Chapter 1 of 5

何うも、事実を書くと、兎角平凡になり勝である。なら想像で拵へ上げたものは何うかと言ふのに、これも本当でないので、矢張面白くない。兎角、その奥が見透かされさうになる。

苟も小説家である以上、自分の経験したものばかりを――つまり Ich-Roman ばかりを書いてゐるのでは、甚だ物足らない。何うかしてあらゆる種類の人物を紙上に活躍させたい。あらゆる世間の状態を書きたい。かう誰でも思ふに相違ない。しかし、それが容易に出来ない。言ふべくして容易に行はれない。人間の種々相を描いて、それが第二の自然でもあるかのやうに、渾然としてその前にあらはれて来るといふことは容易なことではない。従つてさうした計画は多くは失敗する。よくその奥が見透かされたり、作者の小さな意図があまりにはつきり現はれ過ぎたりして、迫実と言ふ上から言つても、第二の自然を創造するといふ上から言つても、大抵は隙が出来る。

つまり事実、または自己の経験してきたと同じやうな的確さを以て、更に言ひ換へれば、『自然』と同じやうな複雑さや単純さを以て、縦横自在に、別天地をつくつて行くと好いのだけれども、何うもそれが容易なことでは出来ないのである。

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