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なよたけ
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なよたけ
加藤道夫
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 7 of 16

7

文麻呂 なよたけ。大納言は……絶対にまごころを持っているひとではありません。決して、あなたの美しいこころねの分るひとではありません。ただ、あなたのかおかたちの美しさに幻惑されて、あなたを騙そうとしているのです。あなたのこころが分るひとは自然のこころの分るひとだけです。自然のこころとは愛です。恵みです。あなたの心を知り得るひとは、この自然のこころを愛し得るひとだけです。自然のこころを愛し得るひととは詩人です。詩人だけは本当に美しい自然のこころを読むことが出来るのです。そして、なよたけ、……あなたの美しいこころも読むことが出来るのです。

胡蝶と蝗麻呂も戻って来た。わらべ達はみんな二人の青年となよたけを囲むようにして、並んで聞いている。………

文麻呂 なよたけ。僕達を誤解してはいけません。僕達はあなたのこころの友達なのです。僕達にはあなたの美しいこころが分るのです。あなたの呼吸使いの中に汚れのない自然を感ずることが出来るのです。……なよたけ、……僕達二人は詩人なのです。

何やら急にまた小鳥達の声が騒がしいほど、遠近にその数を増して行く。竹の葉を通す陽光は再び鮮かな緑にきらめき始めた。

清原 (最大の勇気を振って)なよたけ。……ほ、ほら! 聞いてごらんなさい! 小鳥達までが僕達のめぐり逢いを祝福してくれるではありませんか?……自然が僕達の友情を謳歌してくれるのです! なよたけ!……あの美しい小鳥の唄を聞いてごらんなさい!

とたんに小鳥の囀る声、聞えなくなってしまう。清原ノ秀臣、とりつくしまがなくなる。…………

文麻呂 なよたけ。……御覧なさい! 鮮かな緑の竹の葉を通して、輝かしい僕達の太陽が恵みの光を投げかけているではありませんか!……あれこそは偽りのない神の祝福の啓示です。僕達は祝福されているのです。……なよたけ! 御覧なさい! あの輝かしい太陽の恵みを!

とたんに、輝く日射は薄暗く翳ってしまう。同時にまた小鳥達が賑かに囀り始める。

清原 なよたけ! ほ、ほら!……小鳥達だけは本当に僕達の味方です! あの小鳥達の囀りと共に、僕達の永遠の友情は生れるのです!……(聞く)あのひときわ高い声でちゝちゝゝと鳴いている鳥は、あ、あれは、ほ、ほおじろなのでしょうか?

とたんに小鳥の囀り止む。

同時に再び木洩日が輝き始める。………

文麻呂 御覧なさい! 輝く光の扉は僕達にこそひらかれるのです! なよたけ! 聞いて下さい! 僕は即興の詩をあなたの美しい魂に捧げます。聞いて下さい。………(大げさな身振りで朗詠する)

見よ、さやけくも世界はひらけ………

天つ日は、今ふり注ぎ

この郷は、いずこの国か

草も木も、恵みに溢れ………

とたんに再び日は翳ってしまう。小鳥が囀り始める。

清原 なよたけ。ぼ、僕もあなたに詩を捧げます。小鳥の詩です。聞いて下さい。(どもりどもり朗詠する)

あしびきの 山辺に居れば

竹の葉の 茂み 飛びくく 春の鳥

とこしえに 囀り鳴けよ 君がため………

とたんに小鳥の囀り止む。陽が輝き始める。また陽が翳り、小鳥が鳴き出す。また小鳥の鳴声止み、陽が輝き始める。………

これが次第に烈しく繰返される。二人、狼狽して、為すことを知らず。

文麻呂 (不安そうに空を見上げ)なんだか妙な天候になって来ましたね。……なよたけ (突然わらべ達に)みんな! 教えて頂戴! あたしには分らなくなってしまった。……この人達は一体誰なの!雨彦 (空を見上げ)なよたけ! あんなあなだ!わらべ達 あんなあなだ! あんなあなだ!文麻呂 (訝しげに)どう云う意味なのです。……そのあんなあなって云うのは?――幕――

第三幕

第一場

都大路の一廓。……とある辻広場。

葵祭の日の午後。うららかな五月の祭日和である。

舞台の両端には美しい花の咲き乱れた葵の茂みと小柴垣がある。

そぞろ歩きの平安人達が、あるいは左から右へ、あるいは右から左へと、会話をしながら往来する。その他、無言の通行人、行商人等も多勢往来する。

誰も彼もが華やかに着飾り、それぞれ美しい花のついた葵の鬘をかけて、衣裳には葵の蘰をつけている。……

遠くで、神楽の笛がひびいている。街は人々のさざめきに充ち溢れている。

男1 (右より)ええ、そこを偶然この私が通りかかったと云うわけなのですよ。男2 ほう。……それはまたこの上もなく運がよろしゅうございましたねえ。男1 ええ。もう、何と云いますか、あたりは夕靄に大変かすんで、花が風情あり気に散り乱れている。……云うに云われぬ華やかな夕方でした。……私も実はなぜかしらず心が浮き浮きしていましたもんで、……あの女がすーっと簾を巻き上げて、こちらの方をちらっと見られた時の、そのかおかたちの美しさと云ったら、……それこそもう……(二人左へ退場)

頭の上に花籠をのせた花売の乙女二人、左より右へ。

乙女1 花はいらんしょか? 花はいらんしょか?乙女2 葵の花はいらんしょか?乙女1 葵の鬘はいらんしょか? (右へ退場)

入れ代りに右より登場した若い男。中央辺にてふと立止り、右手花売の乙女達の方をふり向いて、思案する。突然、衝動的に、頭の葵の鬘をむしり取り、ぽいと投げ棄てるや、足早にもと来た右方へ逆戻り。

女1 (右より、憂鬱顔で)ただ、妙に頭が痛むのです。男3 御修法をやっておもらいなさい。……北山の何とか云うお寺にとてもかしこい行者さんがいるそうです。……ただ、この人は評判は非常にいいけど、(指で輪を作り)こっちの方をだいぶ高くとるらしいのでね。……それだけがどうも。女1 でも、そりゃ、病気には代えられませんわ。男3 とにかく、それは死んだ行平の物の怪ですよ。確かにそうです。……全く執拗いったらありゃしない……(左へ退場)

女2 (左より)大体、男って横暴すぎると思うわ。そんなことって本当にあるでしょうか?女3 でも、私達女は昔からそう云う運命なんですもの。仕方がないと思うわ。「宿世と云うこと、ひく方遁れわびぬることなり」って、どなただったか忘れたけど、おっしゃってるじゃありませんか? どれもこれもみんな「さるべき契り」なのだと思って諦めてしまえば別に悲しいこともないわ。女2 まあ、そう云うことを云ってるから、男達がつけ上るんだわ。駄目よ、そんなこと云ってちゃ。あたしは断然反対だわ。あんたのようにそう物事を消極的にばかり考えてたら、いつまで経っても私達女は浮ぶ瀬がないじゃないの。(右へ退場)

男4 (左より)「何をこの新発意奴が!」といきなりこう来るんです。お話になりゃしません。……怒る気にもなれませんよ。男5 まあまあ、そこんところをじっと我慢して、黙って待っておりさえすれば、……そりゃ……あなた、なでしこの君にしたってやがてはあなたの心が分るようになるでしょうし、あの男だって、まさかそういつまでも……男4 ま、私もそう思っていればこそ、別に事も荒らだてないで、こうして黙っているんですがね。男5 その方が勝ですよ。負けるは勝ちですよ。(右へ退場)

学生1 (本を手に、暗誦しながら、右より登場)

如クンバレ此ノ則チ捨テテ二衆人ヲ一而従ハン二君子ニ一

君子ハ博学ニシテ而多シレ聞矣。

然レドモ其ノ伝不ルレ能ハレ無キレ失フコト也。君子之説ハ………

あゝあ。せっかくの葵祭だってのに、こんな碌でもない試験勉強なんて馬鹿馬鹿しいにも程があらあ。……

学生2 欧陽修なんて出やしないよ。学生1 五月蠅いな。……君は君で勝手にやまを掛ければいいじゃないか。学生2 (見栄をきる)『春秋論』なんて、第一、あんなのやさし過ぎら。学生1 あれ? じゃ、どこが出るって云うんだい?学生2 柳宗元さ。学生1 え?学生2 柳宗元の『封建論』さ。これが絶対やまだよ。学生1 おい。そんなのあったかい? どれだ、どれだ。学生2 (自分の本をめくってみせる)これさ。……(読む)

天地果シテ無キレ初乎吾不ル二得テ而知ラ一レ之ヲ也

生人果シテ有ルレ初乎吾不ル二得テ而知ラ一レ之ヲ也

然ラバ則チ敦レカ為スレ近シト曰ク有ルヲレ初為スレ近シト……………

学生1 むずかしそうだな、こりゃ。学生2 むずかしいね。……やって行かなかったら、まず、零点だな。学生1 (当惑して、自分の本をぺらぺらめくる)弱ったな。……柳宗元はちっともやってないんだ。学生2 (慰めるように)第一、橘先生がいけないんだよ。……いくらなんでも葵祭の翌日に試験をするなんて、あんまり非常識すぎるよ。学生1 (絶望的にぺたんと本を閉じ、左へ歩きながら)あゝあ。せっかく、楽しみにしてたのに。……今年の葵祭はおじゃんだ。……家へ帰って、また暗誦だ、暗誦だ。……お社のお神楽も諦めた。学生2 僕あ行くよ。……(左へ退場)

女4 (右より)そういうお噂なんですって。女5 まあ、……大納言様が?女4 もっぱらよ。女5 でも、まあ、奥の方のお可愛想なこと!女4 それに、今度の御相手は、なんでも、竹籠作りのお爺さんとかの娘で、それもまだ十七、八のとんだ賤しい田舎娘なんですって!女5 まあ、呆れ果てた!……ね、どなたからお聞きになったの?女4 ……さる御方からね。女5 ねえ、どなたなのよ。女4 さるやんごとない御方。……ふふ。……それは秘密。女5 まあ、憎らしい。(左へ退場)

男6 (左より。ひどく教訓的に)一番大切なのは心です。心ばせです。「心こそ心をはかる心なれ心の仇は心なりけり」です。分りますか?青年 (気弱そうである)はあ。……男6 その次に大切なのは「ざえ」です。「ざえ」かしこく世にすぐれていなければ、問題になりません。「なお才をもととしてこそ、大和魂の世に用いらるるかたも強う侍らめ」です。分りますか?青年 はあ………(右へ退場)

男7 (左より。恐々探りを入れるように)で、あなたの方へは何とか御返事があったのでしょうか?……いや、実を云えば、私も以前に一度歌を送って、ちょっとほのめかしてみたことがあるにはあるんですが、……何だか妙な工合になってしまいましてねえ。……そんなわけで私の方は何と云うこともなくそれっきりになってしまったようなわけなんです。男8 (白っぱくれて)さあ、返事が来たかどうでしたかな? 何しろ、別にそう気にもかけていないものですから。男7 あの三鈴と云う女はあのようになかなか美しい女ではあるのですが、あれでどうしてどうして、決して風になびかぬ木の下草だと云うもっぱらの噂なのですよ。男8 (心の動揺を抑え、半ば独白)そう云う女なのですか?……ああ、そうだったのですか……(右へ退場)

女6 (右より。気味が悪いと云うふうに)また二三日前に「ふそう雲」が西の空にあらわれたのですって。……せっかくのお祭だと云うのに。本当に嫌なことを聞かされますわ。女7 ああ、いや。それでも、中務省の陰陽寮から出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起るに違いないわ。物忌を怠れば、皐月と云う月にはきまってわざわいが現れるのですもの。全く、うかうかとお祭騒ぎもしていられませんわ。女8 あれも確か去年の葵祭の時だったんじゃございません? ほら、あの大原野の社の斎女になられるはずの、何とか云われたお年若な娘御が、昼の日中に突然、神隠しに遭ったじゃありませんか?女7 そう、そう。私もよく覚えていますわ。女8 今年も、この分だと、またどなたか今日あたり、神隠しに遭うのではないかしら? おお、こわ。(左へ退場)

女5 (左より)それが、あなた、驚くじゃありませんか。今度の御相手はまだほんの十七、八のとんだ賤しい田舎娘なんですって!女9 まああ!女10 なんだ、そんなお噂なら、もうとうの昔に知ってるわ。……では、その大納言様の恋路を妨げる若いお方がひとりいらっしゃるってことは御存知?女9 あら! 恋仇?……ねえ、教えて。……それは一体、どなた?女10 ふふ。……(云わない)女5 そう勿体振らないで、おっしゃい。女9 ねえ。……おっしゃいよ。女10 ……これは秘密よ。どなたにも饒舌っては駄目よ。(三人、顔を寄せ、右へ退場)

Chapter 7 of 16
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