Chapter 1 of 5

一 緒言

奥羽地方には各地にシシ踊りと呼ばるる一種の民間舞踊がある。地方によって多少の相違はあるが、大体において獅子頭を頭につけた青年が、数人立ち交って古めかしい歌謡を歌いつつ、太鼓の音に和して勇壮なる舞踊を演ずるという点において一致している。したがって普通には獅子舞或いは越後獅子などの類で、獅子奮迅踴躍の状を表象したものとして解せられているが、奇態な事にはその旧仙台領地方に行わるるものが、その獅子頭に鹿の角を有し、他の地方のものにも、またそれぞれ短い二本の角が生えているのである。

楽舞用具の一種として獅子頭の我が国に伝わった事は、すでに奈良朝の頃からであった。降って鎌倉時代以後には、民間舞踊の一つとして獅子舞の各地に行われた事が少からず文献に見えている。そしてかの越後獅子の如きは、その名残りの地方的に発達保存されたものであろう。獅子頭は謂うまでもなくライオンを表わしたもので、本来角があってはならぬ筈である。勿論それが理想化し、霊獣化して、彫刻家の意匠により、ことさらにそれに角を附加するという事は考えられぬでもない。武蔵南多摩郡元八王子村なる諏訪神社の獅子頭は、古来龍頭と呼ばれて二本の長い角が斜めに生えているので有名である。しかしながら、仙台領において特にそれが鹿の角であるという事は、これを霊獣化したとだけでは解釈されない。けだしもと鹿供養の意味から起った一種の田楽的舞踊で、それがシシ踊りと呼ばるる事から遂に獅子頭とまで転訛するに至り、しかもなお原始の鹿角を保存して、今日に及んでいるものであろう。以下その然る所以を説明してみる。

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