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Chapter 1

端役

岸田國士

端役をすら、一生懸命に演ずる俳優は頼母しい俳優だ。それは、端役しか勤まらない俳優であつてもいゝ。彼は主役に選ばれる幸運に繞り合はずに、その生涯を終ることがあつても、彼は、その生涯を通じて、一座の「必要な人物」であつたことに何の変りもない。端役しか勤めないといふ理由で、その俳優を軽蔑するものがあつたらそのものこそ、芝居を心得ぬものである。

私たちは、芸術の道に於て、一つの端役を演じることで満足しよう。芸術家の争ひは、動もすれば、「役の奪ひ合ひ」である。自ら、「主流」に立たうとする心事の、醜き表はれである。

ゲーテ、イプセン、ドストイエフスキイなどの演じた役割を、諸君も亦演じて見たいのか。諸君はまた、バルザツクを、チエエホフを、バアナアド・シヨオを目標としてゐるのか。それならそれでいゝ。私たちは、諸君の知らない、名前さへもない、一人の遊吟詩人の役に心を惹かれてゐる。

瞬きを一つする役である。

炬火をかゝげる役である。

或は、それこそ、「馬の脚」である。

私たちは、また、人生の過程に於て、一つの端役を受持つことで満足しよう。あらゆる世相の波紋は、あらゆる人間の「役不足」から生じてゐる。

例へば、政治がさうである。如何にその「楽屋」の騒然たることよ!

更に、また、私たちは、あらゆる運動の、殊に、かの社会革命の、極く小さな役割を演ずることで満足しよう。「舞台裏」の仕事をするものがあつてもいゝだらう。

「第一線」に立つ人々よ、明るい舞台で、しつかり見得を切り給へ。大向ふをうならせ給へ。私たちは、幕の蔭でゆつくり煙草でも喫つてゐよう――もう、スヰッチはひねつてある。

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