四
翌日礼助は起きるなりすぐ髪床へ行き湯に入つて、手拭を番台に預けると、懐手をしてぶらりと近所を散歩した。髪床と銭湯と散歩とで二時間半、かれこれ三時間近くも費やして帰つて来ると、時子が待ち構へてゐて、
「大丸まで一寸買物に行きますが、一緒にどう? 実さんも行きますの、女の買物なんか辛気臭さうてお厭やらうが、おつき合ひなさいな。」と例の東京でも京都でもない言葉で云つた。礼助は、
「行きますかね。別に用事もなし。」と答へた。
彼等は昨日の如く三人連れで出かけた。途途時子は京都といふところは近所のうるさい処だと云つた。実枝が時時日本髪に結ふとそれさへ町内の問題になると告げた。これには礼助も驚かされて、
「何てんです、それは?」と訊ねた。
「いいえね、お実枝はんは近頃日本髪に結うて髪慣らしをしてはるのと違ひますかなんてね、実さんところの女中に訊ねたりするのですよ。よく聞いてみるとね、高島田にでも結ふ準備ぢやないかといふのですよ。お嫁に行く下ごしらへぢやないかといふ訳なのですよ。全くうつかりしてゐられないところ――」
「へえ。」
礼助は呆れた顔をしてみせると同時に、世間でも実枝が何時まで若き寡婦で通すのかと興味を持つてゐるのだなと思つた。
「そら此の人でもね。」と時子は実枝を顧みながら云つた。「何時どうなるか分りはしませんけれど、そんな事こつちの勝手でしよ? それを何も世間中で気をつけて見てゐないでもいいやろと思ひますの。この人でもあないされては意地が出んものでもありますまい?」
意地が出るといふのは寡婦を通さうとする意地が出ることを意味するやうであつた。礼助は、
「意地なんてこと、それは別ですがね。とにかく、さう世間の狭い土地ぢや一寸困りますね。何となく、何をするにもぎこちないでせうからな。」
「ほんまに。」
「ぎこちないと自分で感じちや、行蔵が自然を欠きますからな。つい心にもない事をしたりする。」
「ほんまに。」
大丸へ入ると彼女達は寄せ裂のところへ第一に行つて時間のかかる選択を開始した。礼助がぼんやり彼女達について裂の間を泳いでゐると、それに不図気のついた時子は、
「食堂へ行つて待つていらつしやい。こんなとこ退屈でしよ?」と笑つた。
礼助は食堂で待つ事にした。珈琲を三杯ほど飲み干した頃、時子と実枝の顔が重なつて食堂の入口に現れた。礼助は食堂にもう何の用もなかつた。用がないのみならず、既に飽いてゐた。で彼女達の姿をみると、
「何か食べます? 飲みます?」と訊ねた。
彼女達も食堂に別段用のある様子でもなかつた。彼女達がはかばかしい返事をしないのを見ると礼助は、
「出ませんか。」と誘つた。さうして彼等三人は外へ出ることになつた。
電車通りへ出ると、時子は用事があるからすぐ帰ると云ひ出した。礼助は、
「さう。これから何処かへ晩御飯を食べに行きませんか。帰つてもどうせ食べるんだから、どうです。」と云つた。
すると、時子は、
「ぢや、実さんと二人で行つたらよろしやろ。わたしはどうしても用があるから帰らんとどうも――」と礼助に返事してそれから実枝の方へ向いて「ねえ、さうなさい。」と云つた。
実枝は、咄嗟には返事のなり兼るといふ顔をした。礼助は袂から煙草を出して火をつけた。時子は重ねて、
「ねえ、さうなさい。」と云つた。
実枝は、辛うじて云つた。
「でも、だつてそれは、――康夫が待つてゐるのですもの。」
「康夫さんはわたしが守してあげます。だからあんた行つていらつしやい。」
「でも――時さんも一緒にいらつしやい。」
「そんな無理云うて。わたしは用事があります。」
彼女達の問答は限りがなく同じことが繰返されさうだつた。礼助は、
「皆、一緒に出て来たのだから一緒に行きませう。」と云つた。