Chapter 9 of 33
オルゴオルにそへて弟に與ふ
恥多き物語書き得て得たる金いくらか。
病癒えそむる汝が枕べに置かばやと
オルゴオルを買ひ來て、春の夜ふけに
まづみづから試みなぐさむなり……
これはこれ詩人が心の臟なれば、
うた湧き出づる箱のよろしさよ、
聞きつつをれば春の夜はそぞろに
こころはをさな子のごとく物好きになり
ふと、その箱のおもてに手をふるれば
思ひきや、これはこれ夢かとふるき思ひ出の
少女子がときめく心の臟をひそめをさめて
わが手にひびくをののきのかそけさよ
あやしさよ、いみじさよ、いとしさよ、
げに歌湧きいづるこの箱のよろしさよ。
な言ひそ、弟よ、汝がいのちいま衰へて
人の世の喜びに置く枕べの小さなる箱一つと。
知れよ、汝が兄は命壯んなる日にもなほ且つ、
人の世の喜びはただ小さなるわが心の箱一つぞと。