Chapter 1 of 14

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御免を蒙(こうむ)りまして申上げますお話は、西洋人情噺(にんじょうばなし)と表題を致しまして、英国(えいこく)の孝子(こうし)ジョージ、スミスの伝、これを引続いて申上げます。外国(あちら)のお話ではどうも些(ち)と私(わたくし)の方にも出来かねます。又お客様方にお分り難(にく)いことが有りますから、地名人名を日本(にほん)にしてお話を致します。英国のリバプールと申しまする処で、英国(いぎりす)の竜動(ろんどん)より三時間で往復の出来る処、日本(にっぽん)で云えば横浜のような繁昌(はんじょう)な港で、東京(とうけい)で申せば霊岸島(れいがんじま)鉄砲洲(てっぽうず)などの模様だと申すことで、その世界に致してお話をします。スマイル、スミスと申しまする人は、彼国(あちら)で蒸汽の船長でございます。これを上州(じょうしゅう)前橋(まえばし)竪町(たつまち)の御用達(ごようたし)で清水助右衞門(しみずすけえもん)と直してお話を致します。其の子ジョージ、スミスを清水重二郎(じゅうじろう)という名前に致しまして、其の姉のマアリーをおまきと云います。エドワルド、セビルという侠客(おとこだて)がございますが、これを江戸屋(えどや)の清次郎(せいじろう)という屋根屋の棟梁(とうりょう)で、侠気(おとこぎ)な人が有ったというお話にします。又外国(あちら)では原語でございますとジョン、ハミールトンという人が、ナタンブノルという朋友(ともだち)の同類と、かのスマイル、スミスを打殺(うちころ)しまして莫大(ばくだい)の金を取ります。このナタンブノルを井生森又作(いぶもりまたさく)と致しジョン、ハミールトンを前橋の重役で千二百石取りました春見丈助利秋(はるみじょうすけとしあき)という者にいたしてお話を此方(こちら)のことに直しましただけの事で、原書をお読み遊ばした方は御存じのことでございましょうが、これは或る洋学先生が私(わたくし)に口移しに教えて下すったお話を日本(にほん)の名前にしてお和(やわら)かなお話にいたしました。そのおつもりでお聴きの程を願います。徳川家が瓦解(がかい)になって、明治四五年(しごねん)の頃大分(だいぶ)宿屋が出来ましたが、外神田松永町(そとかんだまつながちょう)佐久間町(さくまちょう)あの辺には其の頃大きな宿屋の出来ましたことでございますが、其の中に春見屋(はるみや)という宿屋を出しましたのが春見丈助という者で、表構(おもてがまえ)は宏高(こうこう)といたして、奥蔵(おくぐら)があって、奉公人も大勢使い、実に大(たい)した暮しをして居ります。娘が一人有って、名をおいさと申します。これはあちらではエリザと申しまするのでお聞分(きゝわけ)を願います。十二歳になって至って親孝行な者で、その娘を相手にして春見丈助は色々の事に手出しを致したが、皆失敗(しくじ)って損ばかりいたし、漸(ようよ)うに金策を致して山師(やまし)で威(おど)した宿屋、実に危(あぶな)い身代で、お客がなければ借財方(しゃくざいかた)からは責められまするし、月給を遣(や)らぬから奉公人は暇(いとま)を取って出ます、終(つい)にはお客をすることも出来ません、適(たま)にお客があれば機繰(からくり)の身上(しんしょう)ゆえ、客から預かる荷物を質入(しちいれ)にしたり、借財方に持って行(ゆ)かれますような事でございますから、客がぱったり来ません。丁度十月二日のことでございます。歳はゆかぬが十二になるおいさという娘が、親父(おやじ)の身代(しんだい)を案じましてくよ/\と病気になりましたが、医者を呼びたいと思いましても、診察料も薬礼(やくれい)も有りませんから、良(い)い医者は来て呉れません。幸い貯えて有りました烏犀角(うさいかく)を春見が頻(しきり)に定木(じょうぎ)の上で削って居ります所へ、夕景に這入(はい)って来ました男は、矢張(やはり)前橋侯の藩で極(ごく)下役でございます、井生森又作という三十五歳に相成(あいな)りましてもいまだ身上(みのうえ)が定(さだま)らず、怪しい形(なり)で柳川紬(やながわつむぎ)の袷(あわせ)一枚で下にはシャツを着て居りますが、羽織も黒といえば体(てい)が好(い)いけれども、紋の所が黒くなって、黒い所は赤くなって居りますから、黒紋の赤羽織といういやな羽織をまして兵児帯(へこおび)は縮緬(ちりめん)かと思うと縮緬呉絽(ちりめんごろう)で、元は白かったが段々鼠色になったのをしめ着て、少し前歯の減った下駄に、おまけに前鼻緒(まえばなお)が緩(ゆる)んで居りますから、親指で蝮(まむし)を拵(こしら)えて穿(は)き土間から奥の方へ這入って来ました。

又「誠に暫(しばら)く」

丈「いや、これは珍らしい」

又「誠に存外の御無音(ごぶいん)」

丈「これはどうも」

又「一寸(ちょっと)伺(うかゞ)わなけりゃならんのだが、少し仔細(しさい)有って信州へ行って居りましたが、長野県では大(おお)きに何も彼(か)もぐれはまに相成って、致し方なく、東京までは帰って来たが、致方(いたしかた)がないから下谷金杉(したやかなすぎ)の島田久左衞門(しまだきゅうざえもん)という者の宅に居候(いそうろう)の身の上、尊君(そんくん)にお目に懸(かゝ)りたいと思って居て、今日(きょう)図(はか)らず尋ね当りましたが、どうも大(たい)した御身代で、お嬢様も御壮健でございますか」

丈「はい、丈夫でいるよ、貴公もよく来てくれたなア」

又「いやどうも、成程これだけの構えでは奉公人なども大勢置かんならんねえ」

丈「いや奉公人も大勢置いたが、宿屋もあわんから奉公人には暇(いとま)を出して、身上(しんしょう)を仕舞おうと思って居(い)るのさ」

又「はてね、どういう訳で」

丈「さア色々仔細有って、実に負債(ふさい)でな、どうも身代が追付(おっつ)かぬ、先(ま)ずどうあっても身代限(しんだいかぎり)をしなければならぬが、身代限をしても追付かぬことがある」

又「そりゃア困りましたな、就(つい)ちゃア僕がそれ君にお預け申した百金は即刻御返金を願いたい、直(すぐ)に返しておくんなさえ」

丈「百円今こゝには無い」

又「無いと云っては困ります、僕が君に欺(あざむ)かれた訳ではあるまいが、これをこうすればあゝなる、この機械を斯(こ)うすれば斯ういう銭儲(ぜにもう)けがあると、貴君(きくん)の仰(おっし)ゃり方が実(まこと)しやかで、誠に智慧(ちえ)のある方の云うことだから、間違いはなかろうと思って、懇意の所から色々才覚をして出した所が目的が外(はず)れてしまって仕方がないが、百円の処は、是だけは君がどうしても返して呉れなければ、僕の命の綱で、只今斯(か)くの如き見る影もない食客(しょっかく)の身分だから、どうかお察し下さい」

丈「返して呉れと云っても仕方がないわ、それに此の節は勧解沙汰(かんかいざた)が三件もあり、裁判所沙汰が二件もあるし、それに控訴もあるような始末だから、何と云っても仕方がない」

又「裁判沙汰が十(とお)有ろうが八つ有ろうが、僕の知ったことではない、相済まぬけれども是だけの構えを一寸(ちょっと)見ても大(たい)したものだ、それに外を廻って見ても、又座敷で一寸茶を入れるにも、それその銀瓶(ぎんびん)があって、其の他(ほか)、諸道具といい大した財産だ、あの百金は僕の命の綱、これがなければ何(ど)うにも斯(こ)うにも方(ほう)が付かぬ、君の都合は僕は知らないから、此の品を売却しても御返金を願う」

丈「この道具も皆抵当になっているから仕方がないわさ」

又「御返金がならなければ止(や)むを得んから、旧来御懇意の君でも勧解(かんかい)へ持出さなければならぬが、どうも君を被告にして僕が願立(ねがいた)てるというのは甚(はなは)だ旧友の誼(よし)みに悖(もと)るから、したくはないが、拠(よんどころ)ない訳だ」

丈「今と云っても仕方が無いと申すに」

又「はて、是非とも御返金を願う」

と云って坐り込んで、又作も今身代限(しんだいかぎ)りになる訳でいると云うから、身代限りにならぬうちに百円取ろうとする。春見は困り果てゝ居ります所へ入って来ましたのは、前橋竪町の御用達の清水助右衞門という豪家(ごうか)でございます。此の人も色々遣(や)り損(そこ)なって損(そん)をいたして居りますが、漸々(よう/\)金策を致しまして三千円持って仕入れに参りまして、春見屋へ来まして。

助「はい、御免なさいまし、御免下さいまし」

丈「どなたか知らぬが、用があるならずっと此方(こっち)へ這入っておくんなさい」

助「御免を蒙(こうむ)ります、誠に御無沙汰しました、助右衞門でございます」

丈「おゝ/\、どうもこれはなつかしい、久々で逢った、まア/\此方(こっち)へ、いつも壮健で」

助「誠に存外御無沙汰致しましたが、貴方様(あなたさま)にも何時(いつ)もお変りなく、一寸(ちょっと)伺いたく思いやすが、何分にも些(ち)と訳あって取紛(とりまぎ)れまして御無沙汰致しましたが、段々承れば宿屋店(やどやみせ)をお出しなすったそうで、世界も変れば変るもので、春見様が宿屋になって泊り客の草履(ぞうり)をお直しなさるような事になって、誠にお傷(いた)わしいことだ、それを思えば助右衞門などは何をしても好(い)い訳だと思って、忰(せがれ)や娘に意見を申して居ります、旦那様もお身形(みなり)が変りお見違(みち)げえ申す様(よう)になりました、誠にまアあんたもおふけなさいました」

丈「こう云う訳になって致方(いたしかた)がない、前橋の方も尋ねたいと思って居たが、何分貧乏暇なしで御無沙汰になった、よく来た、どうして出て来たのだ」

助「はい、私(わし)も人に損を掛けられて仕様がねい、何かすべいと思っていると、段々聞けば県庁が前橋へ引けるという評判だから、此所(こゝ)で取付(とりつ)かなければなんねいから、洋物屋(ようぶつや)をすれば、前には唐物屋(とうぶつや)と云ったが今では洋物屋と申しますそうでござりやすが、屹度(きっと)当るという人が有りますから、此処(こゝ)で一息(ひといき)吹返(ふきかえ)さなければなんねいと思って、田地(でんじ)からそれにまア御案内の古くはなったが、土蔵を抵当にしまして、漸々(よう/\)のことで利の食う金を借りて、三千円資本(もとで)を持って出て参ったでがんすから、宿屋へ此の金を預けて仕入(しいれ)をするのだが、滅多に来(き)ねえから、馴染(なじみ)もねえ所へ預けるのも心配(しんぺえ)だから、身代の手堅い処がと、段々考(かんげ)えたところが、春見様が宿屋店(やどやみせ)を出しておいでなさると云うから、買出(かいだ)しするにも安心と考(かんげ)えてまいりました、当分買出しに行(ゆ)きますまで、どうか御面倒でも三千円お預かり下さるように願います」

丈「成程左様か」

と話をしていると、井生森又作は如才(じょさい)ない狡猾(こうかつ)な男でございますから、是だけの宿屋に番頭も何もいないで、貧乏だと悟られて、三千円の金を持って帰られてはいけないと思って、横着者(おうちゃくもの)でございますから直(す)ぐに羽織を脱いでそれへ出てまいり。

又「お初にお目に懸りました、手前は当家の番頭又作と申すもので、旦那から承わって居りましたが、ようこそお出(い)でゞ、此の後(ご)とも幾久しく宜(よろ)しゅう願います、えゝ当家も誠に奉公人も大勢居りましたが、女共を置きましたところが何かぴら/\なまめいてお客が入りにくいから、皆一同に暇(いとま)を出して、飯焚男(めしたきおとこ)も少々訳が有って暇(ひま)を出しまして、私(わたくし)一人(いちにん)に相成りました、どうかお荷物をお預けなすったら、何は久助(きゅうすけ)は何処(どこ)へ行ったな」

助「横浜でも買出しをして、それから東京でも買出しをして、遅くもどうかまア十一月中頃までに帰(けえ)ろうと、こう心得まして出ました」

丈「成程、それでは兎も角も三千円の金を確かに預かりましょう」

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