Chapter 1 of 4

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丘の細道の曲り角に、二本のポプラがピラミッドのようにそびえ立つて、そのためにホンの一団の家のかたまりに過ぎない小さなポタス・ポンドの村がなおさら小さく見えていたが、ここを或る時歩いていたのは、大へん目立つた型と色の衣裳をつけた男であつた……あざやかな深紅色の外套を着て純白の帽子を真黒な神々しいほどの巻き毛の上にかたむけていた。巻き毛の先きはバイロン風のはなやかな頬ひげに続いていた。

なぜその男がこういう風変りな古風の服を着ていたか……しかもそれを当世風の気取つたような所さえあるかつこうで着ていたか……という謎は、最後に彼の不幸な運命の秘密を解決するときに解決された多くの謎の一つに過ぎなかつた。ここでの要点は、その男がポプラを通り過ぎたとき消えてしまつたように見えたことである……まるで青白い夜明けの光がひろがつてきた中に溶けこんでしまつたか、それとも朝風に吹き飛ばされてしまつたかのようであつた。

男の死体が四分の一マイルほど離れた所で発見されたのはわずか一週間ほど後であつた……お屋敷と呼ばれている、よろい戸を閉めきつた、ヒョロ高い家に通じる、段庭の急な岩山の上で打ちくだかれていた。この男が姿を消す直前に、どうやらだれかそばにいた連中と口論して、特にこの村を「みじめなつまらん小村」と言つて罵つている声を、偶然立ち聞きした者があつた。そこでこの男は土地の若者の極端に熱烈な愛郷心をそそり立てたあげくその犠牲になつたものと、想像された。少なくとも土地の医者は、頭蓋骨に死の原因となるほど猛烈な一撃を受けていると、証言した……尤もおそらく頭の太い棒か、農民が武器に使つた棍棒ようの物で受けた一撃にすぎないということであつた。これは、かなり野蛮な田舎の若い衆が襲撃したのではないかという考え方に、実にうまくあてはまつた。しかし特定の若者をさぐり出す手段についてはだれにも見当がつかなかつた。そこで死後審問は、未知の人物による殺人という評決を答申した。

一二年後この問題が妙な具合に再開された……この村に一連のでき事があつて、そのためにマルボロ博士(この人が親友連中にマルベリ<桑の実>と呼ばれていたのは、ありがたくない肥満した体とかなり紫色の顔色が豊かなみずみずしい物を連想させるので、それをうまくほのめかしたのであつた)という医者が、この種の問題でたびたび相談したことのある一人の友人をつれて、ポタス・ポンドまで汽車の旅をすることになつた。この医者は、やや酒好きらしい重々しい外見に似合わず、鋭い目を持つていて、ほんとうに大へん非凡な分別のある男であつた。医者はその分別ぶりを、ずつと以前或る毒殺事件で知り合つたブラウンという小がらな坊さんに相談するときにも、はつきり見せているつもりであつた。小がらな坊さんは医者の向側に腰をかけて、赤ん坊のように辛抱強く、教えられることを吸収していた。そして医者はとうとう旅行のほんとうの目的を説明していた。

「わたしは、ポタス・ポンドがみじめなつまらん小村にすぎないという、あの深紅色の外套を着た紳士の意見には賛成できません。しかし、たしかに大へんへんぴな人里はなれた村ですから、百年前の村のように、ごく風変りな感じがします。やもめ女(糸をつむぐ者という意味)はほんとうに糸をつむいでいます――ええくそ、あなたは連中が糸をつむいでいる姿を見ているような気がするでしよう。女たちはただの女たちではありません。淑女です……それから薬局は、薬局ではなくて薬種屋です。村では、その薬種屋の手伝いをするためにわたしのような平凡な医者の存在を認めているだけです。しかしわたしなどはむしろ若造の新米だと思われています。たつた五十七才で、あの州にたつた二十八年いただけですからな。村の弁護士はまるで二万八千年前からあの土地を知つていたような顔をしています。それから、ディケンズの絵そつくりの、海軍の老提督がいます……家中を水夫用の短剣や大イカでいつぱいにして、望遠鏡を備えつけています」

「そりや海岸にはいつも或る程度の数の海軍提督が余生を送つているでしようが、なぜあの連中がそんな遠い奥地に打ち上げられていることがあるのか、わしにはどうもわかりませんでしたのじや」

「たしかにこの国の奥地の死んだような土地の深みには、ああいう連中の存在も必要だからですよ」と医者は言つた。

「それから、もちろん、村にふさわしいタイプの牧師がいます――保守党で、ロード大司教時代以来のかびくさい感じの高教会派です……どんなおばあさんよりもばあさんくさい人です。真白な髪をした勤勉な老人で、村のやもめ女以上に簡単にショックを受けやすい人です。実際、あの淑女連中ときたら、主義は清教徒でも、昔の本物の清教徒と同じに、かなりはつきりした話をすることがありますからね。一二度わたしは、カーステアーズ・キャルー老嬢がバイブルの中にある言葉に劣らないほど刺戟の強い表現を使うのを聞いたことがあります。老牧師さんのほうはバイブルを読むのには勤勉ですが、どうもそういう文句に出合うと、目をつぶるのじやないかと思います。いや、わたしは別に新しがるわけではありませんよ。わたしは、あの明るい若い連中のジャズ騒ぎや興味本位のドライブを喜びませんし――」

「明るい若い連中はそんなものを喜んでやしませんわい」とブラウン神父。「それがほんとうの悲劇です」

「しかしわたしはこの先史時代の村の人よりは当然かなり多く世間にふれています」と医者は話を進めた。「そこでわたしは、ほとんどあの大醜聞を歓迎したいような気分になつていました」

「まさか例の明るい若い連中がけつきよくポタス・ポンドを見つけ出したわけじやないでしような」坊さんはニコニコしながら批評した。

「ああ、村では醜聞といつても古風な芝居じみたものです。やがて牧師の息子が当面の問題になるということを申しあげておく必要はないでしようね? もし牧師の息子がごくまともだとしたら、そいつはまともじやないことになるでしようからな。わたしの見るかぎりでは、その息子はまともでないといつても、ごく無難なホンのちよつとした程度です。『青獅子亭』の表でビールを飲んでいる姿を見られたのが最初でした。ただ彼は詩人らしいのですが、詩人などというのはあの土地では密猟者と紙一重ぐらいに思われてますからね」

「まさか、いくらポタス・ポンドにしても、それだけでは大醜聞とは言えますまい」

「ええ」と医者は厳粛に答えた。「大醜聞がはじまつたのは、こうなのです。村の森の一番はずれにある、『お屋敷』と呼ばれている家に、一人のレデイが住んでいます。孤独のレデイです。マルトラバース夫人と自称しています(それでわれわれもそう呼んでいます)が、一二年前に来たばかりで、彼女についてはだれも何一つ知りません。『あたしにはなぜあの方がこんな所に住む気になつたのか考えられませんよ。あたしたちは訪ねていかないことにしてますわ』とカーステアーズ・キャルー嬢が言つていました」

「たぶんそれでその婦人は村に住む気になつたのですわい」とブラウン神父。

「ところで彼女の独り住まいは怪しいと思われています。彼女は美人でおまけにいわゆるお上品でもあるのですから、みんなを悩ませています。そこで若い連中はみんな、あれは吸血鬼だからと言つて、警告されています」

「慈悲の心を失なう者は一般に論理を失なう」とブラウン神父は意見を述べた。「その婦人が独りで閉じこもつていると文句を言つておいてから、こんどは村中の男性をヴァムプのように誘惑すると言つて非難するのは、かなりこつけいですわい」

「そりやまつたくです。それにしても彼女はほんとにかなり謎の人物です。わたしはあの人に会つて、興味をそそる人だと思いました……例のとび色の肌の婦人で、背が高くて優美で、いまわしいほど美しいとでも言うのでしようかな。かなりウイットに富んでいますし、まだ若いのに、たしかにいわゆる――ウン、そうだ、経験が深そうな印象を受けます。村のおばあさんたちに言わせると、過去というやつです」

「そこのおばあさんたちはみんなたつたいま生れたばかりでしようからな」とブラウン神父は批評した。「わしは推測できそうです……その婦人が牧師の息子を誘惑したと思われているのでしような」

「そうです。そしてそいつがきのどくな老牧師にとつては大へん恐ろしい問題らしいのです。彼女は未亡人だと思われていますからね」

ブラウン神父の顔に珍らしくイライラしたような表情が発作的にひらめいた。「その婦人が未亡人だと思われるのは、牧師の息子が牧師の息子だと思われるのと同じですし、弁護士が弁護士だと思われたり、あなたが医者だと思われたりするのと同じでしよう。なんだつて未亡人であつてはいけないのですか? 村の人たちは彼女の話を疑うだけの一応の証拠をいくらかでも握つているのですか?」

マルボロ博士はだしぬけに広い肩をいからせて、坐りなおした。

「もちろんそれもあなたのおつしやるとおりです。しかしわれわれはまだ醜聞の話になつていないのです。さて、その醜聞は彼女が未亡人だということです」

「ああ」とブラウン神父は言つた。そして顔色が変つて、何かをそつとかすかに言つたが、それはことによると「畜生!」というようなことだつたかもしれない。

「まず第一に、村の連中はマルトラバース夫人について、一つの発見をしました。彼女は女優です」

「わしはそんな気がしていました」とブラウン神父は言つた。「そのわけはきかないでください。わしはほかにも想像していることがありますが、そいつはなおさら見当違いだと思われそうですわい」

「ところで、あの時は彼女が女優だつたというだけで十分醜聞になりました。老牧師はもちろん悲嘆に暮れています……男たらしの女優のために、死ぬまで苦労をしなきやならんと考えているのでしようからな。やもめ女たちは金切り声の合唱です。提督は、時には町の劇場へ行くことがあると認めていますが、いわば『この土地の真中』にこういうことがあつては困ると反対しています。ところで、もちろんわたしはそういうことに特別反対はしません。この女優は、シエクスピアの十四行詩に歌われている例の黒夫人のようなところがいくらかあるとしても、たしかにレデイです……青年は彼女を大へん愛しています。それにわたしはたしかにセンチメンタルなバカおやじで、『お屋敷』の附近をひそかにうろついている心得違いの若者にひそかに同情しています。そしてわたしはこの田園のロマンスにまつたく牧歌的な気分になりかけていました……するとだしぬけに晴天のヘキレキでした。それでわたしは、あの人たちに多少とも同情していた唯一の人間なので、この凶運の使者に立たされたのです」

「なるほど、するとなぜ使者に立たされたのですかな?」

医者はうめくように答えた――

「マルトラバース夫人は未亡人だというだけでなく、マルトラバース氏の未亡人なのです」

「そうおつしやると、まつたく驚くべき天のお告げのようですわい」坊さんはまじめに承認した。

「そしてマルトラバース氏は……」と医者は続けた……「実にこの村で一二年前に明らかに殺された男でした……無知な村人に頭をなぐりつけられたものと思われていました」

「わしはさつきのお話をおぼえています。その医者は、どこの医者か知りませんが、死因はおそらく棍棒で頭を打たれたためだろうと言つたのですな」

マルボロ医師は当惑したように顔をしかめて、しばらく黙つていた。それからぶつきらぼうに言つた――

「犬は犬を食いませんし、医者は、たとえ相手が気違いの医者であつても、医者には食いつきません。もしできることなら、わたしはポタス・ポンドのすぐれた先輩を非難したくありません。しかしたしかにあなたは秘密を打ち明けてもほんとに大丈夫な方です。ですから、内密な話ですが、ポタス・ポンドのわたしのすぐれた先輩はとんでもないバカでした……酔つぱらいのほら吹きおやじでまるきり無能でした。わたしは元来州の警察部長に頼まれて(これはわたしがこの村へは最近来たばかりですが、この州には長いあいだ住んでいたからです)死後審問の宣誓証言や報告その他の仕事を一さい見ることになりました。そこでその点についてはまつたく何の問題もありません。マルトラバースは頭をなぐられたのかも知れません……彼は通りがかりの旅役者でした。そこでポタス・ポンドでは、あんな人間が頭をなぐられるのはあたりまえだと、考えているようです。しかしだれが彼の頭をなぐつたとしても、その男が彼を殺したのではありません。あの傷は、説明どおりだとすると、せいぜい二三時間気絶させるくらいが関の山です。しかし最近わたしは事件に関係のある二三の事実を見つけ出しました。その結果かなり不気味なことになりました」

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