Chapter 1 of 1

Chapter 1

方今我邦、改正・振興すべきものはなはだ多し。音楽・歌謡・戯劇のごときもその一なり。このこと、急務にあらざるに似たりといえども、にわかに弁ずべからざるものなれば、早く手を下さざれば、その全成を期しがたし。

けだし音律の拙き、いまだ我邦より、はなはだしきはあらず。古代、唐楽を伝うといえども、わずかにその譜に止まり、その楽章を伝えず。恐くは語音通ぜず、意義感ぜざるをもって、伝うといえども、すみやかに亡びしならん。

その後白拍子、猿楽などあり。不全の楽にはあれど、邦人の作るところなるをもって人心に適するは、はるかに唐楽に優れりとす。

慶元以還、民間俗楽種々起り、楽器もまた増加し、古昔に比すればいっそう進みたりというべし。しかれども、おおむね卑俚猥褻にして、士君子の玩に適せず。これをもって方今士君子、唐楽・猿楽にては面白からず、俗楽は卑俚に堪えずとして、ほとんど楽の一事を放擲するに至る。これまた惜むべきなり。

今これを振興せんには、第一、音律の学を講ずべし。音律の学は格致の学に基き、別に一課をなし、音に従て譜を作り、譜を案じて調をなすの法なり。この法、支那には、ほぼこれあり。欧米諸国には、ほとんど精妙を極む。ただ我邦にいまだ開けず。今これを講ずるは、わが欠を補うの道なり。

楽器は和漢・欧亜を論ぜず、もっともわが用に便なるものを択むを可とす。

楽章に至ては、外国のものは用に適せず。内国に行わるるものまた、いまだ適当と覚しきものなし。やむを得ずんば、観世なり、宝生なり、竹本なり、歌沢なり、しばらく現今衆心の趨くところにしたがい、やや取捨を加え、音節を改めば可ならん。

とうてい我邦の楽章には韻※なきをもって、聴く者をしておおいに感発せしむるに足らず。衆人追々支那欧亜の唱歌を聴き、韻※に一段の妙趣あることを知り得ば、その趣に傚い、邦語をもって新曲を製すること、また難からざるべし。

余かつて謂う、外国技芸、採用すべからざるものなし。ただに唱歌の法、外国のまま用うべからず。新曲の製の止むべからざるゆえんなり。

戯劇もまたいっそう改正せざるべからず。方今の芝居は婬に過ぎ、哀に過ぎ、誕に過ぎ、濃に過ぎ、人心を害うこと多し。裁制を加えざるべからず。

かつ我邦の俳優は演じて唱せず。外国俳優のごとく、かつ演じかつ唱ずる方、趣あるに似たり。

猿楽の狂言および俗間の茶番狂言なるもの体裁さらに善し。今一歩を進め、猥雑に流れず時情に濶らず、滑稽の中に諷刺を寓し、時弊を譏諫することなどあらば、世の益となることまた少なからず。

外国にては高名の文人ら、歌章を作り、梨園に附し、脚色を設け、演ぜしむることあるよし。芸園の雅遊というべし。

さて劇場の規模またおおいに興張せざるべからず。大略公園地の法度に準じ、賦金または有志の寄附金等をもって、都会の地ごとに壮麗・宏雄なる公堂を建築し、衆庶公楽の処となし、上は 皇上より下は平民に至るまで、同遊偕楽あるに至らばもっとも妙とす。

これを要するに、楽は衆とともにするに如かず。いやしくも衆の楽むところを度として改正せば、あに振興の道なからんや。ひとえに才あり志あり余力ある人の裁制・誘導あらんことを要するのみ。

附言 角力戯は邦人の多く好むところなれども、野蛮の醜風を免かれざるものとす。それ人たるものは、智をこそ闘わしむべけれ。力を闘わしむるは獣類の所業なり。人をして獣類の所業をなさしめ、これを観て楽しむ者もまた人類の所業にかなわず。いったん禁止せばその徒の狼狽もあらん。漸をもって廃業せしめば可なり。

●図書カード

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