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流刑地で
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流刑地で
フランツ・カフカ
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 4 of 6

4

将校はすぐに正気を取りもどした。

「あなたの心を動かすつもりではなかったのです」と、彼はいった。「あのころのことを今わかっていただくことは不可能だ、ということは私もよく知っています。それに機械はまだ動いていますし、ひとりで働きます。機械はこの谷間にひとりぼっちになっていても、ひとりで働きます。そして、あのころのように何百という見物人がまるで蝿みたいに穴のまわりに集っていなくとも、死体は結局は今でもまだおだやかに飛んで穴のなかへ落ちていきます。あのころには、われわれは丈夫な手すりを穴のまわりにつけなければなりませんでしたが、それもずっと前に取り除かれてしまいました」

旅行者は顔を将校からそむけようと思って、あてもなくあたりを見廻した。将校は、相手が谷間の荒涼とした風景をながめているのだ、と思った。そこで旅行者の両手をつかみ、相手の視線をとらえようとしてそちらへ身体を廻し、そしてたずねた。

「この不面目な有様にお気づきなのですか?」

だが、旅行者はだまっていた。将校はほんのちょっとのあいだ、相手にかまうことをやめた。そして、両脚を開いたまま、両手を腰にあてて、無言で立ち、地面を見ていた。それからはげますように旅行者にほほえみかけて、いった。

「きのう、司令官があなたをここへ招待したとき、私はあなたのすぐ近くにおりました。私はその招待の言葉を聞きました。私は司令官をよく知っています。司令官がこの招待で何を狙っているのか、私にはわかりました。司令官の権力はこの私を処分するに十分なほど大きいにもかかわらず、まだ思いきってそうしようとしません。でも、きっとあなたという声望ある外国人のかたの判断にさらしてやろうというつもりなのです。司令官の計算は念入りなものです。あなたはこの島にこられてまだ二日目ですし、旧司令官とあのかたの考えかたというものをご存じなかったわけです。あなたはヨーロッパ的な考えかたにとらわれておられる。おそらくあなたは死刑一般の原則的な反対者であり、ことにこのような機械による処刑の原則的な反対者でしょう。その上、処刑が公衆の関心を集めることもなくさびしげに、すでにいくらか破損した機械によって進められる、ということをごらんになりました。――で、こういうことをすべて併せるならば(そう司令官は考えているのです)、あなたが私の手続きを正しくないとお考えになるのは、ひどくありそうなことではないでしょうか。そして、もしあなたが私のやりかたを正しくないとお考えならば、あなたはこのことを(私は相変らず司令官の考えているままの意味でお話ししているわけですが)黙ってはおられないでしょう。というのは、あなたはきっと、いろいろおためしになった確信に信頼をおいていらっしゃるはずです。あなたはたしかに多くの民族のたくさんの特性をごらんになったし、それらを尊重することをお学びにもなってはおられます。それゆえ、おそらくお国においてなされるように全力をふるってこのやりかたに反対を唱えられないかもしれません。しかし、そんなことは司令官も全然求めてはいないのです。ほんのかりそめの、ただ不用意な言葉だけで十分なのです。その言葉がただ司令官の望みに外見上だけでもかないさえすれば、何もあなたの確信とぴったり一致しなくともいいのです。司令官がずるさの限りをつくしてあなたから聞き出すだろうということは、私は確信しています。そして、司令官の取巻きのご婦人たちは車座をつくって坐り、耳をそば立てて聞くことでしょう。そして、あなたはたとえば『われわれの国では裁判手続きはちがっています』とか、『われわれの国では被告は判決の前に訊問を受けます』とか、『われわれの国には死刑以外の刑があります』とか、『われわれの国に拷問があったのは、中世においてだけでした』とか、おっしゃるでしょう。それらは、正しくもあれば、あなたには自明に思われもする言葉です。しかし、私のやりかたには少しもさしさわりのない無邪気な言葉です。しかし、司令官はそれらの言葉をどう受け取るでしょうか。あの司令官がすぐ椅子をわきへ押しやり、バルコニーのほうへ急いでいく様子が、私には眼に見えるようです。取巻きのご婦人たちが司令官のあとをなだれを打って追いかけていく様子が、眼に見えるようです。司令官の声が――ご婦人たちはあの人の声を雷の声と呼んでいます――聞こえるようです。ところで、司令官はこんなことをいうでしょう。『各国の裁判手続きを調査するよう使命を帯びておられるあるヨーロッパの大学者は、古い慣例によるわれわれの手続きは非人間的なものである、といわれた。このようなかたのこのご判定をうかがったあとでは、この手続きを許しておくことはむろん私にはできない。そこで本日から私は指令するが――とかなんとか』司令官が告げたようなことは、あなたはおっしゃらなかった。私のやりかたを非人間的などと呼ばれなかった。それどころか反対に、あなたの深いご洞察に相応して、それをもっとも人間的で、もっとも人間にふさわしいものと思っておられる。あなたはまたこの機械装置を感嘆しておられる。こんなふうにあなたは異議を申されるでしょう。しかし、それも手遅れです。すでにご婦人がたでいっぱいのバルコニーに、あなたは全然出てはいけないでしょう。あなたはご自分にみんなの注意をひこうとされるでしょう。叫ぼうとされるでしょう。でも、ご婦人の一人の手があなたの口をふさいでしまいます。――そして、私と前司令官との仕事も破滅してしまうのです」

旅行者は微笑を抑えないでいられなかった。それでは、彼がひどく困難と考えていた課題は、ひどくやさしいものだったわけだ。彼は相手の言葉をかわしながらいった。

「あなたは私の影響力を買いかぶっておられるのですよ。司令官は私がもってきた紹介状を読みましたが、私が裁判手続きの専門家なんかではないということを知っています。もし私が意見を述べるならば、それは一個の私人の意見であって、ほかの任意のだれかの意見よりも少しだって重要というわけのものではありません。ともかく、私が知っていると思われる限りではこの流刑地でひどく広汎な権限をもっている司令官の意見に比べたらずっと意味がないものです。もしこの手続きについての司令官の意見が、あなたのお考えになっているほどきっぱりときまっているものならば、私のささやかな助力なんか必要としないで、おそらくはもうこの手続きの終りがきているはずですが」

将校はもうわかったのだろうか。いや、まだわかっていなかった。彼は勢いよく頭を振り、ちょっと受刑者と兵士とのほうを振り返った。この二人はぎくりとして、米がゆを食べるのをやめた。将校は旅行者の近くまで近づいていき、彼の顔は見ないで、上衣のどこかを漠然とながめながら、さっきよりも低い声でいうのだった。

「あなたは司令官をご存じありません。あなたは司令官にとっても、またわれわれのすべてにとっても――どうかこんないいかたをお許し下さい――いわば無害な立場におられます。それで、私のいうことを信じていただきたいのですが、あなたの影響力はいくら高く評価しても評価しすぎることはできないのです。あなたがおひとりで刑の執行に立ち会われると聞いたとき、私はほんとうにうれしく思いました。司令官のこの指示が私を目当てにしているというならば、今度は私がそれを自分に有利なようにしむけてやるだけの話です。まちがった耳打ちとか軽蔑的なまなざしとかにまどわされることなく――そうしたものは刑の執行に相当大きな関心を抱いている場合には避けられないものでしょうが――あなたは私の説明を聞いて下さり、機械もごらん下すって、今度は刑執行を見学しようとされています。あなたのご判断はきっともうきまっているはずです。まだちょっとしたはっきりしない諸点が残っているとしても、刑執行をごらんになればそんなものは片づいてしまうでしょう。ところで、あなたにお願いしておきます。どうか司令官に対抗できるように私を助けていただきたいのです」

旅行者はそれ以上将校に語らせておかなかった。

「どうしてそんなことができるでしょう」と、彼は叫んだ。「そんなことはまったく不可能です。あなたのお役に立つことも、あなたに害を加えることも、どっちだってできません」

「あなたはおできになります」と、将校はいった。旅行者は、将校が両手の拳を固めているのを、いくらか恐れをこめて見てとった。「あなたはおできになります」と、将校はいっそう迫ってくるようにくり返していった。「成功するにちがいない計画を一つもっています。あなたの影響力は十分でない、とあなたは信じておられます。ところが、それが十分である、ということを私は知っております。しかし、あなたのお考えがもっともだとみとめたとしても、この手続きを維持するためにあらゆること、そしておそらくはあまり十分とはいえないことでさえもやってみることが必要なのではないでしょうか。そこで、まあ私の計画を聞いて下さい。それを実行するためには、何よりもまず、あなたがきょうのところはこの流刑地で私のやりかたに関するあなたのご判断をできるだけさしひかえて下さることが必要です。もしあなたがざっくばらんにたずねられないときには、あなたはけっしてご自分の考えを表明されてはなりません。つまり、あなたのご発言は手短かで漠然としたものでなければならないのです。それについて語ることはあなたにはむずかしいことになるということ、あなたが不快に感じていらっしゃるということ、もし率直に話さなければならないとしたら、まったく呪いの言葉を爆発させないわけにいかないということを、人びとに気づかせなければなりません。私は何もあなたにうそをつけなどと求めはしません。けっしてそんなことはありません。あなたはただ手短かに答えていただきたいのです。たとえば、『ええ、私は刑の執行を見ました』とか、『ええ、私はあらゆる説明をうかがいました』とかいう調子にです。それだけのことで、それ以上のことをお願いしているわけではありません。あなたが感じていらっしゃると人びとに気づかせる不快な感情というものには、実際、十分な動機があります。たとい司令官の考えているような意味でではなくとも、そういう動機はたしかにあります。司令官はむろんそれを完全に誤解して、あの人の考えている意味で解釈することでしょう。私の計画もその点に根拠をおいているわけです。あす、司令部で司令官の主宰の下に上級行政官全員の大きな会議が行われます。司令官はむろん、こうした会議で見世物をつくり出すこつを心得てしまったのです。そのために回廊がつくられ、傍聴者でいつもいっぱいです。私はよんどころなくそうした相談会に加わらなければなりませんが、不快な気持で身ぶるいするほどです。ところで、あなたはどうあっても今度の会議に招待されるにきまっています。もしあなたがきょう、私の計画にふさわしい態度をとって下さるならば、この招待は私にとってどうしても願わしいものとなるでしょう。でも、もし何らかの理由からあなたがまだ招待されていらっしゃらなければ、招待してもらうように要求なさっていただきたいのですが。そうすれば招待を受けられることは、疑いありません。そこで、あなたはあす、ご婦人がたとともに、司令官のさじきに坐られるということになります。司令官は何度も上眼を使って、あなたがおいでになることをたしかめるでしょう。いろいろなどうでもいいような、滑稽な、ただ傍聴者をあてこんだだけの議題が論じられたあとで――たいていは築港のことです。いつもいつも築港のことです――裁判手続きのことも議題にのぼるでしょう。司令官の側からこれが出なかったり、あるいは十分早いうちに出ないような場合には、それが話に出るように私が計らいます。私は立ち上がって、きょうの刑執行の報告をしましょう。このような報告はその会談では慣例のものではありませんが、私はそれでもやってやります。司令官は、いつものように親しげな微笑を浮かべて私に礼をいうでしょう。そして、それからもう自分を抑えることができなくなり、この絶好の機会をつかむでしょう。『ただいま』とかなんとか彼はしゃべることでしょう。『刑執行の報告が行われました。この報告に私からつけ加えたいことはほかでもありません。まさにこの刑執行には、みなさんがご承知のようにわが流刑地にとって非常な名誉である訪問をたまわった偉大な学者のかたがお立ち会い下さいました。それにわれわれの今日の会議もこのかたのご出席によっていちだんとその意義を深めたわけであります。で、この偉大な学者のかたに向って、古い慣例による刑執行とそれに先立つ裁判手続きとをどう思われるか、おたずねしてみようではありませんか』むろん、満場の拍手、全員一致の賛成ということになります。私はいちばん大きく拍手します。司令官はあなたの前でお辞儀して、こういうでしょう。『それでは、全員を代表いたしまして、私からおたずねします』そこで、あなたは手すりのところへ歩み出られます。どうか両手を全員に見えるようにお置きになって下さい。そうでないと、ご婦人がたに手をつかまれ、指でもてあそばれますからね。――そして今やついにあなたのお話が行われるわけです。どうやってそれまでの何時間かの緊張を耐えていくか、私にはわからないくらいです。あなたは演説においてけっして限界などを置かれる必要はありません。真実を述べてさわぎ立てて下さい。手すりの上に身体をのり出して、がなり立てて下さい。そうです、司令官に向ってあなたのご意見、あなたのゆるぎないご意見をがなり立てて下さい。でも、おそらくあなたはそんなことはなさりたくないでしょう。そんなことはあなたのお人柄にはふさわしくないでしょうし、あなたのお国では、おそらくこういう場合には別な態度をおとりになるものでしょう。それももっともで、それでもまったく十分なのです。立ち上がったりなさらないでもいいのです。ただ一こと二ことおっしゃるだけでいいのです。あなたの下にいる役人どもに聞こえるようにただささやくような調子でその言葉をおっしゃっていただくだけで結構です。それで十分です。あなたは何もご自分で刑執行に対して関心が欠けているとか、歯車がきしるとか、革ひもが切れたとか、フェルトがじつにたまらないほどむかつく、などということをお話しになる必要は全然ありません。いいえ、あとのことはみんな私が引き受けます。そして、私の申し上げることを信じていただきたいが、もし私の演説が司令官をあのホールから追い出さなければ、そのかわりに司令官をひざまずかせて、『旧司令官よ、君の前に私は頭を下げる』と、告白させてやるばかりです。――これが私の計画です。この計画の実行で私をお助け下さいますか。でも、むろんお助け下さるものと思います。それどころか、あなたはそうしなければならないのです」そして、将校は旅行者の両腕をとらえ、重い息をつきながら彼の顔を見た。最後の言葉はまるで叫ぶようにいったので、兵士と受刑者さえもそれに注意を向けていた。この二人は何もわからなかったにもかかわらず、食うことをやめて、口のなかでもぐもぐかみながら旅行者のほうを見やっていた。

Chapter 4 of 6
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