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「やあ、似ている。似ている」
はっとはじめて気づいた。
「いいえ、菊ちゃんにはかないません」私は固くなって、へんな応えかたをした。ひどくりきんでいたのである。馬場はかるく狼狽の様子で、
「くらべたりするもんじゃないよ」と言って笑ったが、すぐにけわしく眉をひそめ、「いや、ものごとはなんでも比較してはいけないんだ。比較根性の愚劣」と自分へ説き聞かせるようにゆっくり呟きながら、ぶらぶら歩きだした。あくる朝、私たちはかえりの自動車のなかで、黙っていた。一口でも、ものを言えば殴り合いになりそうな気まずさ。自動車が浅草の雑沓のなかにまぎれこみ、私たちもただの人の気楽さをようやく感じて来たころ、馬場はまじめに呟いた。
「ゆうべ女のひとがねえ、僕にこういって教えたものだ。あたしたちだって、はたから見るほど楽じゃないんだよ」
私は、つとめて大袈裟に噴きだして見せた。馬場はいつになくはればれと微笑み、私の肩をぽんと叩いて、
「日本で一番よいまちだ。みんな胸を張って生きているよ。恥じていない。おどろいたなあ。一日一日をいっぱいに生きている」
それ以後、私は馬場へ肉親のように馴れて甘えて、生れてはじめて友だちを得たような気さえしていた。友を得たと思ったとたんに私は恋の相手をうしなった。それが、口に出して言われないような、われながらみっともない形で女のひとに逃げられたものであるから、私は少し評判になり、とうとう、佐野次郎というくだらない名前までつけられた。いまだからこそ、こんなふうになんでもない口調で語れるのであるが、当時は、笑い話どころではなく、私は死のうと思っていた。幻燈のまちの病気もなおらず、いつ不具者になるかわからぬ状態であったし、ひとはなぜ生きていなければいけないのか、そのわけが私には呑みこめなかった。ほどなく暑中休暇にはいり、東京から二百里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家にかえって、一日一日、庭の栗の木のしたで籐椅子にねそべり、煙草を七十本ずつ吸ってぼんやりくらしていた。馬場が手紙を寄こした。
拝啓。
死ぬことだけは、待って呉れないか。僕のために。君が自殺をしたなら、僕は、ああ僕へのいやがらせだな、とひそかに自惚れる。それでよかったら、死にたまえ。僕もまた、かつては、いや、いまもなお、生きることに不熱心である。けれども僕は自殺をしない。誰かに自惚れられるのが、いやなんだ。病気と災難とを待っている。けれどもいまのところ、僕の病気は歯痛と痔である。死にそうもない。災難もなかなか来ない。僕の部屋の窓を夜どおし明けはなして盗賊の来襲を待ち、ひとつ彼に殺させてやろうと思っているのであるが、窓からこっそり忍びこむ者は、蛾と羽蟻とかぶとむし、それから百万の蚊軍。(君曰く、ああ僕とそっくりだ!)君、一緒に本を出さないか。僕は、本でも出して借金を全部かえしてしまって、それから三日三晩くらいぶっつづけにこんこんと眠りたいのだ。借金とは宙ぶらりんな僕の肉体だ。僕の胸には借金の穴が黒くぽかんとあいている。本を出したおかげでこの満たされぬ空洞がいよいよ深くなるかも知れないが、そのときにはまたそれでよし。とにかく僕は、僕自身にうまくひっこみをつけたいのだ。本の名は、海賊。具体的なことがらについては、君と相談のうえできめるつもりであるが、僕のプランとしては、輸出むきの雑誌にしたい。相手はフランスがよかろう。君はたしかにずば抜けて語学ができる様子だから、僕たちの書いた原稿をフランス語に直しておくれ。アンドレ・ジッドに一冊送って批評をもらおう。ああ、ヴァレリイと直接に論争できるぞ。あの眠たそうなプルウストをひとつうろたえさせてやろうじゃないか。(君曰く、残念、プルウストはもう死にました。)コクトオはまだ生きているよ。君、ラディゲが生きていたらねえ。デコブラ先生にも送ってやってよろこばせてやるか、可哀そうに。
こんな空想はたのしくないか。しかも実現はさほど困難でない。(書きしだい、文字が乾く。手紙文という特異な文体。叙述でもなし、会話でもなし、描写でもなし、どうも不思議な、それでいてちゃんと独立している無気味な文体。いや、ばかなことを言った。)ゆうべ徹夜で計算したところに依ると、三百円で、素晴らしい本が出来る。それくらいなら、僕ひとりでも、どうにかできそうである。君は詩を書いてポオル・フォオルに読ませたらよい。僕はいま海賊の歌という四楽章からなる交響曲を考えている。できあがったら、この雑誌に発表し、どうにかしてラヴェルを狼狽させてやろうと思っている。くりかえして言うが、実現は困難でない。金さえあれば、できる。実現不可能の理由としては、何があるか。君もはなやかな空想でせいぜい胸をふくらませて置いたほうがよい。どうだ。(手紙というものは、なぜおしまいに健康を祈らなければいけないのか。頭はわるし、文章はまずく、話術が下手くそでも、手紙だけは巧い男という怪談がこの世の中にある。)ところで僕は、手紙上手であるか。それとも手紙下手であるか。さよなら。
これは別なことだが、いまちょっと胸に浮んだから書いておく。古い質問、「知ることは幸福であるか」
佐野次郎左衛門様馬場数馬。
二 海賊
ナポリを見てから死ね!
Pirate という言葉は、著作物の剽窃者を指していうときにも使用されるようだが、それでもかまわないか、と私が言ったら、馬場は即座に、いよいよ面白いと答えた。Le Pirate, ――雑誌の名はまずきまった。マラルメやヴェルレエヌの関係していた La Basoche, ヴェルハアレン一派の La Jeune Belgique, そのほか La Semaine, Le Type. いずれも異国の芸苑に咲いた真紅の薔薇。むかしの若き芸術家たちが世界に呼びかけた機関雑誌。ああ、われらもまた。暑中休暇がすんであたふたと上京したら、馬場の海賊熱はいよいよあがっていて、やがて私にもそのまま感染し、ふたり寄ると触ると Le Pirate についての、はなやかな空想を、いやいや、具体的なプランについて語り合ったのである。春と夏と秋と冬と一年に四回ずつ発行のこと。菊倍判六十頁。全部アート紙。クラブ員は海賊のユニフォオムを一着すること。胸には必ず季節の花を。クラブ員相互の合言葉。――一切誓うな。幸福とは? 審判する勿れ。ナポリを見てから死ね! 等々。仲間はかならず二十代の美青年たるべきこと。一芸に於いて秀抜の技倆を有すること。The Yellow Book の故智にならい、ビアズレイに匹敵する天才画家を見つけ、これにどんどん挿画をかかせる。国際文化振興会なぞをたよらずに異国へわれらの芸術をわれらの手で知らせてやろう。資金として馬場が二百円、私が百円、そのうえほかの仲間たちから二百円ほど出させる予定である。仲間、――馬場が彼の親類筋にあたる佐竹六郎という東京美術学校の生徒をまず私に紹介して呉れる段取りとなった。その日、私は馬場との約束どおり、午後の四時頃、上野公園の菊ちゃんの甘酒屋を訪れたのであるが、馬場は紺飛白の単衣に小倉の袴という維新風俗で赤毛氈の縁台に腰かけて私を待っていた。馬場の足もとに、真赤な麻の葉模様の帯をしめ白い花の簪をつけた菊ちゃんが、お給仕の塗盆を持って丸く蹲って馬場の顔をふり仰いだまま、みじろぎもせずじっとしていた。馬場の蒼黒い顔には弱い西日がぽっと明るくさしていて、夕靄がもやもや烟ってふたりのからだのまわりを包み、なんだかおかしな、狐狸のにおいのする風景であった。私が近づいていって、やあ、と馬場に声をかけたら、菊ちゃんが、あ、と小さく叫んで飛びあがり、ふりむいて私に白い歯を見せて挨拶したが、みるみる豊かな頬をあかくした。私も少しどぎまぎして、わるかったかな? と思わず口を滑らせたら、菊ちゃんは一瞬はっと表情をかえて妙にまじめな眼つきで私の顔を見つめたかと思うと、くるっと私に背をむけお盆で顔をかくすようにして店の奥へ駈けこんでいったものだ。なんのことはない、あやつり人形の所作でも見ているような心地がした。私はいぶかしく思いながらその後姿をそれとなく見送り縁台に腰をおろすと、馬場はにやにやうす笑いして言いだした。
「信じ切る。そんな姿はやっぱり好いな。あいつがねえ」白馬驕不行の碾茶の茶碗は流石にてれくさい故をもってか、とうのむかしに廃止されて、いまは普通のお客と同じに店の青磁の茶碗。番茶を一口すすって、「僕のこの不精髭を見て、幾日くらいたてばそんなに伸びるの? と聞くから、二日くらいでこんなになってしまうのだよ。ほら、じっとして見ていなさい。鬚がそよそよと伸びるのが肉眼でも判るほどだから、と真顔で教えたら、だまってしゃがんで僕の顎を皿のようなおおきい眼でじっと見つめるじゃないか。おどろいたね。君、無智ゆえに信じるのか、それとも利発ゆえに信じるのか。ひとつ、信じるという題目で小説でも書こうかなあ。AがBを信じている。そこへCやDやEやFやGやHやそのほかたくさんの人物がつぎつぎに出て来て、手を変え品を変え、さまざまにBを中傷する。――それから、――AはやっぱりBを信じている。疑わない。てんから疑わない。安心している。Aは女、Bは男、つまらない小説だね。ははん」へんにはしゃいでいた。私は、彼の言葉をそのままに聞いているだけで彼の胸のうちをべつだん何も忖度してはいないのだというところをすぐにも見せなければいけないと思ったから、
「その小説は面白そうですね。書いてみたら?」
できるだけ余念なさそうな口調で言って、前方の西郷隆盛の銅像をぼんやり眺めた。馬場は助かったようであった。いつもの不機嫌そうな表情を、円滑に、取り戻すことができたのである。
「ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?」
「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」
「こんな怪談はどうだ」馬場は下唇をちろと舐めた。「知性の極というものは、たしかにある。身の毛もよだつ無間奈落だ。こいつをちらとでも覗いたら最後、ひとは一こともものを言えなくなる。筆を執っても原稿用紙の隅に自分の似顔画を落書したりなどするだけで、一字も書けない。それでいて、そのひとは世にも恐ろしい或るひとつの小説をこっそり企てる。企てた、とたんに、世界じゅうの小説がにわかに退屈でしらじらしくなって来るのだ。それはほんとうに、おそろしい小説だ。たとえば、帽子をあみだにかぶっても気になるし、まぶかにかぶっても落ちつかないし、ひと思いに脱いでみてもいよいよ変だという場合、ひとはどこで位置の定着を得るかというような自意識過剰の統一の問題などに対しても、この小説は碁盤のうえに置かれた碁石のような涼しい解決を与えている。涼しい解決? そうじゃない。無風。カットグラス。白骨。そんな工合いの冴え冴えした解決だ。いや、そうじゃない。どんな形容詞もない、ただの、『解決』だ。そんな小説はたしかにある。けれども人は、ひとたびこの小説を企てたその日から、みるみる痩せおとろえ、はては発狂するか自殺するか、もしくは唖者になってしまうのだ。君、ラディゲは自殺したんだってね。コクトオは気がちがいそうになって日がな一日オピアムばかりやってるそうだし、ヴァレリイは十年間、唖者になった。このたったひとつの小説をめぐって、日本なんかでも一時ずいぶん悲惨な犠牲者が出たものだ。現に、君、――」
「おい、おい」という嗄れた呼び声が馬場の物語の邪魔をした。ぎょっとして振りむくと、馬場の右脇にコバルト色の学生服を着た背のきわめてひくい若い男がひっそり立っていた。
「おそいぞ」馬場は怒っているような口調で言った。「おい、この帝大生が佐野次郎左衛門さ。こいつは佐竹六郎だ。れいの画かきさ」
佐竹と私とは苦笑しながら軽く目礼を交した。佐竹の顔は肌理も毛穴も全然ないてかてかに磨きあげられた乳白色の能面の感じであった。瞳の焦点がさだかでなく、硝子製の眼玉のようで、鼻は象牙細工のように冷く、鼻筋が剣のようにするどかった。眉は柳の葉のように細長く、うすい唇は苺のように赤かった。そんなに絢爛たる面貌にくらべて、四肢の貧しさは、これまた驚くべきほどであった。身長五尺に満たないくらい、痩せた小さい両の掌は蜥蜴のそれを思い出させた。佐竹は立ったまま、老人のように生気のない声でぼそぼそ私に話しかけたのである。