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党生活者
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党生活者
小林多喜二
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Original Public Domain
Chapter 7 of 13

7

それを聞くと、伊藤は、

「ところが、この前プロレタリアの芝居にもなったことのある私達の女の同志は、ちゃんと向うに分っている自分の名前や本籍さえも云わないで、最後まで頑張り通して出てきたの。――シャヴァロフ以上よ!」

と云った。

彼女はそれを自分のことのようにいった。須山はそれで口惜しそうに顔をゴス/\掻いた。

そこで、私達は、「一平凡人として」敵の訊問に対しては一言も答えないということを、こゝの細胞会議の決議として実行することにした。更にこの決議は此処だけに止めず上層機関に報告し、それを党全体の決議とするように持って行くことにした。

その後にTに入ったレポによると、ヒゲは更にK署からO署にタライ廻しにされ、そこで三日間朝から夜まで打ッ続けに七八人掛りで拷問をされた。両手を後に縛ったまゝ刑事部屋の天井に吊し上げられ、下からその拷問係が竹刀で殴ぐりつけた。彼が気絶すると水を呑まし、それを何十度も繰りかえした。だが、彼は一言も云わなかった。

伊藤はそのレポを見ると、「まッ憎らしいわねえ!」と云った、彼女も二度ほど警察で、ズロースまで脱ぎとられて真ッ裸にされ、竹刀の先きでコヅキ廻わされたことがあったのだ。

これらの同志の英雄的闘争は、私達を引きしめた。私はどうしても明日までやってしまわなければならない仕事が眠いために出来なく、寝ようと思う、そんなときに中の人たちのことを考え、我慢し、ふん張った。中の人のことを考えたら、眠いこと位は何んでもないことだった。――今中の人はどうしているだろう、殴られているだろう、じゃこの仕事をやってのけよう。そんな風で、我々の日常の色々な生活が中の同志の生活とそのまゝに結びついていた。内と外とはちがっていても、それが支配階級に対する闘争であるという点では、少しの差異がなかったからである。

五

伊藤は臨時工のなかに八九人の仲間を作った。――倉田工業では六百人の臨時工を馘きるということが愈々確実になり、十円の手当も出しそうにないことが(共産党のビラが撒かれてから)誰の眼にもハッキリしてきた。その不安が我々の方針と一致して、親睦会めいた固りは考えたよりも容易く出来た。

女たちは工場の帰りには腹がペコ/\だった。伊藤や辻や佐々木たちは(辻や佐々木は仲間のうちでも一番素質がよかった)皆を誘って「しるこ屋」や「そばや」によった。一日の立ちずくめの仕事でクタ/\になっているみんなは甘いものばかりを食った。そして始めて機械のゴー音が無くなったので、大声で、たった一度に一日中のことをみんなしゃべってしまおうとした。

伊藤たちは次のようにやっていた。伊藤はみんなのなかでも、「あれ」ということになっていた。それで、しるこ屋などで伊藤は「それらしいこと」を話しても別に不自然でなかった。辻と佐々木は「サクラ」をやった。みんなと一緒になり、ワザと色々な、時には反動的なことを伊藤に持ち出して、そういうことについて話のキッカケを作らせた。それは始めのうちはお互いの調子がうまくとれないで、どまつき、同じところをグル/\めぐりをしたりした。或るときなどはグルになっている化けの皮が剥げそうになって、ヒヤ/\した。そんな時は、終ってしるこ屋の外に出ると、三人とも自分がぐッしょり汗をかいているのに気付いた。が、一回、二回、と眼に見えて巧妙になって行った。サクラになるものが上手だと少しの考えもなく、たゞ友達位のつもりで付いて来た女工をもうま/\と引きつけることが出来た。だからサクラになるものは、意識の低い、普通の女工が知らずに抱いているような考えや偏見などをハッキリ知っていなければならなかった。

女工たちは集まると、話すことは誰と誰が変だとか、誰と誰がくッついたとか、くッつかぬとか、そんなことばかりだった。伊藤が連絡のとき、こんなことを私に話したことがある。――マスクにいる吉村という本工からキヌちゃんというパラシュートの女工に、「何処か静かなところで、ゆっくりお話しましょう」というラヴ・レターが来たというので、皆が工場を出るなり、キャッ/\と話している。そばやに行ってからも、そればかりが話題になった。キヌちゃんはその手紙を貰ってから、急にお白粉が濃くなったとか、円鏡に紐をつけて帯の前に吊し、仕事をしながら終始覗きこんでいるとか、際限がない。ところが、仲間でも少し利口なシゲという女が、こんなことを云った。キヌちゃんがシミ/″\とシゲちゃんにこぼしたというのだ――静かなところで、ゆっくりお話したいと云うけれども、工場の中はこんなにガン/\しているし、夜業して帰ると九時十時になってクタ/\に疲れているし、それにあの人は七時頃帰えるので一緒になることが出来ないって。誰か「可哀相にね」と云った。するとサクラの佐々木が、「これじア私たち恋を囁やくことも出来ないのねえ!」と云った。皆は「そうだ」とか、「本当ねえ!」とか云い始めた。

「恋を囁やくためにだって、第一こんなに長い時間働かせられたら、たまったもんでないし、それにたまにあの人と二人で活動写真位は見たいもの、ねえ――」

みんなが笑って、「本当よ!」と云った。

「それにはこんな日給じゃ仕様がないわ!」

「そう。少し時間を減らして、日給を増してもらわなかったら、恋も囁やけないと来ている!」

「実際、会社はひどいよ!」

「私んとこのオヤジね、あいつ今日こんなことを怒鳴ったの、今はどんな時だか知っているか、戦争だぞ、お前等も兵隊の一部だと思って身を粉にして働かなけアならないんだ。もう少し戦争がひどくなれば、兵隊さんと同じ位の日給でドシ/\働いてもらわなくてはならないんだ。それが国のためだって。――ハゲッちョそんなことを云ってたよ!」

これには伊藤も吃驚してしまった。「恋を囁やく」話が伊藤さえもがそれと気付かぬうちに、会社の待遇の問題に入って行っているのだ。このところサクラまであっけにとられた形だった。話はそれから少しの無理押しつけというところもなく、会社の仕打ちに対する攻撃になった。

私はその話を伊藤から聞き、本当だと思った。戦争が始まってから労働強化は何処でもヒドクなっているのだが、同一の労働(或いは同一以上の労働)をしているにも拘らず、女工に対する搾取は急激に強まっている。今では全く「恋を囁やく」ということさえも、その経済上の解決なくしては不可能になっている。それを皆はそういう言葉としてではなしに感じているのだ。

伊藤は最近この連中を誘って、何か面白い芝居を見に行くことになっていた。伊藤や辻や佐々木は、皆が浅草のレヴューか片岡千恵蔵にしようと考えているので、それを「左翼劇場」にするためにサクラでアジることになっている。

私は伊藤の報告のあとでそのグループに男工をも入れること、それは須山と連絡をとってやればそんなに困難なことではなく、一人でも男工が入るようになれば又皆の意気込がちがうこと、もう一つの点はそのグループを臨時工ばかりにしないで本工を入れるようにすること、このことが最も大切なことだ、と自分の考えを云い、彼女も同意した。

それから私達は六百人の首切にそなえるために、今迄入れていたどっちかと云えば工新式のビラをやめて、ビラと工場新聞を分けて独立さすことにした。

須山に工新の題を考えて置けと云ったら、彼は「恋のパラシュート」としてはどうだ、と鼻を動かした。

工新は「マスク」という名で出すことになった。私は今工場に出ていないので、Sからその編輯を引き受けて、私の手元に伊藤、須山の報告を集め、それをもとにして原稿を書き、プリンターの方へ廻わした。プリンター付きのレポから朝早く伊藤が受取ることになっていた。私は須山、伊藤とは毎日のように連絡をとり、工新の影響を調らべ、その教訓を直ぐ「マスク」の次の編輯に反映さした。

伊藤や須山の報告をきいていると、会社の方も刻々と対策を練っていることが分った。今では十円の手当のことや、首切りのことについては不気味なほど何も云わなくなっていた。それは明かに、何か第二段の策に出ているのだ。勿論それは十円の手当を出さないことや、首切りをウマ/\とやってのけようとするための策略であることは分る。がその策略が実際にどのようなものであるかゞハッキリ分り、それを皆の前にさらけ出すのでなかったら、駄目だ。相も変らず今迄通りのことを繰りかえしているのならば、皆は我々の前から離れて行く。我々の戦術は向うのブルジョワジーのジグザッグな戦術に適確に適応して行かなければならない。私たちの今迄の失敗をみると、最初のうちは何時でも我々は敵をおびやかしている。ところが、敵が我々の一応の遣り方をつかむと、それの裏を行く。ところが我々は敵が一体どういう風にやろうとしているのかという点を見ようともせずに、一本槍で同じようにやって行く。そこで敵は得たりと、最後のどたん場で我々を打ちやるのだ。

さすがに伊藤はそれに気付いて「どうも此の頃変だ」と云う。然しそれが何処にあるのか判らない。

次の日須山は小さい紙片を持ってきた。

掲示

皆さんの勤勉精励によって、会社の仕事が非常に順調に運んでいることを皆さんと共に喜びたいと思います。皆さんもご承知のことゝ思いますが、戦争というものは決して兵隊さんだけでは出来るものではありません。若しも皆さんがマスクやパラシュートや飛行船の側を作る仕事を一生懸命にやらなかったら、決して我が国は勝つことは出来ないのであります。でありますから或いは仕事に少しのつらいことがあるとしても、我々も又戦争で敵の弾を浴びながら闘っている兵隊さんと同じ気持と覚悟をもってやっていたゞき度いと思うのです。

一言みなさんの覚悟をうながして置く次第であります。

工場長

「我々の仕事は第二の段階に入った!」

と須山が云った。

工場では、六百人を最初の約束通りに仕事に一定の区切りが来たら、やめて貰うことになっていたが、今度方針を変えて、成績の優秀なものと認めたものを二百人ほど本工に繰り入れることになったから、各自一生懸命仕事をして欲しいと云うのだった。そしてその噂さを工場中に撒きちらし始めた。

私と須山は、うなった。明らかにその「噂さ」は、首切りの瞬間まで反抗の組織化されることを妨害するためだった。そして他方では「掲示」を利用し、本工に編成するかも知れないというエサで一生懸命働かせ、モット搾ろうという魂胆だったのである。

須山はその本質をバク露するために、掲示を写してきたのだった。これで私たちは会社の第二段の戦術が分った。

私と須山と伊藤は毎日連絡をとった。が、連絡だけでは精密な対策が立たないので、一週に一度の予定で三人一緒に「エンコ」(坐ること)することになっていた、その家の世話は伊藤がやった。須山と伊藤は存在が合法的なのでよかったが、私が一定の場所に二時間も三時間も坐り込んでいることは可なり危険なので、細心の注意が必要だった。私は伊藤と街頭連絡で場所をきゝ、その周囲の様子をも調らべてみて安全だと分ると、彼女と須山に先に行ってもらって、私は別な道を選んで其処へ出掛けることにしていた。私はそこへ行っても直ぐ入らずにある一定の場所を見る。その家に異常がないと、その場所に伊藤が「記号」をつけて置くことになっていたからである。

昼のうちむれていたアスファルトから生温かい風が吹いている或る晩、私は須山と伊藤に渡す「ハタ」(機関紙)とパンフレットを持って家を出た。その夜はエンコすることになっていた。途中まで来ると、街角に巡査が二人立っていた。それからもう一つの角にくると、其処には三人立っている。これはいけないと思った。ものを持っているので、今日の会合をどうしようかと思った。そう思いながら、まだ決まらず歩いていると、交番のところにも巡査が二三人立っていて、驚いたことには顎紐をかけている。途中から引ッ返えすことはまずかったが、仕方なかった。私は一寸歩き澱んだ。すると、交番の一人がこっちを見たらしい、そして私の方へ歩いて来るような気配を見せた。――私は突嗟に、少しウロ/\した様子をし、それから帽子に手をやって、「S町にはこっちでしょうか――それとも……」

Chapter 7 of 13
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