Chapter 1 of 3

秋の日は、沖縄島を憶ふ。静かに燃ゆる道の上の日光。島を廻る、果てもない青海。目の限り遥かな水平線のあたりに、必白く砕ける干瀬――珊瑚礁の波。私は、島の兄弟らが、今どんな新しい経験をしてゐるか、身に沁みて思ふのである。

島の寂しい生活も、も少し努力すれば、心だけは豊かにさせることが出来た筈であつた。元々、我々「本土日本人」と毫も異なる所なき、血の同種を、沖縄びとの上に明らかにすることなく、我々は、今まで経過して来た。今になつても、まだしみ/″\と血を分けた島の兄弟の上を思ひ得ぬのは、誰よりも、歴史・民族の学徒が、負はねばならぬ咎である。

我々と、島の兄弟とが、血と歴史とにおいて、こんなに親近な関係にあつたことを、本土と、島の全日本に、もつと早く学問の上から呑みこませて置かねばならなかつたのである。どうしても離れることの出来ぬ繋りと、因縁とを、なぜはつきり告げて置かなかつたかと言ふ後悔が、此頃頻りに私の心を噛む。

支那から殖民したものゝ子孫だといふ風に、沖縄びとの出自を空想してゐたことが久しかつた。その妄想が、少くとも島の知識人の間では、近年可なり正されて来てゐた。我々の兄弟であることを悟つて喜び誇り、手を取つて、相離れぬ深い因縁を感謝したことであつた。併し其間も、日本本土の人々は、知識あるも、又それの乏しきも、さう言ふことには、関心も感激も、持たぬ様な顔をしてゐた。けれどもさすがに、半世紀昔のやうな、新しく領属した島及び住民だと謂つた考へ方は、せぬ様になつて居た。

くり返して言ふ。

沖縄の人々は、学問上我々と、最近い血族であつた。我々の祖先の主要なる者は、曾ては、沖縄の島々を経由して、移動して来たものであつた。其故、沖縄本島を中心とした沖縄県の島々及び、其北に散在する若干の他府県の島々は、日本民族の曾て持つてゐた、最古い生活様式を、最古い姿において伝へる血の濃い兄弟の現に居る土地である。此だけは、永遠に我々の記憶に印象しておかねばならぬ事実である。

この島々、今後地図の色わけはどうなつて行かうとも、寂寥なる人生の連続することにおいては、ちつとも変ることはないだらう。さう言ふ島の人生の間にも、この血の歴史を思ひなぐさむよすがとして、空漠たる此から先の長い年月を、健康に長らへて行つてくれたまへ、と私はかう言ひたいのである。

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