一〇
林太郎はしろ公をつれ、土浦へむかって歩きだしました。左手は、松林や雑木林がつづいています。そこには、ひぐらし、みんみん、あぶらぜみなどがにぎやかにないています。右手は青々としたたんぼで、風がわたるたびに青い波がながれます。たんぼのむこうは霞ガ浦で、それは、いかにも夏の湖らしくきらきらと光っています。
林太郎は、生まれてはじめて歩く道ですが、そういう景色をながめながら歩いていると、そんなにさびしいとも感じませんでした。それに、土浦へいきさえすれば、おっかさんにあえると信じてもいるので。
ただ林太郎にとって少し困ったことは、しろ公をおともにつれてきたのに、しろ公はおともらしく神妙にしてついてこないことでした。しろ公もはじめて歩く道なので、いつものように横道へそれたり、見えなくなるほど先の方へ走っていったりはしませんが、道ばたにたっていつまでもくんくん、鼻をならしていたり、電信柱があるごとに、その根元へおしっこをかけたり、ほかの犬の姿をみつけると遠くからにらめていたり、ちっともおちついていないのです。林太郎は、
「しろ公、ばか。」
「しろ公、げんこつくわせるぞ。」
「しろ公、おとなしく歩かねえと、おっかさんのとこへつれてってやらねえぞ。」
などと、しょっちゅうどなりつけながら歩いていました。
そのうちに、きらきら光っていた霞ガ浦がだんだんうすむらさきに煙ってきました。丘の上でなきしきっていたせみの声もいつしかしずまり、かなかなのこえだけ、小さなかねをたたくように聞えて、あたりは夕もやにつつまれてきました。気がついてみると、あんなにさわぎまわっていたしろ公も、林太郎の足元にすりつくようにして、とぼとぼと歩いています。
林太郎はきゅうに心細くなりました。
「もう、どのくらい歩いたろうな。土浦はまだかしら。」
そう思ってゆくてをみると、白い道が夕もやの中へきえて、その先の空には二つ三つ、黄ろい星が光りだしているばかり。ときどきすれちがう人もなんだか気味が悪く、うしろからだしぬけに自転車が走りぬけたりすると林太郎はぎょっとしました。そこで林太郎は、こんどはやさしい声でしろ公へ話しかけました。
「しろ公、くたびれたかい。」
「しろ公、おなかがすいたかい。」
「しろ公、おっかさんのとこへいったら、うんとうまいものをくわしてやるよ。」