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入庵雑記
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入庵雑記
尾崎放哉
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Original Public Domain
Chapter 3 of 4

3

私は先年、暫く朝鮮に住んで居たことがありますが、あすこの山はどれもこれも禿げて居る山が多いのであります。而も岩石であります。之を殖林の上から、又治水の上から見ますのは自ら別問題でありますが、赤裸々の、一糸かくす処のない岩石の山は、見た眼に痛快なものであります。山高くして月小なり、猛虎一声山月高し、など申しますが、猛虎を放つて咆吼せしむるには岩石突兀たる山に限るやうであります。

話が又少々脱線しかけたやうでありますが、私は、必ずしも、その、石の怪、石の奇、或は又、石の妙に対してのみ嬉しがるのではありません。否、それ処ではない、私は、平素、路上にころがつて居る小さな、つまらない石ツころに向つて、たまらない一種のなつかし味を感じて居るのであります。たまたま、足駄の前歯で蹴とばされて、何処へ行つてしまつたか、見えなくなつてしまつた石ツころ、又蹴りそこなつて、ヒヨコンとそこらにころがつて行つて黙つて居る石ツころ、なんて可愛い者ではありませんか。なんで、こんなつまらない石ツころに深い愛惜を感じて居るのでせうか。つまり、考へて見ると、蹴られても、踏まれても何とされても、いつでも黙々としてだまつて居る……其辺にありはしないでせうか。いや、石は、物が云へないから、黙つて居るより外にしかたがないでせうよ。そんなら、物の云へない石は死んで居るのでせうか、私にはどうもさう思へない。反対に、すべての石は生きて居ると思ふのです。石は生きて居る。どんな小さな石ツころでも、立派に脈を打つて生きて居るのであります。石は生きて居るが故に、その沈黙は益意味の深いものとなつて行くのであります。よく、草や木のだまつて居る静けさを申す人がありますが、私には首肯出来ないのであります。何となれば、草や木は、物をしやべりますもの、風が吹いて来れば、雨が降つて来れば、彼等は直に非常な饒舌家となるではありませんか。処が、石に至つてはどうでせう。雨が降らうが、風が吹かうが、只之、黙又黙、それで居て石は生きて居るのであります。

私は屡、真面目な人々から、山の中に在る石が児を産む、小さい石ツころを産む話を聞きました。又、久しく見ないで居た石を偶然見付けると、キツト太つて大きくなつて居るといふ話を聞きました。之等の一見、つまらなく見える話を、鉱物学だとか、地文学だとか云ふ見地から、総て解決し、説明し得たりと思つて居ると大変な間違ひであります。石工の人々にためしに聞いて御覧なさい。必ず異口同音に答へるでせう、石は生きて居ります……と。どんな石でも、木と同じやうに木目と云つたやうなものがあります。その道の方では、これをくろたまと云つて居ります。ですから、木と同様、年々に太つて大きくなつて行くものと見えますな……とか、石も、山の中だとか、草ツ原で呑気に遊んで居る時はよいのですが、一度吾々の手にかゝつて加工されると、それつ切りで死んでしまふのであります、例へば石塔でもです、一度字を彫り込んだ奴を、今一度他に流用して役に立てゝやらうと思つて、三寸から四寸位も削りとつて見るのですが、中はもうボロ/\で、どうにも手がつけられません、つまり、死んでしまつて居るのですな、結局、漬物の押し石位なものでせうよ、それにしても、少々軽くなつて居るかも知れませんな……とか、かう云つたやうな話は、ザラに聞く事が出来るのであります。石よ、石よ、どんな小さな石ツころでも生きてピンピンして居る。その石に富んで居る此島は、私の感興を惹くに足るものでなくてはならない筈であります。

庵は町の一番とつぱしの、一寸小高い処に立つて居りまして、海からやつて来る風にモロに吹きつけられた、只一本の大松のみをたよりにして居るのであります。庵の前の細い一本の道は、西南の方へ爪先き上りに登つて行きまして、私を山に導きます。そして、そこにある寂然たる墓地に案内してくれるのであります。此の辺はもう大分高みでありまして、そこには、島人の石塔が、白々と無数に林立してをります。そして、どれも、これも皆勿体ない程立派な石塔であります。申す迄も無く、島から出る好い石が、皆これ等の石塔に作られるのです。そして、雨に、風に、月に、いつも黙々として立ち並んでをります。墓地は、秋の虫達にとつては此上もないよい遊び場所なのでありますが、已に肌寒い風の今日此頃となりましては、殆ど死に絶えたのか、美しい其声もきく事が出来ません。只々、いつ迄もしんかんとして居る墓原。これ等無数に立ち並んで居る石塔も、地の下に死んで居る人間と同じやうに、みんなが死んで立つて居るのであります。地の底も死、地の上も死……。あゝ、私は早く庵にかへつて、私のなつかしい石ツころを早く拾ひあげて見ることに致しませう、生きて居る石ツころを――。

風

市中甚だ遠からねば、杖頭に銭をかけて物を買ふ足の労を要せず、而も、市中又甚だ近からねば、窓底に枕を支へて夢を求むる耳静なり。それ、巣居して風を知り、穴居して雨を知る……

かう書き出しますると、まるで、鶉衣にある文句のやうで、すつかり浮世離れをして居る人間のやうに思はれるのですが、其の実はこれ、俗中の俗、窃に死ぬ迄の大俗を自分だけでは覚悟して居るのであります。が然し、庵の場所は全く申し分なしで、只今申上げた通り、市中を去る事余り遠くもなく、さりとて又近過ぎもせず、勿論、巣居であり、穴居でありますが、俗物にとつては甚だ以て都合の宜しい位置に建つて居るのであります。巣と申せば鳥に非ずとも必ず風を聯想しますし、穴と申せば虫に非ずとも必ず雨を思ひ起します。入庵以来日未だ浅い故に、島の人々との間の交渉が、自らすくなからざるを得ないから、自然、毎日朝から庵のなかにたつた一人切りで坐つて居る日が多いのであります。独居、無言、門外不出……他との交渉が少いだけそれだけに、庵そのものと私との間には、日一日と親交の度を加へて参ります。一本の柱に打ち込んである釘、一介の畳の上に落ちて居る塵と雖、私の眼から逃れ去ることは出来ませんのです。

今暫くしますれば、庵と私と云ふものが、ピタリと一つになり切つてしまふ時が必ず参る事と信じて居ります。只今は正に晩秋の庵……誠によい時節であります。毎朝五時頃、まだウス暗いうちから一人で起き出して来て、……庵にはたつた一つ電燈がついて居まして、之が毎朝六時頃迄は灯つて居ります……東側の小さい窓と、両側の障子五枚とをカラリとあけてしまつて、仏間と、八畳と、台所とを掃き出します。そしてお光りをあげて西側の小さい例の庭の大松の下を掃くのです。この頃になると電気が消えてしまひまして、東の小窓を通して見える島の連山が、朝日の昇る準備を始めて居ります。其の雲の色の美しさ、未だ町の方は実に静かなもので、何もかも寝込んで居るらしい、たゞ海岸の方で時折漁師の声がきこえてくる位なもの――。これが私のお天気の日に於ける毎日のきまつた仕事であります。全く此頃お天気の日の庵の朝、晩秋の夜明の気持は何とも譬へやうがありません。若しそれ、これが風の吹く日であり、雨の降る日でありますと、又一種別様な面白味があるのであります。島は一体風の大変よく吹く処で、殊に庵は海に近く少し小高い処に立つて居るものですから、其の風のアテ方は中々ひどいのです。此辺は余り西風は吹きませんので、大抵は海から吹きつける東南の風が多いのであります。今日は風だな、と思はれる日は大凡わかります。それは夜明けの空の雲の色が平生と異ふのであります。一寸見ると晴れさうで居て、其の雲の赤い色が只の真ツ赤な色ではないのです。之は海岸のお方は誰でも御承知の事と思ひます。実になんとも形容出来ない程美しいことは美しいのだけれども、その真ツ赤の色の中に、破壊とか、危惧とか云つた心持の光りをタツプリと含んで、如何にも静かに、又、如何にも奇麗に、黎明の空を染めて居るのであります。こんな雲が朝流れて居る時は必ず風、……間も無くそろそろ吹き始めて来ます。庵の屋根の上には例の大松がかぶさつて居るのですから、之がまつ先きに風と共鳴を始めるのです。悲鳴するが如く、痛罵するが如く、又怒号するが如く、其の騒ぎは並大抵の音ぢやありません。庵の東側には、例の小さな窓一つ開いて居るきりなのですから、だんだん風がひどくなつて来ると、その小さい窓の障子と雨戸とを閉め切つてしまひます。それでおしまひ。他に閉める処が無いのです。ですから、部屋のなかはウス暗くなつて、只西側の明りをたよりに坐つて居るより外致し方がありません。こんな日にはお遍路さんも中々参りません。墓へ行く道を通る人も勿論ありません。風はえらいもので、どこからどう探して吹き込んで来るものか、天井から、壁のすき間から、ヒユーヒユーと吹き込んで参ります。庵は余り新しくない建て物でありますから、ギシギシ、ミシミシ、どこかしこが鳴り出します。大松独り威勢よく風と戦つて居ります。夜分なんか寝て居りますと、すき間から吹き込んだ風が天井にぶつかつて其の儘押し上げるものと見えまして、寝て居る身体が寝床ごといつしよにスーと上に浮きあがつて行くやうな気持がする事は度々のことであります。風の威力は実にえらいものであります。私の学生時代の友人にK……今は東京で弁護士をやつて居ります……と云ふ男がありましたが、此の男、生れつき風を怖がること夥しい。本郷のある下宿屋に二人で居ましたときなんかでも、夜中に少々風が吹き出して来て、ミシ/\そこらで音がし始めると、とても一人でぢつとして自分の部屋に居る事が出来ないのです。それで必ず煙草をもつて私の部屋にやつて来るのです。そして、くだらぬ話をしたり、お茶を呑んだり煙草を吸つたりしてゴマ化して置くのですね。私も最初のうちは気が付きませんでしたが、たうとう終ひに露見したと云ふわけです。あんなに風の音を怖がる男は、メツタに私は知りません。それは見て居ると滑稽な程なのです。処が、此の男に兜を脱がなければならないことが、こんどは私に始つたのです。それは……誠に之も馬鹿げたお話なのですけれ共……私は由来、高い処にあがるのが怖いのです。それも、山とか岳とかに登るのではないので、例へば、断崖絶壁の上に立つとか、素敵に高いビルデイングの頂上の欄干もなにもない其一角に立つて垂直に下を見おろすとか、さう云ふ場合には私はとても堪へられぬのです。そんな処に長く立つて居ようものなら、身体全体が真ツ逆様に下に吸ひ込まれさうな気持になるのです。イヤ、事実私は吸ひ込まれて落ちるに違ひありません。と申すのは、さう云ふ高い処から吸ひ込まれて落込む夢を度々見るのですから。処が此Kです、あの少しの風音すらも怖がるKが、右申上げたやうな場合は平気の平左衛門なのです。例へば浅草の十二階……只今はありませんが……なんかに二人であがる時、いつでも此の意気地無し奴がと云ふやうな顔付をして私を苦しめるのです。丁度、蛇を怖がる人と、毛虫を怖がる人とが全然別の人であるやうなものなんでせう。浅草といへば、明治三十年頃ですが、向島で、ある興業師が、小さい風船にお客を乗せて、それを下からスル/\とあげて、高い空からあたりを見物させることをやつたことがあります。処がどうです、此のKなる者は、その最初の搭乗者で、そして大に痛快がつて居るといふ有様なのです……いや、例により、とんだ脱線であります。扨、風の庵の次は雨の庵となるわけですが、全体、此島は雨の少い土地らしいのです。ですから時々雨になると大変にシンミリした気持になつて、坐つて居ることが出来ます。しかし、庵の雨は大抵の場合に於て風を伴ひますので、雨を味ふ日などは、ごくごく今迄は珍しいのでした。そんな日はお客さんも無し、お遍路さんも来ず、一日中昼間は手紙を書くとか、写経をするとか、読経をするとかして暮します。雨が夜に入りますと、益しつとりした気分になつて参ります。

灯

庵のなかにともつて居る夜の明りと申せば、仏さまのお光りと電燈一つだけであります……之もつい先日迄はランプであつたのですが、お地蔵さまの日から電燈をつけていたゞくことになりました。一に西光寺さんの御親切の賜であります。入庵以来幾月もたゝないのですが、どの位西光寺さんの御親切、母の如き御慈悲に浴しました事か解りません。具体的には少々楽屋落ちになりますから、これは避けさせていたゞきます……それだけの明りがある丈であります。扨、庵の外の灯ですが、之が又数へる程しか見えないのであります。北の方五六町距つた処の小さい丘の上にカナ仏さまがあります……矢張りお大師さまで……其上に一つの小さい電燈がともつて居ります。それから西の方は遙か十町ばかり離れて町家の灯が低く一つ見えます。東側には海を越えた島の山の中腹に、ポツチリ一つ見えます。多分お寺かお堂らしいですが、以上申した三つの灯を、而もどれも遙かの先に見得る丈であります。しぜん、庵のぐるりはいつも真ツ暗と申して差支へありますまい。イヤ、お墓を残して居りました。庵の上の山に在る墓地に、ともすると時々ボンヤリと一つ二つ灯が見えることがあります。之は、新仏のお墓とか、又は年回などの時に折々灯される灯火なのです。「明滅たり」とは、正にこの墓地の晩に時々見られる灯火のことだらうと思はれる程ボンヤリとして山の上に灯つて居ります。私は、こんな淋しい処に一人で住んで居りながら、之で大の淋しがりやなんです。それで夜淋しくなつて来ると、雨が降つて居なければ、障子をあけて外に出て、このたつた三つしかない灯を、遙かの遠方に、而も離れ離れに眺めて一人で嬉しがつて居るのであります。墓地に灯が見える時は猶一層にぎやかなのですけれどもさうさうは贅沢も云へないことです。庵の後架は東側の庭にありますので、用を足すときは必ず庵の外に出なければなりません。例の、昼間海を眺めるにしましても、夜お月さまを見るにも、そしてこの灯火を見るにも、私が度々庵の外に出ますのですから、大変便利であります。何が幸になるものか解りませんね。後架が外にあることがこれ等の結果を産み出すとは。

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