Chapter 1 of 3

堪忍といふ事

9・1苦楽

むかし、ある物識りが、明盲の男を戒めて、すべて広い世間の交際は、自分の一量見をがむしやらに立てようとしてはいけない、相身互ひの世の中だから、何事にも、

「堪忍」

の二字を忘れてはならぬと話したことがありました。すると、明盲の男は不思議さうに頭をかしげて、

「お言葉ですが、堪忍の二字とおつしやるのは何かの間違ひではございますまいか。

『かんにん』

と申すと、丁度四字になるやうで……」

と、自分の指を一つづつ四本折つて見せました。

物識りの男は、可笑しさに噴き出したくなるのを堪へて、

「いや、違ふ。堪忍とは、『たへしのぶ』と訓んで二字で出来てゐるのだ。」

と言つて、聞かせました。

すると、聞いてゐた男は指を折つて数をよみながら、一層腑に落ちなささうな顔をしました。

「たへしのぶ――なら、また一字殖えて五字になりましたが……」

相手が余りわからないことを言ふので、物識りの男はむつとしました。その気色を見てとつた明盲は、にやにや笑ひながら、

「ともかくも、堪忍は四五字と心得まして、その四五字を忘れぬやうに心掛けませう。いや、ありがたうございました。」

と、お辞儀を一つしました。

物識りは赫となりました。

「まだ四五字だと強情を張るのか。貴様のやうな馬鹿者はとても手におへん。狗と同じだ。いや、猫だ。蟷螂だ。もうこれからは一切構ひつけぬから、勝手にするがいい。」

火のやうに真赤な相手の顔を見上げて、一人は端然と控へたままで、

「どんなに悪口を吐かれようと、一向腹は立ちません。こちらは堪忍の四五字を心得てゐますからな。」

と、冷やかに言つたといふ話があります。

柳里恭といへば、聞えた遊び好きの拗ね者ですが、この人は京都から大阪へ遊びに来るのに、いつも夜船に乗つて淀川を下つて来ました。そして帰りにもきつと夜船を選ぶことにきめてゐました。ある人がその理由を訊くと、里恭は急に真面目な顔になつて、

「あれは堪忍の修業を重ねたいからぢや。」

と答へたさうです。

柳里恭が大阪の華やかな街でどんな遊びをしてゐたかは、大抵推察が出来ますが、そんな陽気な遊びをしながらも、往きかへりにはきつと夜船に乗つて、堪忍の修業をしてゐたのです。乗合ひの夜船といへば、膝を折り、脚を縮め、互ひに他人の脚を枕に押し合ひへし合ひ、折角睡らうとすればもしもしと呼び起され、少しとろとろしたと思ふと、頭を毛脛で跳ね飛ばされなどして、一寸の間も不自由な思ひをしないことはない。かうした混雑のなかでは、皆が互ひに堪忍してゆかなければ、とても治りがつくものではありません。その心掛を自分に体得したいと思つて、里恭はわざわざ窮屈な淀の夜船を選んで上り下りをしたものと思はれます。

アメリカの Marion Crawford は、子供の頃余り激しい癇癪持なので、それがため家族も苦しめば、自分自身も弱りぬいてゐました。兄弟の一人にどうかすると Marion のこの性質をなぐさみにして、何かの拍子に彼を突ついては怒らせてみようとするのがありました。その度に彼の気象は爆発しました。そして獣のやうに荒れ狂ひました。

「こんなことではいかん。何とかして直さなきや。」

一しきり嵐が過ぎ去つてしまふと、彼は子供心にもさう思つて悔みました。で、ああか、かうかと、いろいろ考へぬいた揚句、彼はえらい事を思ひつきました。それは普通の子供では、とてもやりきれないやうな方法でした。

ある日の事、彼の母がふだん滅多に出入りしない部屋に入つて往きますと、Marion は蝶番をはづした大きな窓の扉を自分の背に背負つて、顔をしかめながら部屋のうちをえつちらおつちら歩きまはつてゐました。

「まあ、この子といへば。」母親は思はず叫びました。「何をしておいでなんだえ。」

「癇癪を抑へてゐるのだい。」

子供はうんうん呻いて歩きながら答へました。額からは玉のやうな汗が流れてゐました。

「腹が立つて、腹が立つて、誰でも構はん人殺しがしたくなると、僕いつでもここへ来て、この戸を背負つて、三度部屋のなかをぐるぐる歩きすることにしてるんだよ。さうすると身体がくたびれて、やつと気が落ちつくんだよ。」

堪忍にもいろいろ方法があるものです。

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