先帝御入水
これらの現象を一転機として、次第に平家の旗色が悪くなってきた。今まで、源平双方の様子を眺めて、迷い抜いていた阿波民部重能は、いよいよ決意を固めて、源氏に寝返りをうった。彼は、平家が西国へ下って以来、三年間、陰になり日向になりして、平家に忠勤を尽してきたのだが、息子の田内左衛門尉、生捕りの知らせが、この老武者の去就に拍車をかけたのであった。「重能裏切り」の知らせに、地団駄踏んで口惜しがったのは知盛である。
「何たる不覚、先程、斬り捨てておけばよかった」
といくら後悔しても後の祭であった。重能の内通は、平家の作戦計画が源氏に筒抜けの結果となった。すなわち、名ある侍武者、諸将を兵船に乗せ、雑兵を唐船に乗せていたので、源氏方は、雑兵の乗る唐船目がけて、一斉に矢を射かけていたのが、重能の内通ですっかり、からくりがわかり、今度は唐船には目もくれず、兵船目がけて打ちかかるのであった。源氏の勢強しと見た四国九州からの平家の援軍も、先刻までの主を捨て、我もわれもと源氏につく者が出てきた。今まで命令に服していた主人に向って弓を引く者、太刀を振う者と、まさに戦は乱戦の様子を見せ、源平の戦も、今日が最後と思われた。
源氏の兵たちは、平家の船に乗り移り、水主梶取を射殺し、斬殺して、散々に暴れ廻った。味方の敗色濃しとみた新中納言知盛は、急いで御所の御座船にとんだ。
「最後の時が来たようでございます。見苦しい物を船中に残さぬように、みんな海にお捨てなされ」
知盛はそういうと、自ら、船の中を走り廻って掃いたり、拭いたりして、船中を浄めて廻った。
女房どもが、知盛の姿に、
「中納言殿、戦の様子は、いかがでございますか?」
と尋ねると、知盛は、からから笑いながら、
「もうじき、珍しい東男がご覧になれます」
といったので、女房たちは、
「この時にそんなご冗談などをおっしゃるとは」
と、てんでに顔色を変えて、騒ぎ立てた。
二位殿は、日頃から覚悟の事とて、少しも乱れる色もなく、鈍色の二衣に、練袴をそば高くはさみ、神璽を脇に、宝剣を腰にさし、主上をお抱きして舟ばたまで、静かに歩み出された。
「女の身だからとて、敵の手にかかりとうない、主上の御供いたすつもり、同じ志の者は、私の後よりお続きなさい」
というと、二位の手に抱かれていられた主上は、つぶらな目を見開いて不思議そうにあたりを見廻すのであった。
「のう、尼前、一体、何処へ連れてゆくのじゃ」
主上は今年八歳、年よりはずっと大人びていられたが、やはり血筋は争われず、あふれる気品は、あたりが輝くばかりで、黒い髪は背中のあたりにゆらゆらとゆれていた。
二位は、主上のあどけない言葉に涙をこらえながら、
「貴方様は、まだお小さくて、よくおわかりにならないかも知れませぬが、万乗の主としてお生れなされたご運も、悪縁にひかれて、ついにお尽きになったのでございます、先ず、東に向き、伊勢大神宮にお暇遊ばしませ、その後、西に向いて西方極楽浄土のご来仰をお祈り遊ばしませ、このあたりは、粟散辺地といって、厭なところでございますが、これから、極楽浄土と申す有難いところへお連れ申しましょう」
二位の言葉にうなずかれた主上は、小さく可愛らしい手をそっと合わされて、二位のいう通り、東、伊勢大神宮に向い、つぎに西に手を合わせてお祈りなされるところを、二位殿が、
「波の下にも都がございますよ、さあ参りましょう」
と、お慰めしながら、身をひるがえして海に沈んだ。
心ない春の風は、一瞬の間に花のお姿を散らし、西海の荒波は、小さい玉体を沈め奉ったのであった。
まだ十歳にもならないうちに、かように海のもくずとなられたことは、かえすがえすもお気の毒なことであった。大梵天王の宮殿にも似た内裏で、多くの大臣公卿に取り囲まれ、何不自由ない生活を送られる身であるのに、何の運命のいたずらか、波に漂う舟の上から、波の下へと消えてゆかれたこの帝王の宿命ほど痛わしいものはない。