三
人類の始めはどんな状態であったか。とにかく生活しなければならないということが第一の条件であったのでありましょう。暑さ寒さを凌ぎ、雨露を凌ぐという事も大事な条件であったでありましょうが、何よりも大事なことは食物を得るという事であったに相違ありません。それには田畑に物を作るということもありますが、そんなことを考えつく前に木の実を食い獣を狩り魚を獲るということが先ず第一に為されたことでありましょう。アフリカや南米等に住む原住民の生活の状態を見れば、ほぼ想像がつきます。そういう風にして生活しなければならなかった時代は、花鳥を諷詠し風月を楽しむというような事は縁遠いものであったでありましょう。
衣食に営々としておるということは原始時代も今もなお変りがないとも言えましょう。現代の人も一握の米、一片の肉を得るためには血みどろの戦いを続けているとも言えるのであります。がしかしそれは考え様であります。現代の人間の生活は昔の人の生活とは違って、一方には営々として衣食を得るために働き、一方には花鳥風月と共に嬉遊しておる余裕を持つようになっておるのであります。それが天から与えられた人間の幸福な半面と言えない事もないと思うのであります。
人によると、花鳥諷詠は閑事業である、そんな事をしている暇があるならば、もっと他に為すべきことがある、苦しい人世を逃避しようとして徒らに易きに就くものである、もっと苦しまねばならぬ、若くして老人の真似をしてはならぬ、と言うものがありますが、それは一を知って二を知らぬ言であります。
花鳥諷詠ということは原始生活を離れて段々文明の進んで来るに従って、自然に生れ来った人間の余裕であります。この余裕があればこそ、人間の眉は常に苦渋の顰みを見せていないで済むのであります。
魚が泳いでいるのを見ればすぐこれを漁獲せん事を思い、鳥の飛んでおるのを見ればすぐ狩猟せんことを思い、また樹木があればそれを伐採せん事を思う人はあわれむべきであります。我らはそれらのものに依って衣食住の材を得る事は承知しておりますが、また同時にそれらに依って遊楽の天地を形造る事も知っております。ひとり汗ばかりを流すのが人間なのではありません。涼風を満喫するのもまた人間であります。花鳥と共におり、風月と共に居る、これが人間の一面の姿でもあります。
俳句というものは花鳥諷詠の文学であります。これは我国にひとり存在するところの特異な文学であります。花鳥諷詠の文学(詩)が存在しているということは、我が国民の誇りとすべきものであります。(『玉藻』、二七、八)