Chapter 1 of 31

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むかしおとこありけるという好男子に由縁(ゆかり)ありはらの業平文治(なりひらぶんじ)がお話はいざ言問わんまでもなく鄙(ひな)にも知られ都鳥の其の名に高く隅田川(すみだがわ)月雪花(つきゆきはな)の三(み)つに遊ぶ圓朝(えんちょう)ぬしが人情かしら有為転変(ういてんぺん)の世の態(さま)を穿(うが)ち作れる妙案にて喜怒哀楽の其の内に自ずと含む勧懲の深き趣向を寄席(よせせき)へ通いつゞけて始めから終りを全く聞きはつることのいと/\稀(ま)れなるべければ其の顛末(もとすえ)を洩さずに能(よ)く知る人はありやなしやと思うがまゝ我儕(おのれ)が日ごろおぼえたるかの八橋(やつはし)の蜘手(くもで)なす速記法ちょう業(わざ)をもて圓朝ぬしが口ずから最(い)と滑らかに話しいだせる言の葉をかき集めつゝ幾巻(いくまき)の書(ふみ)にものしてつぎ/\に発兌(うりだ)すこととはなしぬ

明治十八年十一月   若林※藏識

此の度(たび)お聞きに入れまするは、業平文治漂流奇談と名題(なだい)を置きました古いお馴染(なじみ)のお話でございますが、何卒(なにとぞ)相変らず御贔屓(ごひいき)を願い上げます。頃は安永年中の事で、本所(ほんじょ)業平村(なりひらむら)に浪島文治郎(なみしまぶんじろう)と云う侠客(きょうかく)がありました。此の人は以前下谷(したや)御成街道(おなりかいどう)の堀丹波守(ほりたんばのかみ)様の御家来で、三百八十石頂戴した浪島文吾(なみしまぶんご)と云う人の子で、仔細あって親諸共(もろとも)に浪人して本所業平村に田地(でんじ)を買い、何不足なく有福に暮して居(お)りましたが、父文吾相果てました後(のち)、六十に近い母に孝行を尽し、剣術は真影流(しんかげりゅう)の極意を究め、力は七人力(にんりき)あったと申します。悪人と見れば忽(たちま)ち拳(こぶし)を上げて打って懲らすような事もあり、又貧乏人で生活(くらし)に困ると云えば、どこまでも恵んでやり、弱きを助け強きを挫(くじ)くという気性なれども、至極情(なさけ)深い人で無闇に人を打(ぶ)つような殺伐の人ではございません。只今の世界にはございませんが、その頃は巡査と云う人民の安寧(あんねい)を護(まも)ってくださる職務のものがございませんゆえに、強いもの勝ちで、無理が通れば道理引込(ひっこ)むの譬(たとえ)の通り、乱暴を云い掛けられても、弱い者は黙って居りますから文治のような者が出て、お前の方が悪いと意見を云っても、分らん者は仕方がありませんゆえ、七人力の拳骨(げんこつ)で打って、向うの胆(きも)を挫(ひし)いでおいて、それから意見を加えて悪事を止(や)めさせ善人に仕立るのが極く好(すき)で、一寸(ちょっと)聞くと怖いようでございますが、能(よ)く/\見ると赤子も馴染むような美男(びなん)ですから、綽名(あざな)を業平文治と申しましたのか、但(たゞ)しは業平村に居りましたゆえ業平文治と付けたのか、又は浪島を業平と訛(なま)って呼びましたのか、安永年間の事でございますから私(わたくし)にもとんと調べが付きませんが、文治は年廿四歳で男の好(よろ)しいことは役者で申さば左團次(さだんじ)と宗十郎(そうじゅうろう)を一緒にして、訥升(とつしょう)の品があって、可愛らしい処が家橘(かきつ)と小團治(こだんじ)で、我童(がどう)兄弟と福助(ふくすけ)の愛敬を衣に振り掛けて、気の利いた所が菊五郎(きくごろう)で、確(しっか)りした処が團十郎(だんじゅうろう)で、その上芝翫(しかん)の物覚えのよいときているから実に申分(もうしぶん)はございません。文治が通りますと近所の娘さんたちがぞろ/\付いて参りまして、

娘「きいちゃん、一寸今業平文治さんと云う旦那が入らしったから御覧なはいよ、好(い)い男ですわ、アラ今横町へ曲って行(ゆ)きましたわ、此方(こっち)のお芋屋の前を抜けて瀬戸物屋の前へ出れば逢えますよ」

と云って娘子供が大騒ぎをするから、お婆(ばあ)さんも煙(けむ)に巻かれて、

婆「此方(こっち)へ参れば拝めますかえ」

と遊行様(ゆぎょうさま)と間違えるくらいな訳であります。これはその筈(はず)で、文治は品行正しく、どんな美人が岡惚(おかぼ)れをしようとも女の方は見向きもしないで、常に悪人を懲(こら)し貧窮ものを助ける事ばかりに心を用いて居ります。その昔は場末の湯屋(ゆうや)は皆入込(いれご)みでございまして、男女(なんにょ)一つに湯に入るのは何処(どこ)かに愛敬のあるもので、これは自然陰陽の道理で、男の方では女の肌へくっついて入湯を致すのが、色気ではござりませんが只何(なん)となくいゝ様な心持で、只今では風俗正しく、湯に仕切りが出来まして男女の別が厳しくなりましたが、近頃までは間が竹の打付格子(ぶっつけごうし)に成って居りまして、向うが見えるようになって居りますから、左の方を見たいと思うと右の頬(ほゝ)ばかり洗って居りますゆえ、片面(かたッつら)が垢(あか)で斑(ぶち)になっているお人があります。其の頃本所中(なか)の郷(ごう)に杉の湯と云うのがありました。家(うち)の前に大きな杉の木がありますから綽名して杉の湯/\と云いますので、此の湯へ日暮方になって毎日入湯に参りますのは、年のころ廿四五で、髪は達摩返(だるまがえ)しに結いまして、藍(あい)の小弁慶の衣服(きもの)に八反(はったん)と黒繻子(くろじゅす)の腹合(はらあわせ)の帯を引掛(ひっか)けに締め、吾妻下駄(あづまげた)を穿(は)いて参りますのを、男が目を付けますが、此の女はたぎって美人と云う程ではありませんが、どこか人好きのする顔で、鼻は摘みッ鼻で、髪の毛の艶(つや)が好(よ)くて、小股(こまた)が切上(きれあが)って居る上等物です。此の婦人に惚れて入湯の跡を追掛(おいか)けて来て入込みの湯の中で脊中(せなか)などを押付(おっつ)ける人があります。その人は中の郷の堺屋重兵衞(さかいやじゅうべえ)と云う薬種屋(きぐすりや)の番頭で、四十二になる九兵衞(くへえ)と云う男で、湯に入る度(たび)に変な事をするが、女が一通りの奴でないから、此奴(こいつ)は己(おれ)に岡惚れをしているなと思い、態(わざ)と男の方へくっついて乙な処置振りをしますから、男の方は尚更増長致します。丁度九月二日の事で、常の如く番頭さんが女の方へ摺寄(すりよ)って来るとき、女の方で番頭の手へ小指を引掛(ひっか)けたから、手を握ろうとすると無くなって仕舞うから、恰(まる)で金魚を探すようで、女の脊中を撫でたりお尻(しり)を抓(つね)ったりします。彼(か)の女は悪党でございますから、突然(いきなり)に番頭の手拭を引奪(ひったく)って先へ上って仕舞いましたゆえ、番頭は彼(あ)の手拭を八つに切って一ツはお守へ入れてくれるだろうと思っていると大違いで、女は衣類(きもの)を着て仕舞い、番台の前へ立ちましたが、女の癖に黥(いれずみ)があります。元来此の女は山(やま)の浮草(うきくさ)と云う茶見世へ出て居りました浮草(うきくさ)のお浪(なみ)という者で、黥再刺(いれなおし)で市中お構いになって、島数(しまかず)の五六度(たび)もあり、小強請(こゆすり)や騙(かた)り筒持(つゝもた)せをする、まかなの國藏(くにぞう)という奴の女房でございますからたまりません、

浪「一寸(ちょっと)番頭さん」

番「へい、なんでございます」

浪「あの少し其処(そこ)ではお話が出来ないから此処(こゝ)へ下りておくれよ、毎晩私に悪戯(いたずら)をする奴があるよ、私の臀(しり)を抓ったり脊中を撫でたりするのはいゝが、今日は実に腹が立ってたまらないから、其奴(そいつ)を此処へ引摺り出しておくれ、私も独身(ひとりみ)じゃアなし、亭主(ていしゅ)もあるからそんな事をされては亭主に対して済みません、引出しておくれよ」

番「誠にお気の毒様でございますが、込合う湯の中でございますから、あなたがその人の顔を覚えて入らっしゃらないでは、此処へ出ておくんなさいと云っても、誰(たれ)も出る者はありませんから分りません、へい」

浪「さア証拠のない事は云わないよ、其奴の手拭を引奪って来たから手拭のない奴を出しておくれ」

番「へい、誰方(どなた)ですか、そんな悪戯をして困りますなア、どうか皆さんの中(うち)で手拭のない方はお出なすって下さい」

男「おい番頭さん己(おれ)は手拭を持ってるよ」

番「宜(よろ)しゅうございます」

男「己のもあるよ/\」

番「宜しゅうございます」

と云って皆(みん)な出て仕舞ったが、中に一人九兵衞さんと云う人ばかりは出られませんから、窃(そっ)と柘榴口(ざくろぐち)を潜(くゞ)って逃げようと思うと、水船の脇で辷(すべ)って倒れました。

男「おい/\番頭さん見てやれ/\、長く湯に入(へえ)っていたものだから眼が眩(まわ)って顛倒(ひっくりかえ)ったのだろう」

番「誰方(どなた)様ですな」

と云いながら頭からザブリッと水を打掛(ぶっか)けましたから、

九「あゝ/\有難うございます、余り長く入って居りましたものですから湯気に上(あが)りました」

番「何(ど)う云う御様子でございます、大丈夫ですか」

九「お前さんは湯屋(ゆうや)の番頭さんなら内証(ないしょ)で手拭を持って来ておくんなさい、お願いです」

番「へー、それではお前さんは手拭がありませんか」

と番頭はおかしさを堪(こら)えながら、

番「それでは今窃(そっ)と持って来て上げますからお待ちなさいまし」

と云うのをお浪が見てツカ/\ッと側へ来て、

浪「おゝ此奴(こいつ)だ、さア此方(こっち)へ来ねえ」

と云いながらズル/\ッと引摺って来て箱の前へ叩きつけました。

九「あゝ申し誠に相済みません、どうぞ御勘弁を願います」

浪「御勘弁じゃアないよ、呆れかえって物が云えないよ、斯様(こん)なお多福でも亭主のあるものに彼(あ)んな馬鹿な事をされちゃア亭主に済まねえ、お前(めえ)の家(うち)へ行くから一緒に行きねえ」

九「実はあんたによう似たお方があるので、そのお方だと思うて、実に申そうようない事をいたし、申し訳がありまへん、どうぞ御勘弁を」

浪「なんだえ、人違いだえ、巫山戯(ふざけ)た事を云っちゃアいけねえぜ、毎日(めえにち)人違(ひとちげ)えをする奴があるかえ、さア主人のある奴なら主人に掛合うし、主人がなけりゃアお前(めえ)だって親か兄弟があるだろう、一緒に行きなよ」

と云いながら平ッ手でピシャーリ/\と打(ぶ)ちます。寒い時に板の間へ長く坐って慄(ふる)えて居る処を打たれますから、身体へ手の跡が真赤につきます。表へは黒山のように人が立ちまして、

男「なんです/\」

乙「なんだか知りませんが苛(ひど)い女ですなア」

丙「なんでも盗賊(どろぼう)でございましょう、残らず取られて裸体(はだか)になったようですなア」

甲「何を取られました」

丙「何(な)んでも初めは手拭を取られたんだそうですが、仕舞には残らず取られたと見えて素裸(すっぱだか)になって、男の方で恐入(おそれい)ってヒイ/\云って居ますなア」

甲「へーそれでは取った女が取られた人を打(ぶ)って居るのですか」

丙「そうですなア、成程それにしちゃア妙ですなア、何(なん)でも評判の悪人でございましょう、女でこそあれズウ/\しい奴でしょう」

丁「なアに、そうじゃアありません、全くはお湯の中へ灰墨(へいずみ)を流したのだそうですが、大方恋の遺恨でございましょう、灰墨を手拭へくるんで湯の中へ流して、手拭がないから彼奴(あいつ)に違いないと云っているんでしょう」

戊「なアに、そうじゃありません、小児(あかんぼ)の屎(うんこ)を流したんだって」

乙「へーそうですか」

癸「なに、そうじゃありません、湯の中でお産をしたんだそうです」

などといろ/\評議をしているが、何(なん)だか訳が分りません。処へ参ったのは業平文治で、姿(なり)は黒出(くろで)の黄八丈(きはちじょう)にお納戸献上(なんどけんじょう)の帯をしめ蝋色鞘(ろいろざや)の脇差(わきざし)をさし、晒(さらし)の手拭を持って、ガラリッと障子を開けますと、

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