九
煙草畑での出來事と、田の水の問題。新しい生活にはいつてから漸く一月ほどの間に經驗したこの二つは、日常生活の平凡事ながら、あるひはそれ故にこそ一層、駿介の心に沁みた。彼は世間の垢じみた生活の大人たちのやうに、これらの「平凡事」に對して、不感症であることは到底出來なかつた。彼は尚いくばくかの時を經、さらに經驗を積み重ねた上でなくては、そこに含まれるすべての意味を正しく汲み取ることは出來ない、自己の内部に正しく定置することは出來ない、さう思つたほどに多くのものをその二つから感じたのであつた。
一見實に何でもなく見える、つまらなくさへ見えるやうな日常生活の營みのなかにも、いかに多くの農民の苦しみや悲しみや喜びや、あるひはまた工夫や發明や智慧や創意やが折り込まれてゐるかといふことは、最初の井戸掘の經驗以來、彼の感じてやまぬことであつた。その思ひは今益々深まつて行つた。それを思ふことは心のあつたまるやうなことであつた。一口に云へば彼は生活を感じた。そのやうな、生活を組み立ててゐる細部の意味がだんだん理解されるばかりでなく、それに對して親愛な感情を持つことが出來、尊敬のこころさへ湧いて來るといふことは、人間とその生活全體への肯定的な感情、愛情が次第に深まつて行くといふことであつた。そしてさういふ感情こそは、すべての、眞の意味での積極的な態度と行動との母たるべきものであつた。人間と生活の實體へより深く迫つて行く道は、そこからでなければ開けない。自分を大切にする氣持もそこからおこる。夜など、ひとり畑道を歸つて來て、そこの雜木林や、あそこの岡の下あたりに、二三軒づつかたまつてゐる農家を見、そのなかに營まれてゐる生活を思ふとき、駿介はいつとはなしに涙ぐんだ。それだけではそれはいかにも甘いであらう。しかしさういふ心の状態が、自分に深くなつて行くと感ずることは、今の駿介にとつては何にも増して大きな喜びなのであつた。
彼は一頃のやうに、人をも物をも一應はなんとなく輕蔑してかかる、といふことがだんだん出來なくなるやうに感じてゐた。物事に對しても、人の言葉に對しても、非常に謙遜な氣持で向ふやうになつた。現代の青年が、あらゆる權威を認めず、鼻の先であしらつて見せるのは、その多くの場合は、單に彼等の自信のなさ、内に何ものをも持つてゐないことの反映でしかない。權威を眞に乘り越えるものの道ではなくて、虚勢にすぎないから、紙一重の向うは卑屈な醜さに滿ちてゐる。さういふ彼等は、ある機會においてたちまち見苦しい追從者となる。駿介の變り方はさういふものではない。
農民の生活を形づくつてゐる、どんなささやかな一片を取つて見ても、そこには歴史があり、たくさんの人間の長年の努力の結晶でないものはなかつた。彼等は彼等なりに工夫し、發明してゐた。鍬の入れ方一つ、鎌の持ち方一つも偶然に生れてはゐなかつた。つまりそこには生産する者の心勞があつた。いふまでもなく生産を離れて彼等の生活はなかつた。生活は隅々までも生産によつて統一されてゐた。だから無駄やたるみがなく、素朴な美しさもそこから來てゐた。
彼等は彼等の原始的な方法のなかにゐながら、能率的であらうとして力を盡してゐた。
しかしながら、さういふ農民の生活の實情が手に入つて來れば來るほど、そこに、矛盾を、何とかしなければならぬものを、駿介が多く見出すやうになることも亦當然のことであつた。さういふものの代表的なあらはれが、水騷動などであつた。生活に對して、肯定的な氣持を、愛を感ずること、生産によつて統一された生活の美しさを感ずるといふことは、無論、農民生活の現在ありのままの姿を、そのまま肯定するといふことではない。彼にはさまざまな疑問が湧き、それを解きたい熱意を感じた。どうかしなければならぬものに向つて、どんなささやかな力をもつてしてでも働きかけたい、よりいい状態をもたらしたいと願つた。しかしさうするためにはもとより、發言の權利を得るためにだけでも、まづ自分自身を、それが可能な人間にまで作り變へねばならなかつた。生産者の仲間の一人にならなければならなかつた。
葉煙草の適熟期が近づいて來たので、部落の煙草組合の集りが、今晩、部落長の家であるとの通知があつた。
「駿、お前、行くかえ?」と、駒平が訊いた。駒平は此頃、人の集りのやうなところへは、つとめて自分代りに駿介を出すやうにしてゐる。
「ええ、行きます。」と、駿介は云つた。
その頃は田の草の第二番を取つてゐる時で、仕事は一段落ついて、割合暇な時であつたが、日が落ちてしまつても、薄闇がまだものの見さかひを奪つてしまはない間は、薪を割つたり、牛のまぐさを刈つたり、胡瓜や茄子の手入れをしたりして、どこの家でも夕飯は八時にもなつた。一風呂浴びてやつて來る人々が、みな出揃ふのは、だからよほど遲くなる。早くから來てゐるものは、もうだいぶ蚊の餌食になつてゐる。しかし誰も何とも思はない。
若い自分が、人を待たせるやうになつてはわるいと、八時少しまはつた頃、駿介はその家へ行つた。三人先着の人があつた。
「お邪魔に上りました。」と挨拶して駿介は席についた。居ならぶ人々は、
「ようお出でなさんした。」と云つて彼を迎へた。どうしても駿介は緊張し硬くなるのだが、人々の態度には別に變つたところはなかつた。仲間の一人を迎へるといふだけのことで、駒平の代りに彼が來たのだといふことさへ、別に意識にはのぼらぬらしかつた。今まで續けてゐたらしい四方山話をすぐにはじめた。それは駿介に非常な氣安さを與へた。
駒平は、部落の人たちには、機會ある毎に駿介を引き合すやうにして來たから、今日集る人々のなかにも、知らぬ顏はなかつたのである。そんな息子があるといふことすら忘れられてゐたほど長く姿を消してゐて、それからひよつこりあらはれたとしても、一時噂されるだけのことで、すぐに珍らしいことではなくなつてしまふ。そんなことを一々珍らしがつてゐてはきりのないほど、この地方では、年頃の息子が都會へ出たりまた歸つて來たり始終動いてゐる。
それでも、田の水で苦勞した過ぐる日の話などが一句切りつくと、なかの一人が、
「杉野のあんさん、東京は此頃どんなふうだかね?」と笑ひながら、顏を向けて來た。そして、その問が餘りにつかみどころのないことに自分ながら氣づいたらしく、
「軍需景氣でだいぶ威勢がいいふうぢやが。」と、つけ加へた。
「ええ……」と、すぐには何と答へていいかわからなくて、駿介はただ笑つてゐた。
「東京?」と、他の一人が訊いた。
「わしはまたあんさんは大阪さ稼ぎに行つとつたんだとばかり思つとつたが。」
「いや、あんさんは東京さね。東京の學校さ行つてらしたんだ。」と、この家の主人の部落長が云つた。
「學校さ? ふうむ、さうかね。」と、訊いた男は駿介をじろじろと見るやうにしたが、別に興味が起らぬらしく、それきり默つて、煙管を持ちかへた。
「これでなんぢやらうな。あんさん。飛行機といふものが、今の汽車に取つて代る時が、行く行くには來るもんでつしやろな。ぢやが、さうするには、第一に飛行機がもつともつと殖えにやならん。さうして金輪際落つこちることがないといふふうにならにやあかん。さうなるまでにはずゐぶんと間もあること故、飛行機を作る仕事だきや、これからなんぼでも大く、さかんになつて行くと見にやならん。んで、村から出て行く若いものなんぞも、これからは飛行機の方の職工になる工夫をするのが第一やとわしは思ふとるんぢやが。」
「…………」
しかし、駿介はにはかに噎せた。いきなり咳き入つて、それがすぐにはとまらなかつた。それよりも、さつきから煙りが眼にしみ、涙が出て來て仕方がなかつた。
蚊遣りを焚いてゐるのである。古びた鐵の圓火鉢に生よもぎを高く盛り上げ、その下にコクワ(松の落葉のこと)をさしこみ、火をつけ、煽ぐのであつた。白いもくもくした煙りは部屋中に滿ち、眼に沁み、喉をつまらせた。が、駿介以外の者等は一向に平氣である。
「ああ、さう、さう。」と、主人は、團扇を取つて、忙しさうにバタバタと煽いだ。さうして駿介の方に流れた煙りを散らしにかかつた。
「まだ、慣れなさらんけに。」と云つて、人が好ささうに笑つた。
「東京に長く住みなれてからぢや、草深い田舍のくらしは慣れるまでが大へんぢや。何かにつけてな。もつともあんさんなんぞは、根つからの都育ちやないけに、慣れると云つてもすぐぢやが。」
「ええ……」と、駿介は、手拭ひで眼や鼻をおさへた。
そこへ待つてゐた最後の一人が來たので、話はそれきりになつた。
「ぢやあ、話はあとにして、これから乾燥の方を打ち合はさうぜ。」
集つた六人のうち、駿介を入れて二人の煙草の葉はまだ青く、乾燥も急ぎはしなかつたが、他の四人はもう適熟期にはいつてゐたので、出來るだけ早く日をきめたいと希望した。相談の結果、結局、五日あとから、火を焚きはじめるといふことになつた。六人を二人一組の三日交替として、駿介の組は第一日に當番があたつた。主要な打合せがさうして終つたとき、菅原といふ、駿介と組になつた男が、
「さうさう、あんさん、お前さんお父つあんによつく注意しとかんとあかんぜえ。」と云ひ出した。
「今年はお前さんとこは少し晩作ぢやけに、わきからお父つあんによほど喧しう云うとかんと、また青いうちに葉を採らんとも限らない。駒平さんは無類の堅人ぢやけに、自分とこが晩作で、ほかの人がすんでしまつたあと一人乾燥に殘つて、ほかの人に手數をかけるのはすまん云うて、少しぐらゐ損をすることなんぞ構はん。もう少し熟さしてからの方がええと思ふやうな葉まで採つてしまふんぢや。たとへみんながすんでも、駒平さん一人放つときやせんのだから、ゆつくりお採りなさんせ、と云うても、その時はうんうん云つとるが、いよいよとなるとやつぱりあかん。人間の氣性といふものは妙なもんや。勘定の時氣の毒でならんのぢや。本人は一向平氣ぢやが。今年はお前さんがゐるよつて、手もあり、安心ぢやが、それでもよくよく話しておいたがええ。」
駿介は、父にさういふやうな面もあるのかと思つた。ちよつと意外な氣がしないでもなかつた。堅人であることに違ひはないが、同時に、どういふ場合にも、めつたに損をするといふことのない人間のやうに見てゐたからである。
話はもう別になかつた。この邊の地は、山に圍まれた高地なので、夏の夜も十一時頃になると、空氣は肌にひんやりとして來た。
煙草乾燥室は焚口が相對して二室建つてゐた。一室は四坪の廣さで、高さは三間に餘つた。火の焚口のある側とは別の兩側に、それぞれ、三尺に二尺ほどの揚げ戸が作つてある。これは室内の温度を調節するための調節窓である。棟の上にはも一つ小さい家のやうなものが乘つかつてゐた。その棟の高さは五尺位で、大屋根の傾斜に平行して小さい屋根が出てゐるわけである。これの廂にあたるところに、下のと同じ大きさの調節窓が、兩側に柱の間一杯に、三つ宛並んでゐた。この調節窓の揚げ戸は、針金によつて地上から引張り開けられる仕掛けになつてゐた。これらの調節窓はふだんは密閉されてゐる。このほかに調べ窓といふのが二つあつた。これは焚口の反對の側に一つと、それの右側に一つとあつて、何れも地上から二間餘り高い中間に位置して、二重戸の小さい窓であつた。この板戸を開くと、内側の戸は硝子であつて、中の煙草の葉の色合を調べるためのものである。
やはり焚口から云つて左側の中央に出入口があつて、これは一間の高さに半間の幅で、二重戸になつてゐて、内側は硝子戸であつた。中に入ると、土間で、まはり一尺ぐらゐの薄い鐵板の管が、「中」といふ字の上に突き出しのない形で、土間一杯に這つてゐた。「中」の字の下の突き出たところが、焚口に連なつてゐるのである。この鐵管内を、温度の高い熱氣が巡つて、それによつて室内の温度を高め、濕度を下げて草煙草を乾燥させるわけだ。室の上部は、地上一間のところから、兩側に拔き板が澤山に渡されてゐて、繩に附けた葉煙草をこれに釣るのである。
罐は簡單なもので、風呂の罐を大きくしたやうなものである。焚口のすぐ上から煙突が出てゐて、奧はかなり深くまで火が焚けるやうになつてゐる。さうしてその一番奧のところで、かの鐵板の管に連結してゐるのだ。
燃料は石炭か割木である。室内の温度は、何時でも部屋の中央において見なければならないので、寒暖計がその位置におかれてゐる。これを檢べる時には、焚口の傍に設けられた小窓の所に引き寄せて見なければならないから、引き寄せるための綱としてこれには細引が結へつけてある。
明日の朝乾燥するといふその前の日には、夕方から葉を摘み採る。充分に成熟し、黄色くなつたものを選んでかき採らないと、乾燥して出來上つた時に、品質が落ちる。乾燥には、葉の適熟と黄變とを非常にやかましく云ふ。一にも二にも黄變を問題にし、品質を決定する上での重要な基準とする。
煙草の葉を摘み採るには、そのためにとくに襤褸で作つた仕事着に着替へてからにする。葉の裏から分泌するニコチンにははじめてのものはびつくりさせられる。着物はべとべとになる。一つ一つ葉をかいて行く、その手は黒く染まつて、石鹸で洗つても容易に落ちはしない。
かき集めた葉は、左綯ひに綯つた繩の綯ひ目に、一葉づつ、葉柄の先を一寸位し込む。繩は一間位の長さである。
その日駒平と駿介とは、仕事着に着替へて煙草畑に入つて行つた。日が傾くまでにはまだ少し間がある。それまでは葉を掻くことは出來ない。その間を二人は葉煙草の脇芽を摘むことにした。雨が少いので、傾斜の上の方の畝は燒け、そこに植ゑられたものはみな背が低い。しかし裾の方のものは大き過ぎるまでに伸びてゐる。
「どうしてまア、かうも育ちが違ふんだらう。」と、駿介はおどろいて云つた。
「雨が降つて、高いところから低い方へ流れて來るだらう。さうすつと、それと一緒に肥料分までも運んで來るんだ。同じわけで上の方は乾いても、下の方はいつも水々してゐる。それでかうなんだ。」と、駒平は説明した。
葉は一節ごとに左右に一枚づつ規則正しく伸びてゐたが、その葉柄の附け根から芽を出してゐるのがあり、なかには芽が伸びて枝になり、小さい數枚の葉を附けてゐるものもあつた。芯どめをするのを見落したものは、薹が立つて、うすむらさきの花をつけてゐた。茄子科に屬する葉煙草は、花も茄子の花によく似てゐる。二人は、葉を痛めないやうにと心を配りながら、芽を摘み枝をもぎとつた。かうしなければ成熟期がおくれる。葉はさくいため、注意をしてゐても、身體がちよつと觸れるといふやうなことで、その先端が折れたりした。摘み落した葉や枝は、竹籠を提げて、一つ一つ拾つてあるいた。この植物は連作を厭ふので、煙草の諸成分が土地に吸收されることをふせぐためにすることである。
陽が傾くのを待つて葉を摘みにかかつた。摘み取つたのを畚に入れ、山道を幾度も往復しては家の庭に積み上げた。それから庭に蓆を敷き、家族總出で、そこへ坐つて、繩に葉を通すのであつた。次第に迫つて來る夕闇のなかに、誰一人口をきくものもなく、いくつもの手先はただ機械的に敏速に動いた。葉を附けた一筋の繩毎に「一連」と呼んだが、一連出來上るごとに、畔の草生の上にひろげ、その上に水を少しふりかけて萎縮をふせぎ、さらにその上にまた一連を積むといふ工合だつた。
暗くなるにつれて、山蚊の群が押し寄せて來た。おそろしいほどのうなりごゑである。無防備の足や手や顏やは到るところ血を吸はれ、腹のふくれたぐみのやうな蚊を眼に見ながら、手はそれを追ふことが出來ないといふやうなこともあつた。時々バタバタとはげしく蚊を追ひ立てながら、急いで葉をして行つた。この日暮れの忙しい思ひは、大體二日おきにやつて來る。
次の日の夜明け、朝飯前に、昨夜の葉煙草を猫車に積んで、乾燥室へ押して行く。さうして釣り込みに一番便利な場所を、組合員は我勝ちにと爭ふ。この爭ひのために朝飯も食はずに行かなければならないのである。
駒平と駿介とが、猫車を押して行つた時には、いい場所はすでに他の人々によつて占められてゐた。二人のすぐあとから菅原が來た。菅原はこれを見ると、
「チエツ、早いことをしやがる。」と、噛み棄てるやうに云つた。さきに來てゐた人々は、ちらと彼の方を見た。さうして、何とも云へないいやな氣不味さが彼等の間に生じた。
一度、飯を食ひに歸り、それからまたここへ來るまでの間、飯を食つてゐる間も、駿介はたつた今目撃したこの事實について、考へ込まないわけにはいかなかつた。昨日からのかなりの疲れのなかにも、清々しく樂しかつた氣分が、たちまち汚れて行き、元氣まで失はれて行くやうな氣がした。
(これは一體どういふことであらう?)
煙草耕作者組合といふ組合組織による、人々の共同作業、お互同志の助け合ひといふものは、駿介には美しく見えてゐた。もつとも、かの「豫備」を引き拔かされた時の、松川某の態度といふものは、駿介には解せぬものであり、反感を感じさせるものであつたが、彼は、部落の煙草組合をさらに幾つも集めて統一した、その全體の長であるだけに、その地位から來る特權的な意識といふやうなものが、ああいふ態度を取らせもしたのであらう。しかし少くとも部落の六人だけは互に寄り合ひ助け合つてゐると思へた。菅原が、駒平の「律儀」について云ひ、「青い葉は摘ませぬやうに。」と忠告したのなど、駿介は、美しい言葉として聞いた。しかもその彼に、今は、「チエツ、早いことしやがる。」といふやうな敵意に充ちた言葉を吐かせ、さうしてそれを吐かせるには、それにふさはしい、他の仲間の者達の行動があつたのである。
排他的な行爲や言葉はどんなにささやかなものでも、それが共同作業のなかでのものであるだけに、非常にどぎつい印象を與へもするし、特別な注意をそそりもする。
ふと、思ひついて、駿介は駒平に訊いた。
「計算はどうなるの? 共同でやるの?」
「計算?」
「ええ、專賣局に納めて、お金にする。さういふ一切のこと。」
「そりや、めいめいばらばらにやるこつた。」
原因の一つはここにあると思つた。計算が個人別になされるといふことのなかにあると思つた。しかし計算を共同に、責任を共同にするといふことは? もしもさうしようといふのだつたら、煙草耕作のそもそもの最初から、共同に責任を分け合はなくては不可能であらう。耕作の全過程から、乾燥し、納入して金に代へるまでの一切が、煙草組合といふ團體の責任で行はれ、一人一人の組合員が、これはおれの葉、これはお前の葉、といふ考へにとらはれることなく、ひたすらに全體の葉をよく仕上げる、といふ熱意だけで動くやうにならねばだめだらう。さうでない限りは、たつた六人が、互に、乾燥の釣り込みに、一番いい場所を占領しようと爭ふやうなことをやめさせるわけにはいかないだらう。仕事の他の部分は個人別で、乾燥だけを、共同作業でやつて行かうといふのだから無理が出來る。資金の都合から乾燥室を共同出資で建てねばならぬのと、乾燥といふ仕事の性質そのものが、個々別々では容易ならぬことなので、共同が始まつたのであるが、そしてこれは益々押し進めねばならぬことなのであるが、かうした矛盾があつては乾燥そのものの共同動作すらきはめて不徹底なものに終ることになる。
さういふふうに考へた。しかしそれは今日のこの村の状態では一つの理想論であるとしか思へなかつた。さうするには先づ耕作地そのものからして共同の管理に移さねばならぬし、負擔を均等にすれば、生産の結果の配分をも均等にせねばならぬ。しかし、それでは今まで、より多くを耕作して來たものは、到底その結果に對して滿足することは出來ないだらう。各地に生産者組合とか出荷組合とかいふものがある。あれらはどのやうな組織で、どのやうに運用されてゐるのであらう。たとへば秦野煙草の産地の百姓などは、どのやうにやつてゐるのであらう。
しかし、根本的な解決の道が望まれないとしても、今のままのやり方でももう少し圓滑にやつて行くことは出來さうなものだ。そしてそれは相互の讓り合ひによるのほかはない。さう思ひつめると彼は一本氣で、今すぐにも云はずにはゐられなかつた。彼は駒平にも相談して見ずにそれを云つた。朝飯をすました人々が、再び乾燥室に戻つて來た時のことであつた。
「ちよつと御相談ですが、」と、彼は云つた。釣り込みの作業にかからうとしてゐた人達はみな手をおいてこつちを見た。駿介はぼうつと赤くなつた。
「わたしからかういふことをいふのは何ですが……、出過ぎたことのやうですが、釣り込み場所にいいとことわるいとことあるやうですね、これは互に讓り合つて、その日その日で順番にやつて行くやうにしたらいいんぢやないかと思ひますが……どうでせうか。」と云つた。
みんな默つてゐた。と、大きな聲で
「さう、さう、それがええ、それが。」と云つたものがある。菅原だつた。
すると駒平を除いて、ほかの四人は、それぞれの人柄に應じてそれぞれの態度をとつた。人のいい、氣の弱さうな男は、さうだなア、さうすりやええなア、と云つたが、それは口先きだけのことで、内心は少しも乘り氣になつてゐない自信なげなさまであつた。どうかなア、そりや、と、疑はしさうに云つたものがあるが、無論反對の氣持をこめてゐるのである。しかしそのほかのものは、聞いても聞かぬふりで、默つて、さつさと仕事にかかりはじめた。
その次の釣り込みの朝になつて、さきの日の駿介の言葉が、何の力でもないことが、事實によつてはつきり知らされた。いい場所を得ようとする人々の爭ひ、その時ばかりは露骨な排他的な感情の軋み合ひは、前の日と一向變らなかつた。あとで、駒平は駿介に云つた。
「人に、自分の云ふことを可かせようといふのはなかなかのこつた。ことに、何に限らず今の状態を、ちつとでも變へようとすることについてはな、たとへさうした方が利益だといふことが誰にでも分つてゐるやうなことでも、人に云はれておいそれといふことはなかなかないもんぢや。まづ疑つて見る。それが百姓といふもんぢや。お前が人を自分の考へどほりに從はせようと思ふなアまだ早い。云ふことが道理でないと云ふんぢやない。言葉はよくとも云ふ人間によりけりだ。お前にはまだまだ力が足らん。道理と思つたことには從はずには居られん氣持を人に起させるまでに、人を引つこずるには力が足らん。さうなるにはまづ人の信用を得ることが肝要ぢや。人に尊敬せられる、あるひは人に一目おかれるやうな人間になることが肝要ぢや。さうなるにはもつと年月を重ねなあかん。もつと經驗を積まなあかん。自然自然のうちに、いつとはなしに、あの人の云ふこつたら、といふ氣持をみんなの間に起させるやうにならなあかん。お前に學はあらう。ぢやが、町の人間はともかく、ここらの人間は、そんな學なんぞ別にどうとも思つとりやせん。そんな學で人間は動きやせん。何もお前に遠慮せいと云ふんぢやない。道理に適つたことを、今からでもズンズン人中で云ふことを、何も控へい、と云ふんぢやない。ぢやがそれが、言葉ばかりが先に立つ、といふやうになるこたアよくよく氣をつけにや。また、どういふ場合にも人の反感を買ふやうなことは避くべきぢや。これは何も、こないだお前の云つたことがさうだといふんぢやないが。ことにお前は、ほかの百姓とは、どつか肌合がちがふといふことはあるんぢやけに。」
駿介はその通りであると思つた。それは駒平に云はれるまでもなく、彼自身の自覺のなかにあることでもあつた。しかし、云はれたといふことはいいことだつた。
が、それから二日後のことである。その日は葉煙草を釣り終つてから、十時に罐に火を焚いた。組の總代は、黒板に、日と點火の時刻と、點火前の室内温度とを記し、毎時間毎の温度の高低を記載して罐焚の目安とした。これは一般的標準であつたが、葉の質、その日の天候、火のり工合等によつて多少温度を上げ下げしなければならなかつた。熟練したものになると、このやうな温度指示票などは不必要であつて、眼で見る葉の變化に應じて焚いて、誤たぬといふことであるが、駿介はひたすらこの表示を手蔓に焚き、調節窓を開閉した。
室内温度は、雨天ないし風のある日だと、攝氏三十二三度で、普通の日だと三十六度ぐらゐであつた。これを最高八十四五度まで上らせる。かうまで上げると、室内にはもう五分と入つてゐることは出來なかつた。葉が燃え上りはせぬか、といふ不安と恐れとを感じた。勿論、葉の發火點はその程度のものではあるまいとは思ひながらも。しかし事實、鐵管に近いところの葉は、その先が焦げることがあつた。それが、その時の當番以外のものの葉である場合には、陰での苦情はまぬがれなかつた。
駿介と菅原とは、一組になつて交替に焚いた。今日の責任者はこの二人ではあるが、ほかのものも自分の葉を氣にして、暇があれば檢べにやつて來た。將棊盤を圍んだり、雜談に興じたりした。組合員のほかにも暇のある人々がやつて來て、乾燥室の前に据ゑた、一間に四尺もの牀机に腰うちかけ、茶を飮んで、しばらく話をしては歸つた。百姓はひどく茶が好きである。共同の費用のなかから買つて乾燥室においてある茶は、駿介などにもよくわかる、百姓には不似合な上茶であつた。彼等はその茶を啜ることで、奢つた、いい氣持になれるらしいのであつた。駿介が、罐から七厘に火を取り、藥罐をかけ、茶盆を出すと、彼等は汗をだらだら流しながら、息を吹き吹き、啜つた。
日が暮れた。貰ひ湯がすみ、夕飯がすむ頃から、この乾燥室の牀机はさらに賑つた。それは一種の社交場だつた。酒の臭ひをさせて來るものが多かつた。大きな聲で話をした。話が過去のみ向ひがちなのは、單純な、狹隘な、變化のない彼等の日常の生活によるものであらう。それだけに、過去において多少とも人々と區別される、變化に富んだ生活の經驗者は、饒舌にもなつたし、人々はまたその話を喜んで聞きもした。出稼ぎに行つた先の土地の生活状態、勞働の條件、風俗、名物、女、食物、などが語られた。聞くものは、さういふ話から、自分たちの土地と生活とを自然他のものに比較して見る機會を持ち、自分の現在に對して、それぞれに、ひそかな批判を持つらしかつた。書物はもとより、新聞も讀んだり讀まなかつたりの彼等は、さういふことで少しづつ外界に對する知識を深めるらしかつた。話がそつちへ向はぬ時には、自分たちの狹い周圍を、飽くこともなくつつきまはつた。他人の失敗、醜聞、癖、姻戚關係などをほじくり、熱情をこめて惡口と非難とを浴せた。
青年が見えぬ、といふことが駿介には不審でもあり、物足らぬ心地がせられた。青年がゐたら、自分も何とか話のなかに割つて入れるのだが、など思ひながら、彼は、菅原との交替が來るまでの時間を、胸をひらいて夜風を入れながら、人々の話を聞いた。
夜のしめりに、肌がしつとりする頃になり、一人二人が歸りかけると、他のものもにはかにばたばたとそれに續いた。
「ぢやあ、あとをおたのみ申します。」
「御苦勞さん。」
組合員も去ると、あとには當番の二人だけが殘つた。あたりが寂となつた。蚊の唸り聲が急に大きく高くなつた。菅原は眼をくしやくしやさせて、つづけさまに、音を立てて、大きな欠伸をした。駿介は、
「あんた、一眠り眠つたらどうですか。わたしももうだいぶ慣れましたから。」とすすめた。
「はア、ありがたう。」と云つて、しかし菅原はやはり居殘つてゐた。二人同時の不寢番は不必要だし、またそれでは身體もたまらない。菅原が寢に行かうとしないのは、自分一人に任すことがまだやはり不安なのであらうと、はじめ駿介は思つた。しかしさうかと云つて、彼は、駿介に寢に行けとも云はない。彼は二人の不寢番を必要としてゐるもののやうだ。この間の意味は、その後日を重ねるに從つて、駿介には追々わかつて來たことである。萬一、乾燥が失敗して、葉が不出來に出來上つた場合、自分一人が責任を負ふに至ることを避けたいのである。二人ならば負擔は分割される。場合によつては他の一人になすりつけることも出來る。さういふ心根以外ではなかつた。
二人とも無言のままに幾時間かを過した。身體も頭も疲れ切つて、何かものを云ふのも厭で、膝を兩手に抱へ込んだまま、ぢつと動かなかつた。燃え落ちる薪がぼうつと炎をあげる音が夢うつつのなかに聞かれた。ふと頭を上げて外を見ると、田面の闇を、螢が光の線を引いて飛んだ。蚊の群もよほど少くなつてゐる。暗さの底にどこかぼんやり白けた廣がりがあるので、もう夜明けかと、軒下に立つて見たが、夜はまだ深く、さういふ夏の夜の一つのながめに過ぎなかつた。
駿介は、腰かけからずり落ちさうになつてゐる菅原に、もう一度さきの言葉を云つてすすめて見た。菅原は、あーツ、と大きく手をあげて伸びをして、今度は素直に、
「ぢやあ、二時間ばかり眠らしてもらひます。あと、頼みますぜ。」と、足もともおぼつかなげに、空いてゐる隣の乾燥室の中へ入つて行つた。そこの土間に荒蓆を一枚敷いて、頭を落すや否や、高い鼾がきこえて來た。
駿介はもうよほど慣れて來てゐた。罐のなかの火の燃え工合によつて、室内の温度がどのくらゐになつてゐるかを、寒暖計を一々見なくても、大體推測し得るやうになつた。一本の割木がどのくらゐに温度を高めるかを知ることが出來た。眠氣もある程度を越すともう眠くはなかつた。彼は持つて來た雜誌をひろげ、薄暗い光の下に、細かな活字の列を追つた。
夜が白々と明け離れるまで、駿介は一人でさうしてゐた。菅原は起きても來なかつたし、起しにも行かなかつた。駿介は乾燥室のすぐ傍の井戸端へ行つて、顏を洗つたり、體を拭いたりした。向うの竹藪の上に、赤い大きな日が上つた。朝風に竹の葉がさらさらと白く光りつつそよいだ。彼は釣瓶からぢかに冷い水を呑み、新鮮な朝の活力を感じた。
駿介は、薪の置場から幾度か薪を運んで來て、所定の場所に積み上げた。土瓶の茶滓を棄て、七厘に火を取つて湯を沸し、あたりを掃除し、ざつと片づけた。そこへ菅原がまだ寢足らぬ顏をして、起きて來た。
「どうもすみませなんだなア。すつかり寢てしまつて。」と詫びて、焚口の方へ下りて來て、しきりに火をつついて見たりしてゐた。
間もなく組合員がぼつぼつ來始めた。
「昨夜はえらうござんしたろ。」と、ねぎらひの言葉を云つて、いかにも氣がかりさうに、
「どうですか。黄變はうまいこと行きよりますか。」
「さア、今んところまだほんの一寸しかしてはゐませんが。」と答へて、何しろ自分の責任で事に當つたのは初めての事だから、駿介は不安であつた。
その時、寒暖計は丁度三十七度を示してゐた。温度はさほど高くはないが、葉の水分が蒸發するので、室内の空氣は濕氣を含んで、外からのものにはムツとした。葉煙草は高温と濕氣とによつて今蒸されてゐる最中である。かうしてそれは黄變するのである。この黄變如何が、葉煙草の品質を決定するのだから、耕作者は眞劍だつた。彼は先に立つて、一々仔細に調べて行き、駿介はその後に從つた。
「ええ工合に行きよりますぜ。あんさん。これなら上等や。」と、男は駿介を顧みたので、駿介はほツとした。疲勞があぶらになつて浮いてゐる緊張した彼の顏が、思はずほころびた。
「あんたはんのはいいが、これは少し青いぢやありませんか。」と、駿介はさつきから氣にかかつてゐる一連を指さして云つた。
「ああ、そりや、摘みやうが少し早うて青いんぢやけに、仕方アない。乾燥の方の責任ぢやありやせん。」
今日の當番である一組が揃つたので、駿介と菅原は交替した。寒暖計を檢べ、すべてを引繼ぎ、
「何卒おねがひ申します。」と挨拶して、まる一日の緊張から解放された。
乾燥は八月の下旬に終つた。一ヶ月の餘に亙つて續いたこの仕事には、その終り頃には誰しもみな倦み疲れ、痩せて眼を引つ込ませてゐた。それでも最後の日には、さすがにみな日燒けと脂燒けとにくすんだ顏を晴々とさせて、昨日まではだらけたやうな身のこなしにも、生々と力が入つて見えた。
駿介は、朝十時頃に乾燥室に行つて、釣り込んだ葉煙草を室内から取り出しにかかつた。組合員のなかには、妻や息子や娘と一緒に、猫車を押して來て、嬉々としてゐるものもあつた。下の方に釣つた葉から順次に取り出した。繩の端には、名札や目印をつけて、他との混同をふせいでゐる。早く濟んだものはまだ濟まないもののために手傳ひ、互に葉の出來上りについて批評し合つた。みな、自分のものについては卑下して云ひ、人のものをほめ上げた。
はじめ水氣でしつとりしてゐた葉は、今は萎びて、彈力のあるものになり、青味が消えて、やや褐色がかつた美しい黄色に變つてゐた。その葉を一つ一つ繩からはづし、揃へて、畚に入れて、猫車に乘せて歸つた。これは、納屋の貯藏所にしまつておくのだつた。貯藏所は、納屋の中でも特に乾燥した所を選んで、隅の方に作つた。土間から半間も高く床を上げ、藁を分厚く積み上げて蓆を敷き、その上に葉を一通り並べ、更にその上にまた藁、蓆とおき、葉を並べるといふ工合にする。これは濕氣をふせぐためである。全部積み重ねてしまつてから、再び藁を厚く積み上げて、全體を蓆で覆うておく。かうしておくと、葉は蒸れて、まだいくらか青色の殘つてゐるものも、貯藏中に黄變するのである。
その晩は乾燥祝であつた。乾燥室の近くにちよつとした廣場があり、櫻の木が一本立つてゐる。その下に五六枚の蓆を敷き、ランプは櫻の枝に吊した。手料理で一杯やらうと云ふので、選ばれた二人の準備係りが、材料の仕込みから歸つて來るのを人々は待つた。
駿介もその手傳ひに出掛けて來てゐた。
「杉野のあんさんは何をやらつしやる? あんた、何が得手や。」と、一人が笑ひかけた。
「さア、得手なものなんぞは何んにも。」と、駿介も笑つた。
「ぢやあ、魚でも一つ燒いてつか。」と、手に牛蒡の束をぶら下げたその男は、傍の蓆の上を顎で指して云つた。
駿介はそこに何匹かの鰺と、三四本の章魚の太い足とを盛つた大きな平鉢を見た。駿介はその鰺を燒く役にきまつた。飯を焚く方にるもの、五目ずしの材料をととのへにかかるものなど、それぞれ役目を分擔した。
「みんな、五目には何々を入れやうな。」と、その役に當つたものが相談しかけた。
「お揚げに、蒟蒻、牛蒡に章魚に。」と、一人が云ひかけると、他の一人があとを受けて、
「昆布にずゐき。まアそんなとこでよござんせうぜ。」と云つた。それなら旨からうと云ふので、誰もが賛成した。
七厘に火を起した駿介は、火勢が強過ぎるので、七厘の兩端に石を乘せ、その上に金網を乘せた。燒きざかなの香ばしい匂ひが夕闇のなかに漂ひはじめると、一人が、振り返つて、
「魚はように燒いておくんなされよ。」
さう注意して、丁度昨年の同じ乾燥祝のとき、ある仲間が、生燒きの魚に中てられたといふ話をした。三日寢込んで、醫者を呼んで、ひどく高いものについた、といふ話だつた。
「わしらは燒きざかななんどには醉ひつぶれはせんが、酒にはすぐ醉ひつぶれる方やで。」
酒量の強いことで、あまねく知られてゐる男が、そんなことを云つて、得意らしく笑つた。
「飯はどのくらゐ焚いたらよろしかろ。」と、飯焚きの係りが、皆に相談に來た。
「さうさなア、一人あて五合もありや、まアよからうわい。」と、傍からすぐに答へるものがあり、人々も別にあやしまぬので、駿介はおどろいた。
「ほう、そりやまるでわしらの一日分だが。」と、誰にともなく彼は云つてしまつた。
「なアに、五合ぐらゐ。あんたかて、もう半年もすりや、それくらゐ一かたけに食ふやうになりまつさ。」
それで、五合あてといふことにきまつた。
櫻の枝に紐を結び、それに釣り下げたランプの火を目がけて、蟲が飛んだ。火屋をめぐつて舞ひ狂ふものがあり、笠の内側にへばりついたまま、ぢつと動かぬものもあつた。やがて持ち運ばれた手料理の皿の近くに落ちるものなどもあつたが、人々は氣にもせず、手でとらへて、紙も持たずに無雜作にひねり、その手を着てゐるものの上になすりつけたりした。ランプの芯は思ひ切り出されて、炎の舌はぺろぺろと伸び縮みした。蓆の二つの隅に蚊いぶしが焚かれ、青い煙が風の加減でランプを包む時だけ、あたりがわづか暗くなつた。
六人の組合員と、その家族のものやはり五六人が座を取つた。駿介の手になつた燒きざかなの鰺は、一尾づつ各自の前にあつた。そのほかには、やはり鰺の身をつて入れた胡瓜もみの小皿と、煮染めの皿とがあつた。中央の廣い場所は、五目ずしを一杯に盛つた盤切が占めてゐた。七厘にかけた土瓶には酒が燗されてゐた。
「今年の煙草も、どうやらまア今日で無事にすみやした。皆さん、どうもいろいろ御苦勞さんでござんした。今晩は久しぶりの骨休みやけに、どうぞ一つ腹一ぱいやつておくんなさい。」と、總代が挨拶した。
「ありがたうござんす。」と、一同は頭を下げた。今日の祝は皆の負擔で、總代の馳走ではなかつたけれども、總代が、負擔以外に酒を二升買つたことへの謝意と、總代といふ地位に對する敬意と、その兩方からの挨拶だつた。
酒飮みできこえた世話役の一人が、燗の工合をちよつと試して見てから、
「さあ、一つ行かうぜ。」と、隣のものから注ぎはじめた。順次、注いで行つた。飮まぬものも、最初の一杯だけは受けた。駿介も受けた。
夕闇がいよいよ濃くなると、自分たちが坐つてゐるそこら一帶だけが、黄いろいやはらかな光のなかに浮き上つて見え、一つの氣分を釀し出した。やうやく眼をとろんとさせて來た彼等は、身も心もほしいままにその氣分のなかに浸つた。空の徳利が三本四本とならぶ頃には調子も出て來て、誰からともなく唄ごゑがはじまり、うたはぬものたちも手拍子を取つてこれに和した。年寄りの一人が、早くから飮めなくなつて、首をがつくりと前へ落し、誰が盃を前へ持つて行つて耳もとで怒鳴つても、何んにも云はず手を頭の上で振るばかりであつたが、その時ひよろひよろしながら立ち上つた。よろめく足と、妙な手つきとで踊りはじめた。盆踊りのしぐさである。一座はどつと囃し立てたが、二人が立つてその後につづき、蓆を敷いてつくつた座席のまはりをぐるぐるまはりはじめた。聲自慢の男がゐて、一段と張り上げた聲で、
「アー圓くなれ圓くなれ、一寸圓くなれ、コラセ、十五夜のあの月のやうに。」
と、うたつた、一同は、「ヨーホイヨーホイ、ヨイヤナ」と聲を揃へて囃した。
駿介は人にすすめられるままに三つ四つ盃をあけて、この唄を聞き、騷ぎを見てゐた。彼は酒をたしなまなかつた。かつて東京にゐて、目標を見失つた、または見出し得ない苦しみから、といふよりは苦しんでゐるといふことへの感傷的な甘えと、はけ口を求め得ないで内にのたうちまはつてゐる若さの壓迫とから、仲間の學生と共に彼も酒を飮み歩いた晩がある。前後を通じて、さういふ夜は十夜もあつたであらうか。最初苦しいばかりと思つた酒も、時には、うまいと思ふこともあるやうになつたが、間もなくさういふ仲間たちとも離れてしまつた。さういふことで一時をでも糊塗し得るわけのないことははじめからわかつてゐた。彼は一時といへど何もかも忘れて醉ふといふことは到底出來ぬ男であつた。
しかし今晩は、もしもすすめるものがありさへすれば、自分も飮んで醉ふことができるだらうとの氣持がしてゐた。彼は人々と一緒に唄ひ、手拍子を取り、踊るといふことは出來なかつた。はじめのうちこそ彼は兩隣や、向ひのものたちと愉快に談笑してゐたが、座が亂れてしまふとさういふこともなくなつた。彼はぽつねんとただひとり取り殘されたかに見えた。しかし彼自身の氣持はその姿のやうにひとりぼつちではなく、充分に人々の氣持に通つてゐた。彼は人々と自分との間にさほどに大きなへだたりは感じなかつた。この場の雰圍氣にどうしてもなじまぬもの、そぐはぬものは自分には感じなかつた。むしろ素直にそのなかへはいつて行き、唄はなくても踊らなくても、人々が樂しんでゐるものを自分も一緒に樂しむことが出來るやうに思つた。そして自分のやうなものがさういふ氣持になれるのは、やはり、たとへわづか一月餘りではあつても、生産の上の仕事において彼等と勞苦と歡喜とを共にして來たからであると思つた。
しかし、誰ももう彼に酒をすすめるものはなかつた。弱いものは醉ひつぶれてしまつたし、強いものは人にもすすめぬ代り自分もすすめられることもなく、めいめい勝手に注いでは飮んでゐた。小さな盃などはもどかしがり、茶碗に注いで飮んでゐるものもあつた。
もう酒が切れた、といふやうな聲がした。そこらあたりにある徳利が、一つ一つ振つて見られた。底の方にかすかな音が殘るものもあつた。すると一人が、
「よし、俺が一升買ふぜ。」と、云つて、自轉車のおいてある方へ立つて行つた。まだ飮むといふだけあつて、足もともあぶなげなくしつかりしてゐた。
「氣イつけろよ。道が暗いから。」と、うしろから云つた。
「大丈夫だ。」と云つて、さうして彼は闇に消えた。
間もなく駿介はひとりさきに歸つた。彼は目立たぬやうにそつと席をはづした。夜は更けてその頃になつてやうやく姿をあらはした月は、やや傾いたところにあつた。道々蟲の音が水の流れのやうであつた。