三
古今集、後撰集、拾遺集、金葉集、詞花集にはサビシの用例は少く、後拾遺集には六七首あるが、先づ概して少い方である。
〔古今集〕
河原のおほいまうち君の身まかりての秋、かの家のほとりをまかりけるに、紅葉の色まだ深くもならざりけるを見てかの家によみていれたりける
打ちつけに寂しくもあるか紅葉も主なき宿は色なかりけり (近院の右のおほいまうち君)
〔後撰集〕
独侍りける頃人の許よりいかにぞととぶらひて侍りければ朝顔の花につけて遣はしける
夕暮の寂しきものは朝顔の花をたのめる宿にぞありける (読人不知)
〔拾遺集〕
河原院にて荒れたる宿に秋来るといふこころを人々よみ侍りけるに
八重葎しげれる宿の寂しきに人こそ見えね秋は来にけり (恵慶法師)
夏柞の紅葉のちり残りたりけるにつけて女五のみこのもとに
時ならで柞の紅葉散りにけりいかにこのもと寂しかるらむ (天暦御製)
〔後拾遺集〕
広沢の月を見てよめる
すむ人もなき山ざとの秋の夜は月の光もさびしかりけり (藤原範永朝臣)
○
花見にと人は山べに入りはてて春は都ぞさびしかりける (道命法師)
右兵衛督俊実子におくれて歎き侍りける頃とぶらひにつかはしける
いかばかり寂しかるらむ木枯の吹きにし宿の秋の夕ぐれ (右大臣北方)
親なくなりて山寺に侍りける人のもとにつかはしける
山里の柞の紅葉散りにけり木の本いかにさびしかるらむ (読人しらず)
題しらず
寂しさに煙をだにも断たじとて柴をりくぶる冬の山ざと (和泉式部)
月夜中納言定頼が許に遣はしける
板ま荒みあれたる宿の寂しきは心にもあらぬ月を見る哉 (弾正尹清仁親王)
良暹法師の許につかはしける
おもひやる心さへこそ寂しけれ大原山のあきのゆふぐれ (藤原国房)
〔金葉集〕
○
道もなくつもれる雪に跡たえて古里いかに寂しかるらむ (皇后宮肥後)
〔詞花集〕
山家月をよめる
さびしさに家出しぬべき山里を今宵の月に思ひとまりぬ (源道済)
以上の歌を読むに、大体自然の風光とか、草木とかの有様について、『さびし』の語を使つてゐるが、その背景には、人の死んだこととか、孤独でゐることとか、さういふ人間的な要素が未だ残つてゐる。併しさういふ人間的、肉体的な要素が追々と奥の方に隠れ、辛うじて歌の詞書に拠つて知ることが出来るほどである。而して表面に立つものは自然の風光で、『木枯の吹きにし宿の秋の夕ぐれ』とか、『大原山の秋のゆふぐれ』とかいふやうになり、此等の歌集につづく千載集、新古今集などの『さびし』に移行してゐるのである。
前言した如く、此等の例には、『身まかり』とか、『独侍りける』とか、『子におくれて』とか、『親なくなりて』とかいふ、人間的な要素の籠つてゐる部分と、『荒れたる宿に秋来る』とか、『柞の紅葉ちり残りたる』とか、『山家月をよめる』とかいふ、天然風光の部分と、相交錯してゐることに注意し得る。『誰々のもとに遣はしける』といふのでも、相手となるべき人間のゐないことを示してゐるので、万葉集の場合ならば、多く恋人と一しよにゐないことを示してゐるので、それの一種のモデイフイカチヨンと看做すことが出来る。また、『煙をだにも断たじとて』とか、『柞の紅葉散りにけり』といふやうな心は、あるべきものの無い、空虚に本づく一種の消極的感情で、やはり万葉時代のサブシのモデイフイカチヨンと看做し得るのである。
即ち、サブシ・サビシの用語は大体の伝統を追尋することが出来るが、時代のおもかげと共に幾分づつの変化を来してゐることを見得るのである。