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いたずら小僧日記
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いたずら小僧日記
佐々木邦
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 9 of 13

9

「嘘を仰有い。小使さんが何故来ないかって聞きに来ましたよ」

乃公は仕方がないから黙っていた。

「真正に仕様ない子だね」

真正に仕様ない子だねと言われれば其れでいいんだ。大人というものは此十八番を言いたがって、種々と罪を数え立てるもんだ。すべて小言は「真正に仕様ない子だね」に到着する道筋と見たら大きな間違はなかろう。

晩は賑なものだった。お歌さんが淋しがって大勢お友達を招んだんだ。乃公は言い聞かされていたから始終音なしくしていたが、一寸足を出したらお島が躓いて、盆と茶碗を投り出した。彼んな軽率しい女を置くと、何んなに損だか知れやしない。

夜の二時頃に大変な騒動が起った。盗賊が入ったといって、お歌さんが喚いた。乃公もお春さんも続いて下へ降りた。お島は隣の家へ馳付けた。

「ピストルを持っているから、うっかり上ると危いですよ」

と料理人が言った。

「なあに大丈夫です。最早巡査が来ますから」

と隣家の書生が木刀を握って武者慄いをした。お歌さんは乃公の手を捉えている。捉えているのか捉っているのか分らない。

「何処の室です。あなたの室ですか」

「いいえ、お歌さんのお室よ」

「私の寝台の下にいましたわ」

すると忠公が巡査をつれて来た。巡査は書生と料理人を連れて二階へ上った。

此れから先は書くも馬鹿馬鹿しい。巡査はお父さんの長靴を提げ、書生はお父さんの古外套を持って下りて来た。忠公が余り笑ったものだから、皆が又乃公の悪戯に決めてしまった。

「此子を連れて行って被下、毎日斯ういう悪戯をして仕様が厶いません」

なんて、お歌さんが巡査に頼んだ。お春さんと料理人は頻りに巡査に謝った。乃公は真正に気の毒でならなかった。ところへ、

「水野君大分待ったぜ、如何したんだ」

と、もう一人巡査が入って来た時には乃公は真正に悪い事をしたと思った。忠公は笑ってばかりいやがって、いかん奴だ。

それで姉さん達は今日お父さんに電報を打った。到底一週間なんてお留守番はしきれない。此上何をするか知れないから、直ぐ帰るようにと言ってやったんだ。とうとう馬は駄目になってしまった。何を約束したって、未だ貰った経験がない。何故乃公はこんなに運が悪いのだろう。

十日ばかり前の事であった。忠公が南京鼠を呉れる約束をして置いてなかなか持って来ないから催促してやった。すると忠公は未だ子が生れないからやれない。その代りに他の物なら何でも上げると言訳した。乃公は南京鼠なら欲しいが、他の物は貰いたくない。

「それじゃ乃公のいう事を何でもするか。何でもすれば勘弁してやる」

「何でもする。するけれど何時か見たいに汽車の線路へ油を塗くのは可厭だな」

「なあに其んな事じゃない。訳もない事だ」

乃公の家から十町ばかり行くと、天岳寺というお寺がある。此寺内に義士の墓がある。その墓の入口には『ぎしはか』という大きな看板が出ている。赤地に白で書いたもんだ。乃公は以前から此の『ぎしはか』のはの字に濁点を打ちたいと思っていた。それで早速此仕事を忠公に命い付けた。

「白墨でもいいかい」

「白墨じゃ直ぐ消えてしまう。ペンキでなくちゃ」

「ペンキなんか無いじゃないか」

「ペンキは学校にある。此間から塀を塗り替えているから少し持って来ればいい」

「筆がない」

此野郎仕事が厭なもんで、何んでも無い無いと言う。

「筆は乃公が持っている。お父さんの大きいのがある」

彼の門には番人がある。それに毎日参詣人が多い。忠公は屹度捕るだろうと思っていたら、夕方になって成功して帰って来た。乃公は此れには少し驚いた。

今日の新聞に此んな事が出ていた。

「一週間ばかり前に天岳寺の境内を通抜けたら、義士の墓の門札が、何人の悪戯か『ぎしばか』としてあった。其時は笑って過ぎたが、今日通ったら、門札は依然『ぎしばか』でいる。都の名寺を預っている当局者は此れでは余り無責任ではなかろうか。(世話焼生)」

無責任て一体何の事だろう。彼はペンキだからなかなか取れやしない。新聞というものは当局者という字と無責任という字を無暗と一緒に使いたがるものだ。丁度牛肉に葱、柳に蹴鞠、ヤソにお太福、森川さんにお春さんというように、当局者と無責任を離しても離れないものと心得てるのだろう。無責任な奴だ。

此頃はお父さんが大変心配している。毎日夕方になると小い新聞の来るのを待ち焦れて、其を見ては又下ったと言う。何でも金棒が下ったのだそうだ。金棒って何かと聞いたら、お島は株の事だといった。そんなら株って何だと聞いたら、お島にも分らなかった。お島は知ったか振りをする女だけれど実際は何にも知らないんだ。此間も太陽は地球よりも大きいなんて乃公と議論をした。お歌さんまで先方の加勢をしたから乃公は腹を立てて、竟には喧嘩になってしまった。するとお春さんが太郎さんが泣くといけないから、地球が大きいにして置きなさいと言った。若しお春さんが彼様言わなかろうものなら、人間は死んでしまわなければならない。太陽よりも小い地球に此んなに大勢生きていられるものか。

それは兎に角、お父さんは此頃は忙しいから、乃公の事なんか構っていられない。それで乃公は真に安心している。書軸に悪戯書しても、雑誌の絵を切抜いても、知らん顔をしている。尚お金棒でも株でもどしどし下ればいいと思う。

それにお春さんは着物の支度が忙しいので滅多に出て来ない。唯お歌さんだけが厄介者だ。何を壊してもお母さんに言付ければ直ると思っている。馬鹿で仕方がない。

森川さんの家へお春さんの御用で行った。幾度往っても森川さんは乃公に何も触らせない。危い薬があるから手をつけてはいけないと言う。けれども聴診器だけは貸して貰って書生を診察してやった。彼の書生の胸はごうごういっている。妙な奴だ。その中に急病人が出来たというので、森川さんは書生を連れて出て行った。僕が帰るまで此椅子に坐って凝っとしているんだよと言ったから、乃公は其通りにしていた。終には首が取れやしないかと思う程欠伸が出た。

やっと帰って来たなと思ったら、左様じゃなかった。何処かの女中がお薬を戴きに上ったんだ。乃公は何の薬が宜いか知らないが、赤い奴が減法に綺麗だったから、その赤いのを注いでやった。

すばらしい皮の箱があったから、大方宝石だろうと思って開けて見たら、大きな医刀だった。光芒電閃春尚お寒く光っている。さぞ能く切れるだろう。何か切って見よう。桜の木を切ったって嘘さえ吐かなければ宜いんだ。

ところへ又何人かやって来た。能く人の来る家だ。今度は十歳ばかりの女の子が手に刺を通して抜いて貰いに来たんだ。今に先生が帰るからお待ちなさいと言ったけれど、痛がってばかりいるから、乃公も見るに見兼ねて療治にかかった。

一寸医刀の端が尖ると身体を動かす。動かないようにと言っても、子供だから聞分けがない。動くと切りますよって驚かしたら、泣き出して尚お動いた。早く家へ帰ってお母さんに繃帯して貰いなさいと言っている所へ先生が帰って来た。乃公は困っていた所だったから早速森川さんに引渡した。

森川さんは怖い顔をした。その他に何人か来たかと聞くからお薬取りが来たと答えた。どんな人だったと言うから此んな人だったと言った。瓶は何処にあると言ったって、持って帰ったから有りゃしない。それじゃ何の薬をやったかと言うから彼の赤い奴だと答えた。「それは大変だ。間宮、お前早く行って来てくれ」書生は火事でも始った様に飛んで行った。

お花さんが遊びに来た。家へ二晩泊って帰るんだそうだ。若し乃公が音なしければ、一緒に連れて行って呉れる約束だ。お春は可厭な奴だ。お花さんが、

「太郎さんは最早音なしくなったろうね。それとも相変らずかね」

と言ったら、お春は、

「ええ、音なしくなりましたとも、音なしくて音なしくて困る位ですよ」

と妙に節を付けて言やがった。

一体皆が乃公の事を悪い悪いという理由が分らない。何人だって過失をする。私共は神様じゃないから過失の無い訳には行きませんて牧師さえ言っている。例えばお父さんの杖を折ったのは過失である。その過失を直す為めに蝙蝠傘の柄を切ったばかりである。けれども巧く継げなかった。

学校の帰りがけに森川さんの方へ廻った。午後は大概不在だろうと思って行ったら、果して留守だった。どうせ書生はいるだろうと思っていたが、此奴もいない。下女は頻りと洗濯をしていた。乃公は早速薬室へ通った。

絛虫は何れ位長いものかと思って、瓶の中から出して見た。三上山の百足じゃないが、全く長いものだ。室を一周回取巻いても未だ余ってる。絨毯が台なしになった。

骸骨を下そうとしたが、なかなか出ないで困っている所へ何処かの小僧がやって来た。歯が痛いって泣き顔をしている。直ぐ直してやるから少し手伝えと言って、二人がかりで骸骨を診察室の真中へ持ち出した。そして歯は何時から痛いかと聞いたら、昨日からだと言う。乃公はコロロホルムを取って来て、此瓶を嗅いで見ろと言った。奴さん一生懸命に嗅いでいる。少しハンケチへ附けて行けと言っても返事をしない。もう虫歯が直ったのだろう。安心して椅子の上で寝ている。余りコロロホルムの臭がして可厭な心持だから、乃公は帰って来た。

夜になってから森川さんが怒って来た。病家廻りをして帰って見ると小僧と下女が倒れていたそうだ。下女の方は骸骨を見て気を失ったのだそうだ。左様だろう、棚にある可き筈の骸骨が室の真中で椅子に坐っていれば何人だって吃驚すらあ。

営業上の妨害になるから最早決して乃公を寄越してくれるなと断って行った。お春さんが止めても怒っているから承知しない。ぷりぷりして帰って行った。森川さんは短気な人だ。

乃公は無論皆に叱られた。お花さんは到底も乃公を連れて行ってくれまい。

森川さんはお春さんとの婚約を取消した。姉さんは最早御婚礼の支度を大概済ましているから、今更此んな事になっては大変に損である。此れから新に結婚の相手を捜し出すまでには或は着物も帽子も流行に後れてしまうかも知れない。乃公は黙っちゃいられない。殊に乃公が此事件の原因になっていて見ると、斯う雲煙過眼としてはいられない。

事の起因は唯猫一疋である。猫一疋の事で結婚しない前から離縁するなんて法はあるまい。何人が何と言っても森川さんが悪いに極っている。

忠公と二人で森川さんの電気の機械を弄った。乃公は何んとも無かったが、忠公は電流とかに触れて気絶した。すると森川さんは医師の家で人が左様度々気絶しては商売に係ると言って怒った。丁度乃公が森川さんの職業の邪魔をするという態度だ。乃公は些とも悪くない。悪いのはエジソンだ。何人も頼みもしないのに此んな危い機械なんか発明したもんだから、忠公は三日も床の中で苦しがった。それを恰も乃公の罪科のように言うのは聊かお門違いである。

森川さんの薬室には鼠が出て困る。現に書生の間宮が何か鼠退治の法はないかと言って、乃公の御高見を仰いだくらいである。目に見られぬバクテリヤを征伐する癖に、彼んな大きい鼠の仕末が出来ないとは余程矛盾な野郎だ。

乃公は忠公の家の三毛を借りて森川さんの許へ行った。此猫は雌で鼻黒だから鼠を捕るのが上手だ。此の間なんか近所の鶏さえ取った。最早薬室へは入らない約束だから、乃公は猫を抱えて窓の所に立っていた。内には何人もいないが鼠もいない。それで乃公は三十分ばかりも待っていた。すると鼠が一疋見えたから、窓を明けて猫を入れてやった。

鼠が棚へ上ったものだから、猫も棚へ飛上って薬瓶を転覆した。薬室は散々になったけれども、薬室よりも散々な目に遇ったのは猫である。硫酸を浴びたものだから、苦しがって鳴きながら室中跳ね廻った。此物音に驚いて、森川さんは薬室の戸を明けた。猫は森川さんの顔に飛付いた。

翌朝森川さんはお父さんに会いに来た。顔は硫酸で火傷したので、三つ四つ膏薬を貼ってある。鼻は二倍程大きく脹れ上っている。お春さんは笑い出した。無論乃公も笑った。けれども姉さんは転げるくらい笑った。森川さんは些とも笑わない。顔が突張って笑えないんだろう。何かお父さんと談話をしてぷりぷりして帰って行った。

Chapter 9 of 13
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