昭和二十五年
雪催ひせる庭ながら下り立ちぬ
一月二日 すゝむ、たけし、周平、寒月、真砂子、立子等。草庵。
死にし虻蘇らんとしつゝあり
大空の片隅にある冬日かな
一月四日 ホトトギス社員来。草庵。
美しき老刀自なりし被布艶に
一月十四日 吉屋信子母堂政子逝去。追悼。
下萌の大磐石をもたげたる
二月二十四日 句謡会。草庵。
乳いぢる癖の女や懐手
初蝶を見たといふまだ見ぬといふ
二月二十六日 二百二十日会。田中家。
一点の黄色は目白赤椿
二月二十六日 夜。横須賀玉藻会。浦賀ドック寮。
闘志尚存して春の風を見る
春風の心を人に頒たばや
三月十九日 喜寿祝賀同人会。丸ビル精養軒。
湯に入りて春の日余りありにけり
三月二十日 喜寿祝に参会せし同人続々来る。草庵。
大空にうかめる如き玉椿
三月二十三日 土筆会。草庵。
老大事春の風邪などひくまじく
三月二十四日 玉藻句会。大仏殿。
春雨の音滋き中今我あり
三月二十五日 四月九日に催さるゝ大阪俳句会兼題。
葉ごもりに引つかゝりつゝ椿落つ
三月二十六日 桃花、紅花来る。小諸行を約す。
鎌倉のそここゝに垣繕へる
春山をすこし上りて四つ目垣
三月三十日 草樹会。寿福寺。
花の戸に汽車より抛る菓子包
林なす潮の岬の崖椿
四月十日 八日立子と下阪。灘万泊り。十日年尾、立子等、数人と紀州に向ふ。途中串本に降り、潮の岬に遊び、串本の俳人と黒潮館にて句会。湯川温泉喜代門泊り。
年を経て再び那智の滝に来し
千尺の神杉の上滝かゝる
滝見駕青岸渡寺の玄関に
四月十一日 那智の滝に遊ぶ。宿前に同じ。
老の杖とばし転ぶも花の坂
本州製紙工場見物草臥の一日々々や花の旅
四月十二日 新宮に行き『熊野』三十周年記念俳句会に臨む。宿前に同じ。
温泉のとはにあふれて春尽きず
四月十三日 六時前天王寺著、汽車にて帰阪。灘万泊り。喜代門所見。
主亡し落花流るゝ門の川
四月十四日 京都下車、初子居に母堂を訪ふ。
障子今しまり春の灯ほとともり
四月十六日 鎌倉山、森田たま居小集。若杉殿下も在り。
病起乏しき春を惜みけり
四月二十六日 即事。
拝観の御苑雉子啼きどよもせり
蝶とんでお文庫よりの御使
春惜む命惜むに異らず
熊谷草を見せよと侍従に仰せありしとかにて拝観熊谷草を見せよと仰せありしとか
四月二十八日 吹上御苑拝観。三笠宮様御催し。御苑内、霜錦亭にて俳句会。両殿下、侍従三人、立子、虚子。皇后陛下もお出ましになり、選句台覧。
夜半に起き句を書き留めて春惜む
五月一日 喜寿祝賀句謡会。鎌倉、華正楼。
古家のキヽキヽと鳴るにや籐椅子鳴るにや
五月三日 桑名、「砧」会員来る。草庵。
子にかまけ末女最も夏痩せぬ
五月二十日 大仏会。長谷大仏殿にて。
さま/″\の籐椅子あり皆掛けて見し
五月二十一日 鉄線花会。鵠沼、橋本邸。
竹の皮日蔭日向と落ちにけり
五月二十四日 大崎会。鎌倉、英勝寺。
雨戸開け夏木の香り面テ打ち
五月三十日 新潟句謡会。かき正。二十九日新潟行。篠田旅館に泊る。真砂子、立子同行。杞陽も亦来る。
能舞台地裏に夏の山入り来
五月三十一日 佐渡に遊ぶ。加茂湖畔、本間舞台泊り。
或時は江口の月のさしわたり
六月一日 佐渡、潟上、本間舞台滞在。此日新潟、篠田旅館に帰る。
はら/\と浜豌豆に雨来る
六月一日 新潟玉藻会。新潟護国神社。
若葉照り或は曇り時化模様
六月二日 「小さん」にて昼食。庫太郎邸にて句謡会。晩餐。篠田旅館所見。
五月晦六月朔のことなりし
六月四日 三日帰宅。本間友英に一句を贈る。
庭もせに椿圧して椎茂る
六月八日 観世俳句会員、たけしと共に来る。句会終りて、観世地にて「熊野」。
朝顔や政治のことはわからざる
六月十日 句謡会。草庵。
蝸牛の移り行く間の一仕事
白き猫今あらはれぬ青芒
六月二十日 大崎会。英勝寺。
縁に腰して夏山に対しけり
夏山のすぐそこにある軒端かな
六月二十六日 草樹会。大仏殿。
僧俗のまじりくつろぐ浴衣かな
六月二十八日 成田新勝寺。
風車夕日に燃えてまはりをり
六月三十日 吉右衛門招宴に列して後、海上保安庁にて句会。立子に従ひて行く。
わが庭の小緑蔭といふところ
七月十四日 句謡会。草庵。
炎天にそよぎをる彼の一樹かな
七月十八日 吉右衛門、千代、正子、清元梅吉、なつ子、徳穂、外に我家族の者と華正楼にて。
諸子会す主の昼寐まだ覚めず
七月二十二日 京都春菜会、東京新人会合同俳句会。第一回。草庵。
暑き日々敢て集ひし甲斐ありしや
七月二十四日 同、第三回。草庵。
待ちたりし赤朝顔の今朝咲きし
鎌倉の山に響きて花火かな
朝花火海水浴の人出かな
七月三十日 名古屋、鳴海連中来。草庵。
鎌倉や牡丹の根に蟹遊ぶ
箱庭の翌日の早人傾ぎ
七月三十一日 偶会。
我起居今朝顔に汝は如何に
八月十八日 岩木躑躅に送る。
朝顔の花に朝寝のあるじかな
八月二十六日 実花居。
萩一つ咲きそめ露の置きそめし
八月二十八日 家鴨会。草庵。
これよりは鹿と猿とを弟子と為し
九月六日 九月十六日、句一歩鹿野山神野寺晋山式。句一歩に贈る。
秋風の一刷したる草木かな
九月九日 句謡会。草庵。
天高し蔓の先皆よるべなき
九月十四日 いぬゐ、雷鳥来。
秋晴や客も主も庭歩き
見る人に少しそよぎて萩の花
九月十七日 牧水、丹井等来る。
虫すだく中に寝て我寝釈迦かな
古家に釘打つ音の野分かな
桔梗のしまひの花を剪りて挿す
我袖も木の葉もそよぎ秋の風
九月二十四日 玉藻会。英勝寺。
月よしと木々の梢の夕茜
月の庭ふだん気附かぬもの見えて
はら/\と月の雫と覚えたり
九月二十五日 草樹会、鶏頭会合併。長谷大仏殿。
老眼をしばだゝきけり秋の晴
九月二十六日 大崎会。英勝寺。
白芙蓉の白きより白きは無し
九月二十七日 土筆会。草庵。
秋風に庭の大木我隠れ
この落葉どこ迄まろび行くやらん
九月三十日 五月雨会。北鎌倉、好々亭。
白芙蓉松の雫を受けよごれ
老いて尚芸人気質秋袷
十月五日 新潟連中来り、句謡会。
菊の縄あら/\しくも縛られし
十月十三日 艶寿会、第二回。
水車場へ道は平らや草紅葉
十月十九日 昨夜、小諸蔦屋泊り。
粧へる浅間連山町の上
十月二十日 滞在。午後帰鎌。
朝寒の人各々の職につく
十月二十四日 大崎会。英勝寺。
今日寒し昨日暑しと住み憂かり
十月二十五日 土筆会。草庵。
御仏と相合傘の時雨かな
十月二十五日 野本永久の句集序句。
山雀のをぢさんが読む古雑誌
十月二十六日 物芽会。角正。
彼一語我一語秋深みかも
十月二十八日 八幡文墨祭。
掃き出す萩と芒の間の塵
十月三十日 玉藻会。寿福寺。
傍らに人無き如く初笑
十一月十日 『週刊朝日』に。
探しものして片づけて冬籠
十一月十二日 即事。
羽子をつく手をとめて道教へくれ
初凪の浜に来玉を拾はんと
初凪や磯馴松皆うちかしぎ
『みゆき』五十号に達すとか冬日今松の上にあり頬にあり
十一月十四日 新聞雑誌に句を徴されて。
倒れ菊起しもせずに掃かれけり
十一月十六日 句謡会。草庵。
末枯の歩むにつれて小径現れ
母姉と謡ひ伝へて手毬唄
十一月二十四日 新聞雑誌に句を徴されて。
此頃の吉原知らず酉の市
十一月二十五日 物芽会。角正。
秋風や白文唐詩選を読む
冬ざれや石に腰かけ我孤独
十一月二十七日 草樹会。大仏殿。
干鯊を食積の昆布巻にせん
十一月二十七日 禅寺洞自ら川にて釣りたりといふ干鯊を送り来る。
首巻をして濃紅葉に染まるまゝ
十一月二十八日 大崎会。英勝寺。
石に腰即ち時雨れ来りけり
十一月三十日 七宝会。草庵。
掃初や白手拭に赤襷
元日に田毎思ひし古人はも
十二月十日 諸方より新年の句を徴されて。
大勢の子育て来し雑煮かな
舌少し曲り目出度し老の春
今年子規五十年忌や老の春
其他の事皆目知らず老の春
両の手に玉と石とや老の春
十二月十三日 同。
慇懃にいと古風なる礼者かな
去年今年貫く棒の如きもの
この女此の時艶に屠蘇の酔
円き顔瓜実顔や松の内
見栄も無く誇も無くて老の春
十二月二十日 新年放送。
世の様の手に取る如く炬燵の間
十二月二十一日 土筆会。草庵。
蓄へは軒下にある炭二俵
十二月二十二日 大崎会。英勝寺。
熱燗に泣きをる上戸ほつておけ
熱燗にあぐらをかいて女居士
熱燗の女にしても見まほしき
十二月二十三日 物芽会。角正。
霜の菊讃へて未だ剪らずをり
十二月二十四日 玉藻会。光明寺。
おでんやの娘愚かに美しき
門松を立てゝいよ/\淋しき町
十二月二十七日 草樹会。大仏殿。
ストーヴの小さき煙突小書斎
十二月三十日 七宝会。草庵。
●図書カード