木暮理太郎 · 일본어
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원문 (일본어)
陸地測量部で輯製二十万分一の地図を発行するようになったのは、『陸地測量部沿革誌』に拠れば明治十七年からで、これは伊能図を基礎とし、各府県調製の地図を参酌校訂して、全国の地図を作り、一般の便に供するのが目的であったという。私が此図のあることを知ったのは、明治二十三年に上野で開かれた内国博覧会であったと思う。それが大きく一枚に張り合されて出品してあったのを見て、斯くも詳細を極めた地図があるものかとすっかり感心し、欲しくて堪らず、漸く之を手に入れて、以後旅行の度毎に此図を携帯することを忘れなかった。 然るに詳細であると信じていた地図も、平地は兎に角一歩山に入ると一向役に立たぬのみか、迂闊に之を信用すると反てひどい目に遭うので非常に驚いた。針木峠がそうであった、阿房峠がそうであった。乗鞍はまだしも、御岳のように登山者の多い山にも登路が記入してない。或は無い方が寧ろ人を誤る虞がなくてよかったかも知れない。戸台から東駒へ登った際にも、途中で尾根を一つ踰えなければならぬと思っていたのが、尾根を登り詰めるとそこが頂上だったので、嬉しくもあり又狐にでも誑されたような感がないでもなかった。これは実測図でも
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木暮理太郎
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