Chapter 1 of 1

Chapter 1

某夜、某運転手が護国寺の墓地を通っていると、白い小犬を抱いた女が来て車を停めた。そこで運転手は女の云うままに逢初橋まで往くと、女が、

「ちょっと待っててね」

と云って、犬を抱いたままおりて、傍の立派な門構の家へ入って往ったが、一時間近くなって出て来ないので、運転手はしかたなしにその家へ往った。すると一人の老婦人が出て、

「私の家には、女の子はいないのですが」

と云った。運転手はそれまでは乗り逃げをせられたのかと思いながら、やるともなしに土間へ眼をやった。土間には彼女の抱いていた小犬がちょこなんと坐っていた。

「この犬を抱いて来た方ですよ」

すると老婦人の顔色が変った。

「この犬を、この犬ですって」

そこで運転手は一とおりその女の容貌を話した。みるみる老婦人の眼に涙が湧いた。

「それでは、やっぱり家の娘でございますよ、明日が一周忌になりますから、それで帰って来たものですよ」

老婦人はそれから土間へおりてその小犬を抱きあげた。

●図書カード

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