Chapter 1 of 87

はしがき

わたしが皆さんのようなかたとおなじみになったのは、以前に三冊の少年の読本を書いた時からでした。わたしも皆さんにお話しするのを楽しみに思うものですから、こんど新規に一冊の読本を用意しました。

もともとわたしの童話は遠い国の旅から生まれてきたのです。わたしはそんな旅にいて、外国の少年や少女を見るにつけても、日本のほうにるすいする自分の子供らのことをよく思い出しました。長いおるすいもさみしかろうと思いまして、何か外国のほうで見たり聞いたりしたお話を書いて、それを子供らに送りたいと思っていました。遠い旅の空ではそれも思うように果たせませんでしたが、ぶじに日本へ帰ってきまして、自分の子供らに話しかける父のものがたりとして、遠い国のみやげばなしを書きました。それがわたしの『幼きものに』です。

早いものですね。それから、あの『ふるさと』を書いたのはもはや二十二年前、『おさなものがたり』を出したのは十八年前にもなりますよ。皆さんの中には、わたしの『ふるさと』や、『おさなものがたり』を読んでみてくだすったかたもありましょうか。そしてわたしの子供らを覚えていてくださるかたもありましょうか。その子供らがもうみんなおとうさんになったり、おかあさんになったりしています。

ほんとに、月日のたつのは早いものですね。今に孫たちがわたしの童話を読んでみるような時もやって来ましょう。子に話しかけ、また孫に話しかけるということも、楽しいではありませんか。

それは、さておき、今お話ししたように、そもそもわたしが童話を書こうと思い立ったのは遠く国から離れ、自分の子供からも離れている時でありましたが、それから少年のために物書くことの楽しみを知り、書いてみれば自分にも書けてうれしく思いました。そんなわけで、ひとり自分の子供らに話しかけるばかりでなく、広く世の幼い人たちにも、またその親たちにも読んでみてもらおうという心を持つようになったのです。

わたしはまだ皆さんに聞かせるようなお話をいくらも書いていません。長いこの世の旅の間には、皆さんにお話ししたいと思うかずかずの思い出があります。わたしはそういうお話を皆さんにするつもりで、今度あらたに一冊の小さな本を作ろうと思い立ちました。それがこの『力餅』です。

力餅とはなんでしょう。

わたしがこんなことを言い出さなくても、皆さんは学校の先生に連れられながら修学旅行に行って、どこかで力餅を食べたことがありましょう。力餅というものは大福に製して売るところもありますが、多くはあんころに造って、峠なぞを越す人の助けとします。わたしの生まれたところは信州木曾のような深い山の中ですから、東京へ出るにはどうしても峠を越さねばなりません。そのわたしが兄たちに連れられて東京へ修業に出たのは十歳の少年のころでしたが、中仙道にはまだ汽車のない時分で、子供の足にも峠を三つも四つも越したことを覚えています。ばばがなくなりましたおりにも、葬式のため郷里へ帰りまして、その帰り道に和田峠というところを歩いて越し、下諏訪のほうへ出たこともありました。あの峠は五里もあって、遠く山と山との間にひらけた空のかなたには浅間のけむりのなびくのを望むようなところです。あの山坂を越すのはなかなかほねがおれますから、旅人はいずれも峠の上の休み茶屋に足を休めて行きます。それからずっと後になって、今度は自動車で和田峠を越したこともありましたが、あの峠の上まで行くと、西餅屋というのが一軒残って、そこで昔ながらの力餅を売っていました。

わたしたち一生の旅の間には、いくつかの峠も待っています。あんまりおなかがすいていては、けわしい道のよじのぼれるものでもありません。いささかの力餅が、そういう時のわたしたちを力づけてくれます。まあ、この小さな本は、わたしが皆さんのために用意した力餅で、ほんのこころざしばかりの贈り物なのです。

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