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第一義の道
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第一義の道
島木健作
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 8 of 8

8

感動のない無表情な冷淡さで重い足取りで順吉はこのやうな生活を引ずつて行つた。

四月にはいつて、春らしく暖かな日が毎日よく續いた。母子が借りてゐる二階は南にガラス戸が開いて陽が部屋の中ほどまでも射し込むのだつた。その春陽の一ぱいにあたるところに襤褸切れを持ち出して、おちかは一日ぢゆうあれこれといぢくりまはしてゐた。年寄りといふものはみなこのやうな仕事を好むものらしい。着古した着ものやそれをほどいた襤褸切れのなかにこめられた過去の生活の匂ひをなつかしむのであらう。おちかは幸福さうに見えた。心が和むでゐることがその姿からもうかがはれた。順吉と共に住めることがもはやたしかである以上、あとはただ成行きのままと思ひ諦めてゐるのであらう。順吉が夜店商人にまで成つたと知つた時にもおちかはべつに驚かなかつた。不滿もなかつた。日のぬくもりのなかに肩をまるめ、老眼鏡をかけ、おぼつかなげに針を持つ手を動かしながら、遠い昔をおもふもののやうに時々おちかはうたつた。

やまがだ やまがだ

山で育でだ黒猫コ

抱いだり負たり

飯食せて

それでも泣げば

チヤペ無理だ チヤペ無理だ

さういふ母の姿を順吉はぢつと見まもつてゐた。母が心の平和を得てゐることを彼は知つた。彼が子供の頃、母はもつとも機嫌のいい時に限つてこのうたをうたつた。そして叔母の家に母子がゐた期間中、彼は一度もそれを聞かなかつた。彼は滿足してゐる母を見ることを涙して喜んだ。しかしながら何ものにも代へ難く愛する老いた母に、依然として重い軛を感ずることからはつひにまぬがれることができなかつた。この矛盾から逃れて母を見得る日の到來を母の生存中に望むことは不可能であらうか。

日が落ち、街に灯がつきそめて、順吉が車を引いて出なければならぬ時が近づいてゐた。

●図書カード

Chapter 8 of 8
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