第一場
静かな海を見下ろす小高い砂丘の上
日没前後
男と女とが、向うむきに、脚を投げ出して坐つてゐる。「なんでもない同志」の間隔が、それとなく保たれてゐなければならない。
やゝ長い間
男 あアあ。南京豆が食ひたくなつた。女 南京豆……? それより、あれ御覧なさい、靄がだんだんこつちへ来てよ。男 靄は毒ぢやないでせう。これやいかん、尻がつべたい。僕は何時の間にか砂を掘つてゐた。女 燈台に灯がつくまで、こゝにゐませうね。男 勿論僕だつて帰らうとは云ひません。今日はなんだか重大な日だ。胸騒ぎがします。女 あたしは、なんだか知らないけれど、喉がかわくの。(急に歌ひ出す)
波の底に
呼ぶ声あり
われあらずば
誰か応へん
男 (それを受けて、歌ふやうに呼ぶ真似をする)
オーイ
オーイ
やゝ長い間
女 (朗かに笑ふ)男 女の友達つていふものは、どうしてかう、妙に相手をはぐらかすのかなあ。女 それは、男の友達つていふものが、変にどこへでもついて来たがるからよ。男 それは僕に云ふことぢやないでせう。僕はあなたからきめられた時間以外、場所以外に、あなたに近づかうとしたことはありません。女 それは別としてよ。男 僕は一度だつて、あなたの触れない問題に触れたことがありますか。女 それはないやうね。男 それ御覧なさい。女 しかし、あなたも――あなたもよ――あなたも、絶えず人が何を考へてゐるかと探らうとしてゐらつしやるわね。男 それは、一寸意外な観察ですね。相手が何を考へてゐるかを知らうとしないで、一時でも人間と人間とが顔を突き合はしてをれますか。女 をれさうなものぢやない? いろいろな見栄を捨てゝしまひさへすれば……。男 そして、相手を不愉快にすることを恐れさへしなければね。女 へえ、あなたにも、さういふ心遣ひがおありになるのかしら? あなたは、一所懸命に、人を怒らさうとしてらつしやるんだと思つたら……。男 それに、どうしても怒れないところがあると見えますね。女 まあ、さういふことにして置きませう。(間)でもあなたは品子さんを、たうとう怒らしておしまひになつたぢやないの。男 あれは向うが悪いんです。僕に手を持つて泳がせてくれつて云ふから手を持つて泳がせてゐたんです。すると、いきなり、手の握り方が気に入らないつて云ふんです。そんなもんぢやないつて云ふんです。女 おやおや……。男 それで僕は、ぢや勝手になさいつて手を放したんです。すると……。女 もう沢山……、そんな話……。男 それで、多少水を飲んだらしいんです。これが絶交の原因です。女 もう少し寛大になつてもいゝのね、あなたは……。男 さういふことにですか。女 男と女とがお友達になるつていふのには、いくらかさういふことに興味がもてなくつちやね。男 さうか知ら……。僕はさうは思ひませんね。友達は友達、恋人は恋人、夫婦は夫婦、かうちやんと区別をつけてほしいな。女 つけなくつたつていゝぢやないの。それや、区別をつけたい人はつけたつていゝわ。例へば、あなたとあたしとは、友達以上のものになりたくないと思へば、ならずにすむわけだわ。男 もちろん、僕もさう心掛けてゐるのです。女 心掛なくつたつて大丈夫よ。あなた見たいな方は、恋人として熱がないし、夫としては落ち着きが足らず……。男 友人としてだけ尊敬ができるわけですね。あなたは流石に眼が高い。だからこそ、僕は安心して、あなたとだけは、かうして、向ひ合つてゐられるのです。恋愛なんていふものは、一方だけがしつかりしてゝもなんにもならない。そこへ行くと、大丈夫なのはあなただけではない。僕の方も大丈夫です。なぜなら、あなた見たいな女は、恋人としては気紛れで……女 妻としては我儘で……。ね、さうでせう。男 (笑ひながら)それに、友達としてのあなたは、実に申し分がない。淡泊で、敏感で、思ひやりがあるところ、少くとも、僕が今までつき合つた男、女を通じて、あなたほどの友人は一人もなかつた。このことだけは、僕も、お世辞でなく、あなたの前で云ひきることができます。女 真面目になるのはよしませう。男 真面目に聞いてゐるからいけないんです。女 あなたは、今日は、変よ。もう少し落ちついてものをおつしやいよ。お互に毎日、かうして話をし合つてゐるんだから、お互に、どういふところに興味をもち合つてゐるか、それがわからなくちや駄目……。男 …………。女 いゝのよ。そんな顔をなさらなくつたつて……。あたしは、あなたのどこが好きかつて云へば……さうぢやないの、あたしは、あなたから何を求めてるかつて云へば、あなたの、その……女を女とも思はない図々しさなの……。あら、ほんとよ……。勿論、多少の誇張はあるけれど、それは仕方がないわね。そこにあなたの宗教があるんだから……。男 …………?女 人によつては、それがわざとらしく思はれたり、却つて気障に見えたりするかもわからないけど、あたしは、さういふ男の友達が好きよ。(間)えゝ、まあ、好きつて云つてもいゝわ。男 話がそこまで来たなら、僕も云つてしまひませう。僕は、今迄、恋愛の過程でしかないやうな、さういふ友達づきあひほど、異性間の間柄を月並にするものはないと思つてゐました。それで、どうかして、自分も男であることを忘れ、対手も女であることを忘れて、しかも、お互に、異性からでなければ受けられないやうな……親しみ、と云つては悪いかな、まあ、一種の親しみですね、さういふものを感じ合ひ、それによつて、お互の生活を新鮮にして行きたいと思つてゐたのです。女 あたしは、異性の友達といふものに、それほど期待をかけてはゐないの。生活を新鮮にするのは、新しい恋愛だと思つてゐるんですからね。しかし、恋愛のできない男――かりにさういふ男があるとすれば――そして、さういふ男性を友達にしてゐるとすれば、それはそれでまた面白いと云ふ程度なの。しかし、あたしは、あなたを恋愛のできない男の一人だとは思つてゐませんわ。男 それは、まあ問題外さ。少し話がやゝこしくなつて来たなあ。女 (笑ふ)周章てないでもいゝわ。思つてゐることをおつしやいよ。あたしではそろそろお気に召さなくなつたんでせう。友達としても、やつぱり落第つていふわけね。それかと云つて……。男 そんなでもありませんよ。早く云へば、あなたは少し美し過ぎるんだ、友達としてはね。それは、つまり、僕にも弱味があるといふことになるんだが……一つ、此の辺で、あつさり手でも、握るかな。女 さあ、どうぞ(手を出す)握れるなら、握つて御覧なさい、どんなことになるか。男 (無器用に笑ふ)僕は冒険は嫌ひだ。女 さうでもないくせに……。あたしの見るところでは、あなたの生活が、もう一つの冒険だと思ふわ。男 あなたの生活はどうです。女 だからあたしは、冒険家を以つて任じてるんだわ。さうね。あなたは、用心をしながら冒険をするつていふところがあるわね。男 …………。女 独身で婆やを置いてらつしやるのなんかもそれよ。男 (笑ふ)なるほど、さうか、独身は冒険なんですね。女 あなたのお年ではね。男 結婚はなほ冒険でせう。女 一度で済むわ、その代り……。男 一度で済まなければ……。女 冒険でなくなるばかりよ。男 あつさりしてら。僕は兎に角、冒険はきらひです。独身が冒険だと云はれゝばしかたがないが、少くとも独身を利用することは慎しんでゐるのです。あなたのやうな自由な考へ方も面白いが、僕もこれで、なかなかしつかりした考へをもつてゐるつもりなんです。心を乱したり、生活を煩はしくしたりするやうな一切の誘惑は、頭から斥けよう、かう決心をしてゐるのです。あなたとかうしておつきあひをするやうになつたのだつて、僕の方から求めたわけぢやないんですからね。女 えゝ、それやあたしの方から品子さんにお願ひして紹介して頂いたんだわ。男 その品子さんといふのがまた、友人の妹といふだけで、別に……、女 なんでもないつておつしやるんでせう。そんなことはお断りにならなくつてもいゝわ。それで、あたしにどうしろつておつしやるの。また絶交しようつておつしやるの。男 それもいゝかも知れません。しかし、今のところ、それほどの理由もないやうです。僕は、こはいんですよ。実は……。女 あたしが?男 いゝえ、あなたといふ訳ぢやないが……。女 あたしとかうしてゐることが……?男 いゝえ、それより、僕自身の問題なんです。僕は、早晩、身動きができなくなるでせう。女 いゝぢやありませんか。男 そのうち、あなたに、どんな要求をし出すかわかりませんよ。女 いゝぢやありませんか。男 僕は、あなたなしには、生きて行けなくなるでせう。女 いゝぢやありませんか。男 (独言のやうに)いゝぢやありませんか……。(間)いゝぢやありませんか……。(間)ちつともよくはありませんよ。
長い沈黙
女 (だしぬけに)燈台に灯がついたわ。男 もう帰る時間でせう。女 さうね。ぼつぼつ……。(間)ぢやこれでお別れね。男 どうでせう、さうした方がいゝでせうか。女 さあ、あたしはどつちでも……。(間)処で、こんなことを真面目くさつて相談するなんて、随分あたしたちも馬鹿ね。めいめい、自分の好きなやうにしたらいゝぢやないの。あなたは帰るならお帰りなさい。あたしは、もうすこし、かうしてゐるの。男 お腹はすかないんですか。女 人のことなんか心配しないだつていゝわ。男 …………。女 なによ? あたしは、煮えきらない男は嫌ひよ……。男 煮えきるにも煮えきらないにも、別段、今、決心をしなけれやならん場合ぢやないでせう。女 (ふき出して)決心をしなけりやならん場合よ。男 さうですか。ぢや、決心をしませう。(起ち上らうとする)さよなら。女 (わざと横を向いて聞えないふりをしてゐる)男 さよなら、御機嫌よう。(起ち上る)女 (いきなり、男の手をつかまへて、そばへ引き据える)駄目!男 …………?女 駄目よ、行つちや……。男 さ、放して下さい。女 (男の眼を見据ゑ)あなたは、臆病なのね。男 (真面目くさつて)ゆるして下さい。女 (なんでもないやうに笑ふ)ゆるしてあげるから、もう一度こゝへお坐んなさい。男 (しかたがなしにすわる)女 (男の手を握つたまゝ、詰るやうに)どうして……?男 (面目なげに顔を伏せる)女 どうして逃げやうとなさるの、何がこはいの、誰にわるいの。(間)ねえ、それを聴かして……?男 (こゝで女の顔を見る)なかなかあなたも芝居がうまいや。(笑はうとするが、口の辺がこはばる)女 そんなことをおつしやるなら、もつと事務的にお話をしませう。ね、そんならいゝでせう。男 さういふ意味ぢやないんです。僕達二人のことについては、もうこれ以上いろんな問題に触れない方がいゝと思ふんです。さつきも云つたとほり、僕達は飽くまでも友達としておつき合ひをしたいと思つてゐるんです。あなたとならそれができると思つてゐたのです。僕は、今どんな異性とでも、友達以上の関係を結びたくないんです。その理由をお話するとながくなりますが、一口に云へば、恋愛つていふものに、まつたく興味を失つてゐるのです。いや、さういふと語弊がありますね。つまり、さういふ関係から必然的に生じる、いろんな繁雑さに、堪えられない気がするんです。女 つまり面倒臭いのね。男 億劫なんです。女 気味が悪いんぢやない。男 飽きあきしてるんですね。女 本当の味がわからずにね。どうしてお笑ひになるの。あたしがこんなことを云つては可笑しいか知ら……。あなたにだけ可笑しいのかも知れないわ。男 (とぼけて)僕だけに可笑しいことが、此の世の中に一つでもあれば、それはなんと得意ではないか。女 (お話をして聴かせるやうに)さうよ、あなたは、どんなに得意におなりになつてもいゝわ、あなたは、一人の女から、命をかけて愛されていらつしやるのよ。男 その愛を、僕は、命をかけて拒まうとしてゐるのです。女 とおつしやるのは口ばかりで、その愛がどんな愛かといふことを御覧になつたら、きつとその命とやらは、また懐へしまつておしまひになるでせう。男 (おどけて)いえ、いえ。女 いえいえなもんですか。さ、耳を澄まして、あたしの歌ふ唄を聴いていらつしやい。男 その前に、僕は一寸、飯を食つて来ます。女 いけません。歌がお嫌ひなら、お話にしませう。
あたしたちは、先づ決して誓ひといふものを立てません。
その代り、あたしたちは、誰もゐないところへ行つて、二人だけの愛の巣をつくります。
あたしたちは、夜が明けてから、日が暮れるまで、顔を合はせないやうにします。
あたしは、その間、なるだけ淋しさうな顔をしてゐます。あなたが、何時、なんどき、あたしのしてゐることを、見にゐらつしやるかわからないから……。さうして、あたしが独りで淋しさうな顔をしてゐることは、あなたにとつて、なにより幸せなことでせうから……。
男 そんなことはありません。女 そんなことはないんですつて……。それぢや、何時も、楽しさうな顔をしてゐませう。あなたの腕に抱かれてゐるときも、さうでないときも同じやうに晴れやかな顔をしてゐませう。あなたはどんなときでもあたしをお呼びになることができるの。しかし、あたしは、あなたのお許しがなければおそばに行かれないことにしませう。女は、それくらゐにしないと、自分を制することができないものですから……。男 …………。女 あたしたちは、どんな仕事をしませう……? あなたは、やつぱり童話をお書きになるのね。あたしは、あなたのお好きなことをしますわ。草花を作りませうか。鶏を飼ひませうか。男 鶏はよしませう。女 さう、ぢや、鶏はよしませう。お台所とお針だけにしませうか。それと、お洗濯……。男 婆やがゐるぢやありませんか。女 あの婆や、あたし、ゐない方がいゝわ。男 …………。女 それとも、あたしにさういふことをさせるのがおいやなら、小さな女中を一人置きませう。
十三から十五までの……無邪気な、よく云ふことを聴く……。あたし上手にし込みますわ。
おや、こんなことを云ふと、まるで、あなたの奥さんになるやうね。
そこで、今度は、二人が一緒にゐるときはどうするかつて云ふこと……。
長い沈黙
女 何をそんなに考へていらつしやるの。男 僕は非常にがつかりしたんです。さういふ夢を見てゐる時のあなたは、やつぱり平凡な女だといふことがわかつたからです。なるほど、あなたのやうな若い美しい女の口から、さういふ歌を唄つて聞かされるのは、それだけとして、悪い気持はしない。それどころか、僕は、年甲斐もなく、ほろりとさへしました。しかし、子守歌はやつぱり子守歌ですね。僕はもう、そんなことで、すやすやと寝つきはしませんよ。女 人間は誰でも、男でも女でも、真剣になると平凡よ。男 …………。女 あなただつて、今日は、いつものあなたぢやなくつてよ。さうお思ひにならない? でも、うれしいの。あなたを少しばかりしんみりさせたから……。男 …………。女 云ひたいことを云つてしまつたら、胸がせいせいしたわ。(間)でも、悪く思はないで頂戴……。男 僕はなんとも思つてやしません。(間)しかし、何処までが真面目でどこまでが戯談なんだか……。女 もちろん。これがお芝居だと云つて済まされないことはありませんわ。男 その方が、起ち上るのに都合がいゝでせう。さ、もとの二人になつて、何時もの通りに、さよならをしませう。女 (力なく、しかし、男の口調を真似て)よからう。(間)ところが、もう真暗だ。ホテルまで送つて来てくれ給へ。ついでに、晩飯を一緒に食はうぢやないか。(間)よかつたら、僕んところへ泊つて行くさ。部屋はいくらでもあいてる。男 ぢや、兎に角、送つて行つてあげませう。あの道は一人ぢや物騒だ。(起ち上る)女 なあに、こはいことはないさ。たゞ、道を迷ひさうなんだ。あの杉林の中は、昼間でも、うつかりしてると間誤つくからね。(起ち上る)あぶねえ。(と云つて、よろけながら、男の肩に腕を投げかける)駄目だよ。そんなに急いぢや……。(男を引き留める)どら、どんな顔をしてる。(男の顔をのぞき込む)ちつたあ、笑へよ。(と云ふなり、男の頬へ唇をあてる)男 なにするんです。(と云ひながら、驚いて女を突きのけ、逃げるやうに走り去る)女 (笑ひながら)戯談よ、今のは戯談……。何処へ行くの……。もうしないつてば……。本当にもうおしまひよ……。
長い沈黙
女 (突然声をあげて笑ふ。そして男の後を追ふ)