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馬匹五十二頭
牛七頭
蒔付一町余
ソバ、馬鈴薯、大根、黍は霜害にて無し。
(二)
明治三十六年
五月廿六日、寛は王藏に送られて牧塲に着す。
同三十日には、寛は蕨を採りて喰料を補わんとして、草鞋はきにて藁叺を脊負い、手には小なる籠を持ち、籠に満る時は藁叺に入るる事とせり。然るに片山夫婦は予に告げて曰く、通例の和服にては、小虫を防ぐには足らず、迚も耐忍すべからずと。斯く示されたりしも、強て和服にて股引をはきて出掛けたり。然るに初めての事なるを以て、最も近き山に入り、蕨を採りたりしに、四囲より小虫の集る事は、恰も煙の内に在るが如くにして、面部頸手足等に附着して糠を撒布したるが如くにして、皮膚を見ざるに至れり。然れども甞て决する事ありて、如何なる塲合にも耐忍すべきとするを以て、強て一時間ばかりにして眼胞は腫れて、且つ諸所に出血する事あり。此痛みと出血するとは耐忍するも、如何せん払えども及ぶべからず。加之眼胞は腫れて視る事を妨げ、口鼻より小虫は入るありて、為めに呼吸は困難となり、耳内にも入りて耳鳴するのみならず、脳に感じて頭痛あるを忍ぶも、眩暈を起して卒倒せんとするを以て、無余儀小屋に向うて急ぎ逃げ去らんとするも、目くらみて急に走る事能わず。為めに小虫は身辺を囲みて離るる事無し。
漸く小屋に帰り、火辺にて煙の為に小虫の害を脱するを得たり。実に尚一時間も強て耐忍する時は、呼吸困難と、視る事能わざるに至らん乎。甞て聞く処あり、小虫の群集に害せられて危険に陥る事ありと。予は其実際に当て最も感ぜり。其以前に片山夫婦は予に示して曰く、面部は僅に眼を残して木綿にて包み、頸囲も密に巻き、手足に至る迄少しも隙無き様に働き着用の服類を用意して此れを用ゆる事と。丁寧に教えくれたるも、予は如何にも我慢をして小虫を忍ぶべしと強情を主張したるも、然れども実際に当ては迚も耐る事能わざるを以て、片山夫婦にわびして服従せり。依て片山夫婦に大に笑われたり。夫れよりは彼を着用する事とせり。其使用は面部は只眼を出すのみ、厚き木綿にて巻き二重とし、頸部も同じ薄藍色木綿の筒袖にて少しも隙無き様にして、且つ体と密着せしむ。腕にて筒袖口をくくり、隙無き様にして、脚には紋平とて義経袴の如くにて上は袴の如く下は股引の如きものを穿き、足袋をはき、足袋との隙をくくるに厚き木綿を用ゆるなり。肌と着類の間に少しにても隙ある時は、小虫は此れより刺すを以て、隙の無きに注意するなり。此の如く着用するの貌を自らは其全体を見る事能わざるも、傍人の有様を見て、其昔宇治橋上に立ちて戦たる一來法師もかくあらんかと思われたり。
かかる着用にて、炎熱の日に畑に出でたるには、炎熱と厚着の為めに全身は暑さを増すのみならず、汗出でて厚く着重ねたる木綿衣は汗にて流るるが如きに至るを以て、自ら臭気を発して、一種の不快を覚ゆると其苦さとにて、一日には僅に三四時間の労働に当るのみ。実に北海道の夏は、日中は最も炎熱甚しく、依て此厚着にて労働するが為めには実に労るる事多し。且つ畑の傍にて朽木を集めて焼て小虫を散ずるとせり。故に少しの休息間にも、火辺にありて尚炎熱に苦むなり。
予は初めは和服にて蕨採りに出でし際に、小虫を耐忍する事一時ばかりなるも、面部は一体に腫れ、殊に眼胞は腫れて、両眼を開く事能わず、手足も共に皮膚は腫脹と結痂とにて恰も頑癬の如し。為めに四五日は休息せり。且つ頭痛と眩暈とにて平臥せり。
小虫を防ぐの着類は揃いて、皮膚及び眼胞の腫れも※じたり。依て蕨採りとして出掛て、藁叺を脊負い、手には樹皮にて作りたる小籠を持ち、草鞋はきたり。然るに小虫は四囲より集り、只眼のみあきたるにより、為に眼囲に向て集るを以て、絶えず手にて払わざる時は尚多く集りて耐ゆべからず。依て手にて絶えず払いたり。然れども右手に籠を持ち、左手にて蕨を採るゆえに、小虫を払う時は蕨を採る事能わず。故に時々は籠を手より離して、地上に置く事あり。為めに蕨を採る事少きを以て、翌日より籠に紐をつけて頸にかけて出懸たり。依て都合よく片手に蕨を採り、片手にて絶えず小虫を払いたり。此れにて蕨は多く採りて、籠に満れば叺にうつして脊負たり。然れども後には叺を脊負い、前には籠をさげて、体には厚き木綿着類を重ねたるゆえに、総身の重きと且つ前後にぶらさげたるゆえに、慣れざる老体には実に苦き事多きも、日々勤めて四五町を隔てたる処にて採りたりしも、追々耐忍力も出来且つ慣れたるを以て多く採る事となれり。依て尚多く採らんとの希望を起し、八九町も隔りたる所に多くあるを知り、且つ片山ウタ谷利太郎は其近き畑にて仕事をするを以て、其処に出懸けたり。然るに蕨は多く採りて叺に入れたるに、僅に六七貫目たるも、予が老体には重きに耐えざるを以て、地上に叺を置き専ら蕨を採りたり。然るに蕨の多く採れるを喜びつつ、小虫を払うを怠れり。故に小虫は多く集りて恰も煙の内にあるが如くにて、予が一身の四囲を最も濃密に集りて、且つ眼も小虫の為めに塞り、十分に見る事能わざるを以て、小虫の此群集の内を脱せんとして、疾行して諸方に歩を転ずるも、其小虫の群集の内を脱する事能わず。尚眼は塞りて視る事不分明となり、置きたる叺を見出す事能わずして苦めり。尚如何にしても叺を見出す事能わざるを以て、無拠大声を発して遠き畑に在るの利太郎を呼びて、漸く蕨を入れたる叺を見出したる事あり。
此際は蕨のみならず、蓬も多く採りたり。其時直に用うる時は、黍と共に蓬を以て草餅として喰する時は、珍く味あるを何れも喜んで喰するによりて、大に経済上に於て益あり。予は別て草餅を好むを以て日々の喰料とせり。亦久しく貯えて長く用ゆるには、煮て干し上げて貯うる時は、何日も草餅を喰せんと欲する時に臨んで草餅と為す事を得るなり。亦蓬の少き地方に贈物として大に親睦を取るの事となるあり。当地の蓬は殊に大く且つ多く、採り易きを以て予は現今の喰料のみならず、貯うる事とも為し、或は諸方へ贈りものとして誇れり。此れ苦中の一楽なり。………当地にては、白米は都会の地に比すれば倍額たるを以て、未開地の新住居たる者は、殊に白米を喰するを減ずるを最も心懸るは最要方法たり。依ては年中絶えず第一には馬鈴薯を多く常喰する事にて、第二は諸種の豆類をも多く喰するを以て、馬鈴薯と豆類には足りて忌むべきを覚ゆるあり。其際に時々草餅を以て祝いの時や或は祭りの日など用ゆる時は、何れも大に喜んで喰するを以て、只都会の草餅の如く色と香とを以てするのみにては名のみなるも、喰料の助けとして多く蓬を用ゆる時は、味と共に喰料を助くる事最も多きなり。尚雪中に青物の乏しき時に此れを一同に喰せしむる時は、何れも大満足する者なり。実に僻地に於て隣家も遠くして平生他の人を見る事なく、亦語る事少く、他に心を慰むるもの無きにより、殊に傭人等は日々馬鈴薯と豆類のみを多く喰するを楽とするのみなるを以て、折には異る喰物を大に楽とするのみなり。実に未開地に於ける農家の喰料は、都会人士の知らざる処にして、其粗末なるも自然に慣れ、且つ労働多きに由りて消化機能も盛なるを以て、かかる喰料にても却て都下の人より健康を増加するのみならず、生出する処の児輩は却て健康と怜悧たるが如し。昔時に於ける山中鹿之介坂田公時も山家育ちなり。現世に於ては、高木兼寛三浦謹之助両氏の如き、最も深山の内にて粗食にて生長せるも、医門の大家たり。ああ自然たるや平均を怠らざるを感ぜり。
当地の蕨は太さ拇指の如く、長さ二尺以上たる物なれば、殊に味あり。故に珍とすべし。実に採りて直に木灰と熱湯とを以てアク出して喰するにも、或は其儘酢味噌或は醤油酢にて喰し、或は煮て喰する時は、最も味多し。亦此れを煮て干しあげて貯うる時は、何時にても湯でて水に一二日浸す時は、原形の如く太くなりて、味あり。此れも雪中には珍しく喰すべし。且つ大に喰料の助けとなるあり。或は貯え置き遠方に送りて大に珍重せらるる事あり。且当地にては、蕨と蓬とは多くして且つ太くて味あるを以て、日々採るも尽きざるなり。実に天の賜たるを覚えたり。昔時支那にて伯夷叔齊の高潔を真似るにあらずして、創業費の乏きを補わんが為めにして、実に都下及び便利の地に住して衣喰するの人として决して知るべからざる事にして、かかる卑吝を記するは或は耻ずるが如きも、然れども未開地に於て成効を方針とするに於ては、尚此れよりも衣喰に於ける幾多の困難に当るを以て、甘じて実行せざるべからず。予が此実際よりは更に困苦と粗喰とを取るは、未開地を開墾するの農家の本分たり。ああ創業の難いかな。
蕨蓬を採るの時は、樹皮の籠を用いたるも、然れども籠は歩行するにぶらぶらとして邪魔となり、或は小虫を払うにも不便なるを以て、更に木綿袋に換えたり。此れにて小虫を払うも手軽くなりて、大に便利となりて、蕨蓬を採るの量多きを喜びつつ、日々出でて採る事とせり。又小虫を払う事にも慣れて、成丈小虫の集らぬ様に避け、或は払うて、左手に蕨を握り、且つ小虫を払い、右手にて採る。左手に握り余る時は、袋に入れ、又袋に余りある時は叺に入れて、其重さ六七貫目以上に至る時は、其重さに耐うる事能わざるを以て帰るとするも、然れども小屋を離るる僅に六七丁なるも、然れども予が肩に負う事は旅行の際には二貫目ばかりの重きを以てするのみ。依て六七貫目以上の重量に至ては、強て耐忍する時は両肩は其重さにより圧されて、其疼みに耐る事能わざるを以て、其重さに困る事を知るも、蕨を採るの際には少しにても多く採らんと欲するに傾きて、知らず識らず多きに至れり。依て帰路は僅に六七丁なるも、然れども既に帰路に臨む時は、漸く十間以上を歩行する時は、重荷の為めに両肩疼み、強て忍ぶも呼吸は促迫し、尚忍ぶ時は涙と鼻汁とは多く流れ出で、両肩の疼み次第に増すを以て、両手を後にまわし叺の底を持ちあげて肩の重きを軽くするなり。然るに肩は軽くなるも両手に久く耐る事能わず。依て亦両手の労を休まんとして両手を前にする時は、直に叺を両方より結びたる藁縄に喉頭を押しめて呼吸絶なんとして痛みあり。依て亦両手にて藁縄を下方に引く時は、喉頭を押すは※ずるも尚肩の疼みは増加するのみならず、両肩は前後より圧迫せられたるを以て殆んど痲痺するが如きに至れり。全身も弱りて倒れんと欲し、耐忍する事能わずして草上に座して休息するに至れり。然るに休息するによりて全身は俄に安静なるに至れるが故に、小虫は此れにて四囲より群集して亦呼吸を妨げ、或は眼胞に向うて来りて払えども更に散るも亦来り尚群集を増加するによりて、此れにも耐忍する事能わずして、依て叺を脊負て袋を前にかけて歩行するも前の如く困苦にて、僅に三十間或は四十間ばかりにて休息するが故に、六七町なるの帰路は一時間余を経るに至れり。漸くにして小屋に帰りて直に横臥して言語する事も出来ざるに至れり。少時間は発熱するが如きを覚えて、精神も或は失するが如くにして休息す。少く眠るが如くにして、漸く本心に復したるを待って、或は湯を呑み薯を食するに其味の言うべからざるの美を覚えて、且つ元気つきて、夫れより採りたる蕨蓬を選びわけて煮るには半日を費す。故に午前には出でて採り、午後には煮て干しあげる事に当れり。依て日々に終日労するには予が老体には最も労苦たり。午後には火をたき湯をわかすには、炎熱中には随分大なる困苦たり。故に日中には労に当り自らも大なる困苦を覚ゆるも、少しも屈せずして実行するには、恰も地獄の苦みもかくやあらんと思うのみ。然れども予め决する事たるを以て、生活する間は耐忍するとせり。然るに夜に入り臥床に就く時は、熟眠して快き夢ありて、此れぞ極楽界たるを覚えたり。故に予は地獄と極楽とを一昼夜の間に於ける実地に於けるを感ぜり。依て自ら心に誇る処あり。ああ予は甞て徳島に在るの時に於て、七十歳を以て古稀と自ら唱えて、僅少なる養老費あるを以て安堵して孫輩の顔を眺めて楽みとし、衣食住の足れるを満足とする事に至るのみに止まりて、此牧塲を創起して意外の金員を消費しつつ、かかる困苦に当る事無くんば、かかる毎夜の極楽園裡の熟眠にて快楽ある夢をみる事もあらざるべき乎と熟考する時は、ああ予は大幸福と云うべき乎、或は大不幸と云うべきかと、自ら一種言うべからざるの感あり。然れども人たる者は生活間は苦んで国に対し亦世に対するが為めに労苦を実行するは此れ人たるの本分なりとする時は、或は不幸にはあらずして却て大幸福なりとすべく、予は大満足として、生活間に於て地獄と極楽との真味を最も能く知れるを以て大に誇る処也。