)の浜まひる日に青くかがやき草もゆるみゆ


踊る烏

なやましき夏の真昼のへんげものからす輪となり踊るなりけり

なやましき烏の踊りみぎり足いちぢるしくもあげにけるかな

ちよんちよんと二(ふた)足三(み)足かた足で歩みしろ眼をつかひけるかな

からす等のへんげの踊りみてあれば胸がくるしくなりにけるかな

恋の歌うたふ男のきまぐれを烏はかあとわらひけるかな


愛奴部落

のぞきたるアイヌの家にいたましく鮭(さけ)の半身(はんみ)のつるされしかな

和子(しやも)の子の愛奴(あいぬ)に悪口いひければ毒矢(ぶしや)木ひくぞとわらひけるかな

山焼けの遠火のけむりたなびきてかすみのごとくみゆるなりけり

草丘をのぼりつくればアイヌの実茶色つぶつぶ敷かれたるかも


大館町 思ひ出

秋田に住む叔母がましろきつやつやのかほなどおもふ雨のひるかな

通草とりの子ははろか山道種ふきてすぎるみゆかな頭をふりにつつ

通草とりの子にあけびをひとつくれと言ひくれざりしかもさびしかりける

色白き河原の石の反射などまなこを閉ぢておもふなりけり

河岸のうすくらがりに蝙蝠(こうもり)を追ひてこどもらいまだかへらず

縞蛭は日ぐれの沼にうごくなり吸血のすべしるがかなしき

夕暮れの沼のあさどのおぐらきに水しはつくり蛭うごくなり


馬小舎

馬小舎のうまがきり藁食す音のとどろひびきて頭にのぼるかも

床にゐて馬小舎の馬が屋梁(はり)を噛む癖を叱りてねいるなりけり

押切りをたくみに使ふ若者に指などきるなといひかけしかな

切り藁にほそり木まぢりゐるけらしぽきと音して手応へしかな

馬小舎の飼ばの桶に庭鳥が卵をひとつ産みてあるかも


大根畠

山蔭に薄陽をあびて大根をほればもろ手のつめたかりける

しんしんと地がなるごとし大根をほる手をとどめ土にかがみぬ

夕ざれば地の冷えまさりこんこんとつづけて咳のいでにけるかも

現世に大根が生きてゐることのお可笑かりけりうごかぬ大根

夕闇のなかにましろくつみあげし大根がみな土にきえゆく


月夜

あゆみつつ夜更の空をみあぐれば電信柱にかかる月かも

らんらんと尊とや月はまづし家の屋根いちめん照らすなりけり


さびしさ

そのかみの悪性(あくしよう)男なきてをり女供養(くよう)と泣きてをるなり

たえまなく胸の扉(とびら)をあかき衣(い)の侏儒(しゆじゆ)らけふしもたたくなりけり

八畳のそのまんなかにあかき林檎ひとつころがしみつめたるかも

わかき我なにのはずみかしはがれし悪魔の声しはつとおどろく

ひたすらにわが身いとしと銭湯(せんたう)に脚気(かつけ)の脛(はぎ)をさすりけるかな

かなしきはここの酒場のこのブランあまりに弱き味覚なるかも

むらさきの縁取(へりと)りコップたちのぼるココアの湯気のしろき夜かな


丘に立ちて

ひとり死ぬるさびしさなどをおもひつつ狭霧(さぎり)の丘にたちつくすなり

丘にたちしみじみ夕日あびにつつ満(み)ち足(た)らふまでなきにけるかな

なきなきていささかひもじくなりければ草の実つみて頬ばりしかな

荒磯(あらそ)べの石ころみちのでこぼこを馬車たかなりてすぎるみゆかも

うらぎりの君のにくさに草の実をつぶせばあかき血のながれたり

フレップを摘まむとすればその色の処女(おぼこ)にあらず君の乳のいろ

食人鬼の童のごとし童らは草の実食みて口あかきかも


母と逢ひて

いたいたしくやせほそりたる吾(あ)の母の人力(じんりき)車にのるをながめたるかも

うれしくてうれしくて吾(あ)はなきにけり幌(ほろ)ををろせといひにけるかな

うれしくてうれしくて吾はいくたびも洟(はな)をかむなり飯(いひ)食(を)しにつつ

わが母のいつとせ前の疳症(かんしよう)のひたいのすぢののこりたるかも


子供王国

童子ひとりおもちやの弓をひきしぼり矢叫けびたかくはなちけるかも

だんだらの道化の帽子かむりたる童子はついになきにけるかな

いちにんの童子は煙草のむまねをなしてゐるなり悲しからずや

いちにんの童子は童女と草つみて夫婦(めをと)ごつこをするがかなしき

童子らのなすことをじつとみてをれば草にかぎろひうすらたつみゆ


場末印象

なにかしらかなしきものの澱(をど)みゐる場末の空気吸(すへ)ばさびしも

壁土をこねる男のさむげなる素足をみつゝすぎにけるかも

はるか来てふとみかへれば壁土をこねる男は煙草すふなり

壁土をこねる男の顔みしが顎鬚(あごひげ)のみのみゆるなりけり


旅愁の歌

誰にともなくほほゑみなげて船橋をわかき女の降りけるかな

憂鬱のなすことつきて謹厳のをとこも小唄うたふ船旅

船人はかなしき鐘鼓(しようこ)うつになれたくみにうちぬ小能登呂岬(このとろみさき)

こんぺきの海の平らさ波しろくゆくともみえずランチはしりぬ

少年の日の積木のごとくあたらしき家々みゆる真岡の港

あまりにも草の色よく海岸にみいりてしばしふるさとおもはず

親すてしかなしふな旅船底にかへれかへれと潮騒きこゆる

ふるさとにみゆるに堪へず船室にいれどかなしや丸窓にみゆ


風鈴と風

炎天や風なきまひる風鈴をつるせば風の起りけるかな

あまりにも四周しづけく魔人きてゆりうごかせよこの天地(あまつち)を

あまりにも四周さびしく風鈴を買はむこころの起きにけるかな

風鈴のゆれるをみつつしみじみと解熱(げねつ)の薬のみにけるかな


咲ちやん

いきどほり心(うら)にしもて裏の児の咲ちやんをよびあそびけるかな

お可笑(かし)けれおみな子なれば母ぶりて人形などを抱くなりけり

さんだんにうねりてみゆるお河童(かつぱ)の髪ゆりていまし駆(かけ)りくるかな

女なればうちまたにあゆむ咲ちやんのちさき足袋はましろなるかも

おはぢきにわざと負ければうれしきと手ふり足ふり踊るなりけり


金魚と死

霜ふればしんじつ命愛(は)しとおもひ金魚に死ねといひにけるかな

千べん万べん命のかぎり玻璃鉢の金魚はあはれ尾鰭(をひれ)うごかす

くれないの金魚は体かたむけてあはれ大きく水のみしかな

六匹の金魚いつしか一匹となりし朝なり雪ふりしかも

なにもなき金魚の鉢のさびしさに炉石(ろろし)おとせば底に鳴るかも


酒場と南京玉

おのれてふ男はついに酒をのむことを知りしがさびしさはます

冷えまさる秋の夜更けに酒のめば懐さむくなりにける哉

銀色の尻(しり)振(ふり)時計(とけい)しりふるをみつつに酒をのめばさびしも

酒肆(さかみせ)の女のつなぐ青赤の南京玉はよくひかるかも

青赤の南京玉を灯(ひ)のもとにひとつひとつにつなぐ淋しさ

さやさやと秋の葉ずれの音たてて南京玉のよくころぶかも

栗色の丸テーブルに酒代(さかしろ)の銀貨ををけばころげたるかも


広野

野にたちてひとさし指をたかくあげとまる小蜻蛉(こあきつ)とらへけるかも

眼もはるの野の一角に風おきぬ盆花ちりぬあかく小さく

ほろびたる秋の草花手にとりて月のひかりにすかしみるかな

ほそりゆく道の極みにひろびろの野をみいだして走りけるかも

はるばると来はきつれども平原にあゆむあてなし草に坐りぬ

さびしきは村の端(は)づれのはねつるべ半円ゑがききしるなりけり

風わたる野の枯草のいたましさ折りて抱(いだ)けど顫(ふる)ひやまぬかも

ゆきづりにつみし稲穂のつぶつぶをしみじみ噛みてあゆみけるかな

朝の陽の苺のあかさ眼にひろひ山いつさんにくだりけるかな

黄昏れの山上にきて街みれば電灯ぱつとともりたるかな

山に立ち街みをろせばたくさんの魔術師街をあゆみ居るかも

ぴろろろろクラリオネット夕暮れのしづけさやぶり街に流るる

うづくまり松の根もとの蟻をみるゆき逢ふごとに低頭(じぎ)をして居る

山狭の土の窪みにくさぶきの屋根かたぶけてすまへるか人は

もの言はぬ男のごとく焼山の樹々すくすくとたちにけるかな

児らふたり霞網もちむかつ山にうごけるがみゆ真白き帽子

みはるかす畠のあら土うねうねを赤くくまどり陽は落ちにける

どよもして汽車はすぎにけるそのあとはあたりしんしん静かなるかも

土手下に蛙(かはず)ころころなきいでぬさみしらにまた口笛をふく

やめよ子等しら樺の樹のかははぐをいたいたしきぞあかき肌みゆる

樹の樹皮(じゆひ)に木虫みつけぬ児ら焼きてよろこびて食(は)む疳の妙薬


幻影の壺

ましろなる沼の白鳥とろ壺にまぢかくをりて壺みかへらず

もろもろのけだものどもは泥壺をまるくとりまき吠えにけるかな

赤猫のあやしき舞ひにどろ壺はかすかにかすかにゆらぎけるかな

そのかみは蛇(じや)は壺をいだき死せるかな青き蛇紋のうかびあるなり

どろ壺の底をのぞけばむらさきのかなしみの精たまりあるかな

しんしんともろ手につたふ泥壺のどろのぬくみのなつかしきかも

彫刻のなきどろ壺はなめらかに青くさびしく月にひかりぬ


養鶏場にて

雌鶏はゆきつもどりつ鶏小屋に陣痛するとなきにけるかな

めんどりは陣痛するとみづからの腹のにほひをかぎにけるかな

どよもしてみな走りゆくにくらしさ食卵のくせ鶏らはしりぬ

愛(いと)しければ鶏の餌にもと雪ほりてキャベツ畠のキャベツをさがす


折々雑記

夜となれば酒をひた欲るつぶら眼の夢遊病者となりにけるかな

しづか夜の辻うら売りを愛ほしとおもひしづかに酒のみしかな

悲しさよわれにむかひて鳴きてゐる虫の言葉をきく耳もたず

蟋蟀の鳴く音止めむと叢(くさむら)を夜露にぬれてゆれどやまずも

ていねいに夜の小路(こうぢ)の大き石はぎてみたれど蟋蟀は居ず

夜の街鉞(まさかり)もちて男ゆくふつとおそれのわきにけるかな

連れだちてあゆむ汝(な)が母みめよきを妾腹(しようふく)の子よ悲しからずや

夜の街うつろにものを言ふごとく声ひびかせて人すぎにける

われ死ぬるときのさまなど夜の床に夜着をかむりておもひけるかな

差押へその赤紙をみつめつつ兄はへらへら笑ひけるかな

へらへらと笑ひし顔のさびしかり青くつめたくみえにけるかも

酒のみて歌をうたふを淫乱とおもふな女さびしければぞ

寂しさは沼の水泥にうづもれし壺のこころのごとき夜の更け

虫のごと呼吸たへるまで秋さむの河岸にいで歌をうたはむ

いねがたく詩集手にとり表紙画のあをき壺などかなしめるかな

科(とが)もなき妹(いも)をしかりしそののちのさびしきこころ夕雲をみる

この弱きをとこの血潮吸はむとし夜蚊はせまりぬ眉の間に

去(い)ねといひ去(い)なぬといひてかの君と争そひしこともうれしきひとつ

ゆるせ君きみ魔となれと山奥に大樹たたきて呪ひたること

この花を愛すといひて白薔薇に触るれば花のちるがかなしき


疎林落陽

うらがれの林にたてばしんじつに露はつめたくおもはれしかも

うつくしく疎林(そりん)くまなく陽はてりぬここにをとこは首くくりせむ

うつうつと林にいれば蔓草(つるくさ)の首くくりせといひにけるかな

首くくれば親がなくぞとたれさがる蔦(つた)にむかひていひにけるかも

かなしかるものの化身のみえかくれひそかにわれにせまるとおもふ

Chapter 1 of 2