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キリスト教は信者が各自、自分の家庭の人を導いてゆくならば、国はスッカリキリスト教になり得るといふ事。
聖書を読まねば信者とは云はれないといふ事。大体さういふのであった。
夕食後、何といふ教会か知らないけれど、教へられて行って見た。若い子供の様な顔した青年が、何でも信仰の証言をたてゝゐる所へ私が行ったのらしかった。
キリスト教にはいって楽しよう、安心しようと云ふのぢゃなくて、かへって十字架を負ふて主の苦しみを苦しみ、悪と戦はねばならぬ。人間に仕へるは難く、神に仕へるは易く。一生涯を安楽に暮すのではなくて、一生涯を罪と戦って苦しんで死んだ方が、神の嘉し給ふ所である……と。それから、歴史学者が小さい茶碗のかけらを得るために一生涯を費し、科学者や其の他何とか学者が学術の為に命を捨てる。キリストは悪と戦って死んだが、再びゆきて我世に勝てりと云ふ事が出来た。我々も悪と戦って命を捨て、最後の勝利を得ようとしてゐる……。さういふあらましであった。
波多野牧師の話。江原素六先生(武士道と宗教)と云ふだいで、江原先生の人格についてのおはなしであった。
ポーロがダマスコへ行った時は人を沢山つれて行き、三年たって帰った時はスッカリ別になって一人で何も持たずに帰り、人権をのみ重んじてゐたのが、三年の後には天爵、神の力を尊敬する様に変った。江原さんは武士道からキリスト教に移った為に、家柄よりも日本を思ひ、日本よりも世界的、ひろい心になったといふ事。江原さんの如何に宗教に対する熱心だったかを波多野牧師は話した。今夜は私は何を得たのか。
教会で思ひがけなく河野さんに会った。きれいに白粉をつけた彼女は短い時間にいろ/\な事を話した。ホワイトナーさんのベビーさんが出来た話は何となし嬉しかった。
あそこにゐた美しいおとみさんが出されてしまったといふ――急に品行が悪くなって夜遊びするのだった、と云ふ……。かはいさうに……。
救世軍はもう終りかけた所へ行った。小隊長が細い/\手を動かして、しかも強い声でザアカイの話をしてゐたらしかった。私が行ってから二口三口で終ってしまった。――求むる心、切に求むる心がつひにザアカイをして何をもはゞからず桑の木にのぼらしめた。そして望む所の貴い物をかちえた。十二年血漏をわづらった女は無言のまゝ、主の衣にさはって医しを求めた――。
求むる心――それは今の私の心ぢゃないか。少い会衆の多数が立ってお祈りをし、一人の女が泣声で一言二言お祈りした様であった。一人の人は熱心過ぎて、家もわれんばかりの声で祈った。熱心な人々――何といふ純な人たちであらうか、羨しい程――。
あの女士官、大尉夫人は何うしてか元気が無ささうであった……またいらっしゃいと言った……。空には星が二つ三つ、青白い大きな月が空低くかゝってゐた。涼しすぎる程の風に吹かれながら家路を急いだ時は気持がよかった。
教会で河野さんと云ふ人に会った時、私はほんとうにびっくりした。よく忘れずに知里さんと呼かけてくれたもの……。
六月十二日
おくさまが御不快気に見受けられた。私は此の頃坊ちゃんとたいそう親しくなった。坊ちゃんのお相手をする時は、ほんとうに美しい子供になった様な気がするから嬉しい……。おうちの坊ちゃんは、何うしてあんなにいゝ頭脳を持っていらっしゃるのだらう……小さい頭から何うしてあんなに沢山の言葉、変った言葉があの口をもれて出て来るかと思ふと、驚くの外は無い。
昨日のお客は、発音学専門の独学者だと云ふ……その弟の人はやはり言葉にばっかり興味をもって、今は六ヶ国の国語に上達して、各国の小説を読んでゐると云ふ。面白いうまれつきを持った人たちもあるもの。うまれつきりっぱな頭脳を持った人は楽々といろ/\な事が覚えられる。私の様に暗記も出来ない頭脳の、それこそ遅鈍の頭か土人の頭か知らないが、人一倍苦労して/\覚え得たものも、直ぐになくしてしまふ人もうまれつきだから仕方がない。それも私には、それでいゝのだ。
私は昨日、大へんな事をきいた。先生は、私に話しない方がいゝか知ら……と考えていらしったが、それであなたの信仰がぐらつく事はないであらう……と仰ってお話下すった。オックスフォード大学のえらい世界中の学界の権威フヱザーといふ学者の発表したキリスト様の事に就いての事……。
それから、日本の天照大神の事などもそれのついでにきかせていたゞいた。
そして、そのために信仰をぐらつかせるものは、夫が美男子だから貞操の妻になる、親がえらくないから子は親不幸をしてもいゝといふ様なのと同じだといふ事もきいた。成る程、わかった様な気がした。
頭の工合が少し変だ。寝不足の故為だらう。胸の鼓動も此の頃は少し急な様……。
ゐねむりをしてしまった。そして種々な夢を見た。何うしてあんな夢などを見るのかしら……。登別の家でお引越し。みんなが荷物を背負って搬ぶ。フチと浜のフチがおんなじ格好でサラニプを背負った。行ってみる。私もあとからブラ/″\と行く。彼処は何処だらう。深い/\谷をめぐる山の上を私たちはあるいてゐた。そして谷へ下りるかなり傾斜の急な馬車道がある。そこを下りるとオンネシサムが薪を積んでゐた様だった。そして、その翁さんが知らせたのか何うか、私は、何だか「此の道を下りてゆくなら今直ぐに下りてゆかねばならぬ。もう少しおくれれば大へんだ。谷の底からヱンユクが飛出す……」といふ事を思って恐怖の念が私の心にみちてゐた。と、フチも浜のフチも姿が見えなくなった。「あゝ私は一人とり残された」といふ感じが私をおそふて、ずいぶんいやあな気持がした。
お父つぁんもハボも見た様な気がするが、ハッキリわからない……。
またねむった。やっぱり前とおなじ様な沢道を通った――見渡す限り濃緑の――一つの大樹のそばを通った……何だか黒いかたまりがあった――私はぞっとした。何かしら、それが大きな黒い蛇がグル/\アカムになって、そこにゐる様な気がして……。
目が覚めた様で覚めない。やっとの事、力を出して起上って、勇気を出してお勝手へ行って顔を洗ったので、やっと目がさめた。夢を見てゐる時、奥さんがお召換へにいらしったのも覚えてゐる。おきくさんが来て、私が寝てゐるのを笑ったらしいのも覚えてゐる……それで物云ふ元気もなかったのだ――。
奥様は、御親類の所へ、気をはらす為にお出かけといふ……。何卒お望みの通りに幾分でも晴々したお心持におなりなさる様に……。おきくさんと、ほんとうに子供らしいらちもない様なお話ばかりした。幽霊の話など……。おきくさんもかはいらしい人だ。
夕方奥様がほんとに晴々したお顔でお帰りなされた。私も気が清々した様……。おみやのきんつばが堪らなく美味しかった。
朝、木根ウナラベからの手紙、ムヂリ外套に角巻の五十才ばかりの柄の値段を問合せて来た。かはいさうに……東京へ来て私が一人で悠々闊歩、自由に商店をあさりまはる事が出来るかと思って、私をえらく思ってるのでしょう。先生に一応うかゞって、出来ない理由を書いて出した。
思ひついて、ポン先生に葉書を出した。あの先生にも随分かはいがっていたゞいたが……。一ばんはじめに学校へいらしった時はまだ子供子供したお顔で、教室のわれる様な声で教へて下すった。私の事をレキヱ/\と云って、私のうはさを云っていらしったさうだ。だんだんなれるに従って随分かはいがっていたゞいた。学びの友といふ生徒の成績品だの、先生のおはなしだのを綴ぢた本をつくったり、平岡先生批評書とかいふのをつくってみんなに廻して、平岡先生が来られたのに対しての感想を書かせたものだ。お祭などには先生のお家へ、川上トメさんなどゝ一しょに遊びに出かけたものだ。そして先生の兄さんのお家のこわめしを御馳走になったっけ……。栗山タツさんが、今思へばつくりごとであったかも知れないが、とんでもない事を云ひ出して先生をびっくりさせた事があった。タツさんから先生に取りついだのは私だった。その時の人の名は、たしか管野とか言った様であったが、その人こそ迷惑至極であったらうが……。高等科へ上ってから、私は毎日の様に試験の答案を先生に持って行ってはお見せした。先生と一しょにオルガンを弾いて歌った。何も出来ない子供等の中に、私は少しよかったので先生は私の将来に望を嘱していらしったのだったらう。まだ/\/\いろ/\な事があったっけ……。アイヌの子供をちっとも差別せずに、自分の弟や妹の様に思っていらしった事は、何時までたっても忘れられない。
試験に及第した時も成績の悪い時も、あたかも我事ででもあるかの様によろこびまた心配して下すった。私の事ばかりぢゃない。教子全体の為にも……勇さんの事で赤松先生の所へ、おっかさんから勇さんを連れてゆけと云はれて学校へ行った時も、先生は遠い雪道の帰りかけをわざ/\勇さんの為に戻って来られたのを覚えてゐる……。お祭でも何かの時には、平気で私たちを連れて行って下すった……まだ/\一ぱいある……。私は今日先生に葉書を出したが、きっと先生はよろこんで下さるだらう。
お湯へ行って来て今日も終る。
六月十三日
奥様に白地単衣を一枚いたゞいた。ほんとうにびっくりしちゃった。何といふ言葉で御礼を申上げればよいか頓には出て来ない。朝起きても何もしない、昼も書斎にゐて自分の事ばかりしてゐる、そしてゐねむりばかりしてたゞおせわになって、その上に今度は奥様のお召物まで頂戴する。まあ、私は何といふ果報者なんだらう。私に何が出来る。口でお礼を申上げるだけで私のからだは何をする事も出来ないものを……心の底から搾り出した――ありがたうございます――でよいのでせう。私に出来る事、それは何だか私にはまだわからない。
私が東京の地をふんでからちょうど一月たった。長い様でもあり短い様でもあった。私は、あと一月を越す事が出来るかしら……明日ありと思ふことなかれ……私が一月ゐるか十日ゐるか、目に見えぬ絶大の力、神の力のまに/\行く私たちですもの……其の時其の日を真実に過せばよいのだ。そんなら私の生活はこれで真実なのか。今、たゞ今、私の命が現世を去っても何の悔もなく目を瞑ることが出来るか! おゝ私は……。
六月十四日(太――六・十九)
一、もろ/\の天は神の栄光をあらはし、おほぞらはそのみてのわざをしめす。
二、この日ことばをかの日につたへ、この夜知識をかのよにおくる。
三、語らずいはず、その声きこえざるに。
四、そのひゞきは全地にあまねく、其の言葉は地のはてまでおよぶ……。(詩十九・一―四)
九、ヱホバのさばきはまことにしてこと/″\く正し。(詩十九)
十二、誰かおのれのあやまちを知り得んや。ねがはくは我をかくれたるとがより解放ちたまへ。
赤ちゃんのお腹から葉っぱが出たといふ。私がお抱申した時に、山吹を赤ちゃんが持っていらしったのを先生が御覧なすったと云ふ。嗚呼私は何といふ粗忽を昨日はしたのだらう。赤ちゃんのお頭を紅葉の細枝に打ちつけた。あの柔いお頭を……。この粗忽が原因になって、私はこれから信用を得る事が無くなるのかも知れない。ほんとうに私の粗忽でした。然し昨日も一昨日もお抱申した時、紅葉の葉もざくろの葉も山吹の葉も、沢山赤ちゃんは口に入れようとなすった。私は寸時も油断せずに、それをとっては捨て、其の毎に怒られて赤ちゃんに顔をひっかゝれた……が、私に隙があって知らぬ間にそのまゝのみこんでしまはれたのかも知れない。おゝ何といふ私は隙だらけのぼんやり者なんだらう。
大事の大事のお嬢様――お嬢様でなくとも、お百姓の娘子でも、これからずん/\と生長してゆく尊い魂。第二の「我」を預ける子守人はほんとうによく撰ばねばならない――ある時は母親以上のしっかり者が必要かも知れない。赤ちゃんのおなかから出たのは葉っぱでなくて長い糸すぢであった。それは、昨日奥様が何うとかとおきくさんがさういはれた。私ではなかった事はわかったが、赤ちゃんにとっては私であらうが、母様であらうが、その他の人であらうが、同じ大事ではないか。何故、私は自分の弁解ばっかりしたがるか。自分の明りさへたてばそれでよいと思ふ私の愚かさよ。