四 支那法律の特色
唯明律と唐律と隨分形式も違ひ、内容も違ひますが、この二つを通じて一つの特色があります。それはただに唐明律ばかりではない、その外の、今日では殆ど傳はつて居らぬ支那の各時代の法律を通じて見ても、一貫した特色と云ふものがあります。一貫した精神といふものがあります。どんな點に於いて、支那の古代法律と云ふものは一貫した精神をもつて居り、今日の西洋の法律と比較して特色があつたかと云ふと、その第一は家族主義であるといふ點にあります。支那古來からの家族制度を維持せんが爲に、各法律の條項に於きまして非常に注意して居ります。どの法律でも家族制度を毀さないやうに、維持するやうにと云ふことを眼目として居ります。
その第二は道徳主義を發揮して居るといふ點であります。元來法律には法律主義の法律と、道徳主義の法律との二種があると思ひます。今日の日本などに行はれてる法律や、西洋などに行はれて居る法律は、法律それ自身を基として居る。所が支那の古代法律は、通じて道徳主義の法律であります。法律と云ふものは道徳の補助であるといふ主義を發揮したものであります。つまり道徳は第一で、法律は單に其の補助であるにすぎない、道徳が本で法律が末である――これは儒教でよく云ふことでありますが――と云ふ精神が唐律にも、明律にも現れて居るのであります。勿論時代に依つて多少相違はありませうが、根柢には必ずこの精神が發揮されて居ます。支那人とても無論、國を保つ以上は法律がなければならぬことを認めて居りますが、併しながら法律萬能ではいけない、法律は道徳の單なる補助であると云ふ考へであります。司馬遷の『史記』の酷吏列傳序に、「法令者治之具、而非二制レ治清レ濁之源一也」と述べて居つて、國を治めるには法律と云ふものは一つの道具として必要ではあるが、國家が亂れては、それを元に復へすには、法律では到底目的を達することが出來ない、濁れる所の源を清むる根本のものでない、濁れるものを清めるには道徳教育に俟たなければならぬと云ふ意味のことを主張して居ります。これ等の主張の精神は、法律は必要であるけれども、法律は第一ではない、法律萬能ではない、道徳の補助であるにすぎない、だから道徳と法律とが不幸にして一致しないやうな場合には、法律は法律としてさうあつても、それを差し措いて道徳主義に則るべしと云ふのが即ち支那法に於ける徳治主義であります。これは第二の特色であります。
それから第三の特色は差別主義といふことであります。今日の法律は平等主義でありますが、これが果して善いか惡いかは別問題としまして、支那の古代法律は差別主義を執つて居ります。それは支那では古來より「禮不レ下二庶人一。刑不レ上二大夫一」と云はれて居りまして、社會上の身分の有る人にして、もし不當の行爲があるならば、自ら制裁すべきものであつて、法律で制裁すべきものではない、丁度日本の武士には法律で制裁を加へず自殺せしめる、切腹せしめるといふ風があつたのと同じ考が行はれて居りました。この刑不レ上二大夫一と云ふのは周時代からの主義でありますが、此主義に依つて、社會上、特殊な位置に居る人には、成るべく實刑を科しない、たとへ科しても幾分輕くして、その代り自發的に自制せしむると云ふのでありまして、社會上の上流の位置に在る人には成るべく罰金刑にしてやるとか、又は幾分罪を輕くすると云ふやうな主義を執つて居ますが、唐律には殊にそれが多いのであります。それからこれも差別主義の結果起つた現象でありますが、同じ罪の中でも家族の内に於て處罪が違ふ、同じ毆打するにしても、お父さんが子供を叩けば無罪ですが、子供がお父さんを叩けば死罪であります。さう云ふ風に非常に差別がある、これは支那の古代法律を見ますと、吾々が今日の法律と比較して非常に奇異に感ぜられる特色であります。
かく三つの特色がありますが、一言以てこれを掩ふと、矢張り家族主義と云ふことに歸着するのであります。第一の家族主義は云ふまでもなく、第二の道徳主義と云ひましても、支那の道徳は家族主義を本にしたものであつて、儒教なども家族制度を度外視しては絶對に諒解出來ない。支那の道徳は孝悌が本ですから、道徳主義と云ふのは、つまりは間接に家族主義と云ふことになるのであります。それから差別主義といふのは、家族の内に差別を設けるのでありますから、これも半ばは家族主義であります。それで支那の法律の特色は三つ算へられますが、その中の一番の特色は家族主義であると云ふことであります。
支那の古代法律は何故斯くも家族主義に重きを置くのであるかと云ふと、支那では昔から家族制度と云ふものが非常に發達して、それが社會なり或は教育なり、政治なり、總てのものの基礎になつて居りますから、當然法律も家族主義と云ふことに歸屬しなければならぬのであります。故に次に支那の家族主義のことを少し述べることに致します。