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三人法師
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三人法師
谷崎潤一郎
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 3 of 4

中

都の方だったら大方お聞きになったことがあるでしょう、わたしの名は三条の荒五郎と云って、九つの年に盗みを始め、十三の年に人を斬り始め、その上までに三百八十餘人の人を斬りましたので、夜討強盗を身についた能と心得ていましたが、宿執因果の積り積ったせいでしょうか、今お話のあった年の、何でも十月頃からでしたか、盗みをしても一向にうまい仕事がなく、山賊をしても獲物がなく、今度こそはと思ってかゝっても見込みが外れることばかり。そのためにたいへん難渋しまして、朝夕のけぶりも立てかね、妻子の者もみじめなざまになりましたので、自然面白くないものですから、十一月頃からふっゝり家に寄りつかず、此処や彼処のお堂の庇、社の拝殿の床下などに夜を明かしては日を送っていたのでした。そうするうちに、或る晩のこと、あまり久しくなりましたから、さすがに家が案ぜられて帰って来てみますと、妻なる女が袂をとらえてさめ/″\と泣きながら云いますのに、そなたは何と云う恨めしい人だ、つれない人だ、夫婦の仲がうまく行かないのは世にありがちのことだから、そうならそうで私もあきらめようがある、もう縁がつき、心が変ったと云うのだったら、なんと慕い悲しんだところで無駄でしょうから、どうぞ直ぐにも暇をください、こうして女の身一つで捨てゝおかれてはとても佗びしくてたまりませんし、それに、正月も近くなるのに、幼い者どもを何とか扶持してやらなければなりません、そなたは所領があるのでもなければ、あきないも、農作もなさらず、たゞ一圓に人の物を取っていらしったのが、今はそれさえも叶わなくなったのに、子供の行末も考えては下さらず、家を外にしていらっしゃると云うのは、きっと私が厭になったからなのでしょう、それも仕方がありませんけれども、子供の渇え死ぬのをほうって置く法がありましょうか、此の二三日は家じゅうの重宝も盡きてしまい、あの幼い者どもがひもじいと云って泣くのを見ては、どんなに辛い悲しい思いをすることかと、さま/″\に掻き口説きますので、いや、私だって御前たちを疎んじるのではないが、前世の因果が報いて来たのか、今度こそはと見込みをつけて懸かる仕事がみんな外れてしまうものだから、何がな目ぼしい獲物はないかと此のあいだじゅうから外を漁って歩いたゝめに、つい家を留守にしてしまったのだ、それでもお前たちの顔を見たいと思えばこそこうして戻って来たではないか、何もやきもきすることはない、安心して待っているがよい、きょうあすにも必ず吉左右を聞かしてやるからと、そう云って妻をなだめて、心のうちでは、今宵はどんなことがあっても逃すものかと覚悟をきめながら、日の暮れるのを待っていました。すると、やがて寺々の鐘が鳴り、たそがれごろになりましたので、いつもの車と太刀を持って出て、とある古い築地のかげに身をひそめ、いかなる張良韓信が来ようともたゞ一と討ちと手に汗を握ってうかゞっていますと、程なくそこへ塵取(註、屋根のなき輿の一種也)が一梃通りかゝって、若い者たちが、がや/\しゃべりながら来ましたけれども、そんなものは仕様がないのでやり過しました。それから又暫くたって一丁ばかり上の方から、何とも云えない香が熏じて来ましたので、さあ、今度こそは餘程の人が来ると見える、我が身の運も盡きないのだと思って、その時の嬉しさと云ったら、ぞく/\しながら待ち構えていましたら、それがあたりもかゞやく程の上の、きら/\しい衣をさや/\と鳴らして通るのではありませんか。召使いの女を二人つれて、一人を先に立て、一人を後に、上刺袋を持たせて、私のいるのを見ないようにして通り過ぎようとなさるのを、わざとやり過しておいてから跡を追いかけますと、前に立っていた女房はあれと云ったなり忽ち姿が見えなくなり、後にいたのも袋を捨てゝ、助けてくれと云うより早く逃げ失せてしまいましたけれども、その上は別に騒がれるけしきもなく、声もたてずにいらっしゃるので、太刀をはきそばめて詰め寄って行き、なさけ容赦もなく衣裳を剥ぎ取って、しまいに肌小袖を取ろうとしました時でした。まあ、なんとする、肌小袖ばかりは女の耻だから許して下さい、その代り此れを上げますからと仰っしゃって、おん守りを取って投げ出されましたが、無道の者の悲しさには、なか/\それを聴き入れようとも思いませなんだ。いゝえ、これだけでは叶いませぬ、是非ともおん肌小袖を戴かせて下さいまし、と、そう云いますと、肌着を脱がされては生きていられぬ、そのくらいならいっそ命を取ってほしいと云う仰せに、よろしゅうございます、それこそ望むところですとお答え申して、たゞ一刀に刺し殺して、血を附けてはなりませんから慌てゝ小袖を剥ぎ取りました。それからほっと一と息して、さっき召使いが捨てゝ行った袋を拾って、やれ/\、これだけあったら女子供も嘸かしよろこぶことだろうと独りごとを云いながら、急いで我が家へ立ち帰って表の戸をたゝきますと、こんなに早く戻って来たのは今夜も仕事がなかったんですかと、中から妻が叱言を云いますので、なんでもよいから戸を開けろと申して袋を内へ投げ込んでやりましたら、おや、いつの間に稼いだんですと云い/\、袋の口をあけるのももどかしく連鎖の組緒を引きちぎったところが、それは/\おびたゞしい異香が熏じて、出て来たのは十二単衣の御装束なのです。こうかりょくようのおん衣、くれないの袴、その一つ/\に満ち/\ている匂いと云うものは、小路を行く人もあやしんで立ち止り、隣りあたりの家までも花のようにかおったくらいで、女子供の喜びかたと云ったら、申すまでもありません。妻は勿体なくも、おん肌着などゝ云うものを見るのは生れてこのかた始めてゞすから、これほどの装束を召していらっしゃる方だったら、年もお若かったでしょう、いくつぐらいに見えましたかと尋ねますので、やはり女は女同士、私のような者の妻でもやさしい心根はあるものよと思って、夜目に見たのだからはっきりしないが、よもやまだ二十二三にはおなりになるまい、十八九ぐらいな方だったと申しますと、きっとそうですねと云ったなり物をも云わず飛び出して行くのです。何の用事で出かけたのかしら、と、そう思っていましたら、程へて帰って来まして、まあ、呆れた、そなたは大名の気でいるのですか、とても罪を作る程なら少しでも得のあるようにと心がけて下さればよいものを、わたしは現在屍骸の傍へ行って髪を切り取って来たのです、こんなにふさ/\しているから鬘(註、こゝに云う鬘は髢のこと)にひねったらどんなに見事になるでしょう、常日頃から髪がうすくって困っていましたのに、ほんとうによいものが手に入りました、小袖どころではありませんと云って、茶碗に湯をうめてその髪に振りそゝぎ、竿にかけて乾したりして、踊り跳ねてうれしがるのでした。私はその女の有様をつく/″\と見るにつけ、あゝ、浅ましい、前世に佛法の結縁があればこそ人とも生れたのだろうが、たま/\人間を受けた時に佛の道を修行して善人とまではならなくとも、せめて世の中の情をでも知っていることか、こんな大悪人になって、夜晝思うことは人を殺し物を盗むたくみより外にはなく、ついには因果が廻って来て無間地獄へ堕ちるのは分っているのに、悪業を作っては露の命をつなぎ、夢を夢とも知らないと云うのは我が身ながらあいそが盡きる。そればかりでなく、妻なる女の心の中の無慈悲なことはどうであろう、こう云う女と枕を並べて契っていたかと思えば返す/″\も口惜しい、どれほど恐ろしい女の料簡かと気がつきましたら、あゝ、飛んだことをしてしまった、何しにあの上を殺したのか、お痛わしいことをしたものだと、消えも入りたい心地でしたが、いや/\、たゞ歎いている場合ではない、これを菩提の善知識として髻を切り、あの上のおん跡を弔おう、そして我が身の菩提をも願おうと、急に決心がつきましたので、その夜のうちに一条北小路へ行きまして玄惠法印の御弟子になり、名を玄竹と附けていたゞいて、間もなく此の御山へ上ったと云う訳なのです。

―――さあ、一分始終は只今申し上げた通りですが、その僧ははんかいの方を向いて、さぞ無念に思し召すでしょう、いかようにも愚僧を殺して下さいまし、身をずた/\に斬って下すっても更にお恨みとは思いませぬ、たゞし愚僧をお斬りになったら、あの上のおん為めには却って業因をお作りになるようなものかと思います、命が惜しくてかようなことを申すのではないことは、三宝も御覧になっていらっしゃるでしょう、兎に角申し上げてしまったからには、どうなりともお計らいにお任せします、と、そう云って衣の袖をしぼるのであった。その時糟屋の入道が云うのに、たとい尋常の発心であっても互にこう云う姿になって何の憎しみがありましょう、ましてあの人故の御発心と聞きましては、殊更おなつかしい気がいたします、今こそ思いあたりましたが、あの人は菩薩の化身なのです、あゝ云う女人の姿に顕われて無縁のわれらを救って下さる大慈大悲の御方便かと思いましたら、ひとしおあの頃のことが忘れがたく覚えます、あんなことでもなかったらどうして私たちは浮世をいとい、無為の楽しみを享けるのは憂いの中のよろこびであると云う道理を悟ることが出来ましょう、今日より後はきっと御同心いたします、返す/″\も嬉しゅう存じます、と、これもそう云って墨染の袖を濡らすのであった。

さてもう一人の僧を促して、発心の由来を承りたいと云うと、やはり年老いた入道で、衣の破れたのに七条の袈裟をかけて看経していたが、道行に痩せて顔の色は黒く、哀れなさまをしているものゝ、さすがに由緒ある人の果てなのであろう、まことの道者らしい風采で、こくり/\居眠りをしていたのを、「今度はあなたにお願いします」と云って揺り起して責めると、かた/″\の御発心の模様を伺いますのに、何とも申しようもありませぬ、前世の宿執かと思われます、私の遁世はそれ程の仔細がある訳ではなく、お話し申しても格別面白くもありませんが、二人の方がお話しになったのに私一人が申し上げないのも失礼ですから、工夫の暇が惜しいと思いますけれども、委細を聞いて戴きましょうと云いながら、しずかに下のように語り出した。―――

Chapter 3 of 4
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