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カシタンカ
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カシタンカ
アントン・チェーホフ
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 3 of 7

三 新しい、とても愉快な知りあい

カシタンカが目をさましたときには、もうあたりはすっかり明るくなっていて、往来からは、昼間でなければ聞こえないようなざわめきが聞こえていた。部屋の中には、誰もいなかった。カシタンカは、ぐっと、一つのびをした。あくびをすると、おこったような、気むずかしい顔をして、部屋の中を歩いた。部屋のすみずみや家具をかいでまわり、玄関までのぞいてみたが、べつにこれといっておもしろいものは、一つも見あたらなかった。部屋には、玄関へ通じる扉のほかに、もう一つ扉があった。カシタンカは、ちょっと考えてから、その扉を二本の前足でおしあけ、つぎの部屋へはいった。その部屋の寝台の上には、ラシャの毛布にくるまった、ひとりの≪お得意さん≫がねむっていた。カシタンカは、ひと目で、そのお得意さんがゆうべの見知らぬ男だと気がついた。

「うううう……」――カシタンカはうなりかけたが、ゆうべの晩ごはんのことを思いだしたので、しっぽをふって、くんくんかぎ始めた。

見知らぬ男の服や靴のにおいをかいでみると、馬のにおいがぷんぷんしているのに気がついた。この寝室にも、やはり閉まった扉が一つあって、どこかへ行けるようになっていた。カシタンカはその扉を前足でひっかいたり、胸をもたせかけたりしておしあけた。すると、とたんに、妙な、なんだかふしぎなにおいが、ぷんと鼻をついた。カシタンカは、なんとなく、いやなあいてと出あいそうな気がしたので、うなったり、あたりを見まわしたりしながら、壁紙のよごれた、その小さな部屋に足をふみこんだが、そのとたんに、思わずぎょっとして、たじたじとなった。思いがけない、おそろしいものを見たのだ。首と頭を床すれすれにまげ、つばさをいっぱいにひろげて、しゅうしゅう言いながら、一羽のがちょうが、カシタンカめがけてまっしぐらにつき進んでくる。がちょうからすこしはなれた小さなふとんの上には、一匹の白ねこが横になっていた。ねこは、カシタンカを見ると、とび起きて、背中を弓なりにまげ、しっぽをぴんと立てて、毛をさか立て、負けずにふうふう言い始めた。赤犬は、すっかりどぎもをぬかれたが、それでも恐ろしさを見せまいと気ばって、大声でほえながら、ねこにとびかかった。……ねこはいっそう背中を弓なりにまげて、ふうふううなり始め、いきなり一方の前足をあげて、カシタンカの頭をなぐりつけた。カシタンカはとびのいて、ぺたんと腹ばいになり、ねこのほうに鼻面をつきだして、わんわんほえ始めた。すると、そのとき、がちょうがうしろからそっと近づいて、いやというほど、くちばしで背中をつついた。カシタンカははね起きて、がちょうめがけて、つっかかった。……

「こら、何を始めたんだ?」というぷりぷりした大声がして、葉巻をくわえた、寝巻すがたの、あの見知らぬ男が部屋へはいってきた。

「なんというざまだ! 静かにしろ!」

見知らぬ男は、ねこに近づくと、弓なりにまげた背中を軽くたたきながら言った。

「フョードル・チモフェーイチ! どうした? けんかを始めたんだな? しようのないおいぼれめ! さあ、寝た、寝た!」

それから、見知らぬ男は、がちょうのほうへ向きなおって、どなった。

「イワン・イワーヌィチ、静かにしろ!」

ねこは、おとなしく自分の小さなふとんの上に横になって、目をつぶった。その顔つきや、ひげのようすからみると、どうやら自分でも、ついかっとなって、けんかを始めたことを後悔しているらしかった。カシタンカは、腹だたしそうに鼻を鳴らした。一方、がちょうは首をのばして、何やら早口にもうれつな勢いでしゃべり始めた。その言葉ははっきり聞きとれたが、ちんぷんかんぷんでなんのことやらわからなかった。

「よし、よし!」と、主人はあくびをしながら言った。「おとなしく、なかよく暮らすんだぞ。」――それから、彼は、カシタンカをなでながら、つづけた。「なあ、おい、赤、こわがることはないさ。……みんな、いいやつばかりなんだから、おまえに悪さはしないよ。ときに、待てよ、おまえをどう呼ぶことにしようかな? 名なしのごんべえじゃこまるからな。」

見知らぬ男は、ちょっと考えてから、言った。

「そうだ。……≪おばさん≫にしよう。……いいかい? おばさん!」

そして見知らぬ男は、なんども≪おばさん≫という言葉をくりかえしてから、出て行った。カシタンカはすわって、あたりのようすをうかがい始めた。ねこは小さなふとんの上にじっとうずくまって、寝たふりをしていたが、がちょうは、あいかわらず首をつきだし、ひとところで足ぶみしながら、何やら早口に、熱心にしゃべりつづけていた。見たところ、これはたいそう利口ながちょうらしかった。がちょうは、ひとくだりの長い文句をいっきにしゃべりおわるたびに、いつも、びっくりしたようにあとずさりして、われながら自分の演説にはほれぼれするというふうをしてみせた。……カシタンカはしばらくがちょうの演説を聞いてから、≪うううう……≫と答えておいて、部屋のすみずみをかぎ始めた。あるすみに小さな桶がおいてあって、中には水につけたえんどう豆と、ふやけたはだか麦の皮が見えた。カシタンカは、まずえんどう豆を一口毒味をしてみたが、義理にもおいしいとは言えなかったので、はだか麦の皮をつついてみて、食べ始めた。がちょうは、見知らぬ犬が、自分のえさをぱくぱく食べるのを見ても、腹をたてるどころか、反対に、いっそう熱心にしゃべり始め、我輩は、もう君をすっかり信用しているからね、とでも言うように、桶のところへちょこちょこ近づいて来て、いっしょにえんどう豆をいく粒かついばんだ。

Chapter 3 of 7
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