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知里幸恵
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Chapter 5 of 7

5

六月二十二日

S子さんからの長いお手紙、ひらくと、ぱたりと落ちたのは二円のお銭。

あの方の愛は純粋なのだ。私の愛はにごってゐる。おゝ御免なさい。私はあなたの為に生きます。お銭など送って下さらなくともいゝのに……。

午後お母様からのお手紙、真子と富子からの手紙。

救世軍の人に対してニシパが非常に悪感情を持って居られるといふ。救世軍は熱烈、死をも厭はぬといふ所はいゝが、大事な聖餐もなければ洗礼式もない、といふ。誰に断って人の家へ無断で来て集会を開いたり、人の部屋から寄付金をとったりするのであるかと、憤慨して居られるといふ。

救世軍! 私は救世軍が好きだ。形式ばっかりの宗教よりもだん/\/\/\内容充実となる様に進んで行く。何故、聖公会だの救世軍だの何だのかんだのとわかれわかれになってるのだらうか。仏教だのキリスト教だのって……。

自分の神さまを信ずる人のみが天国へ行き、あとのすべての人は地獄へ行くといふ。私にはわからない。

あゝもう宗教の事なんかわからない。たゞ神様はある、たしかにあるといふ事だけを私は確信してゐる。孔子様だの何様だのはほんとうにえらい聖人であったらう。イヱス様の聖書を読んでは、一々、胸をさゝれる思ひがする。ほんとうに拝んでもいゝ。拝まなければならない。理屈なしに信ずればそれでよいではないか。何故私はかうも生意気なのだ。しかし、わからない。あゝ今夜は頭がをかしい。くしゃ/\してゐる。

汝人をさばくは正しく己の罪を定むるなり。そは、さばく所の汝も同じくこれをおこなへばなり。

此の如く行ふものをさばきてこれを行ふ者よ、汝神のさばきをのがれんと意ふや(ロマ二・一―三)

マデアルさんが肋膜炎だといふ。何て情ない事であらう。さうあの人は弱々しい体格の持主だった。ほんとうに素直な優しい気性の人。学業の方は何うか知らないけれど、彼女をあのまゝ病の人にしてしまふのはあまりいたましい事である。

何故アイヌは、知識と健康を併得る事が出来ないであらうか。幸に知識と健康を得たとしても愛を失ってゐる。無味乾燥、少しのやはらかみのないものが出来上ったりするのではないかしら。

知識を得よう、知識を得ようと砕身粉骨に近い努力、先ず自分の最善を尽した私は、とう/\健康を失ってしまった。しかも、それほど望んだ知識なるものも望みの四半分も得る事が出来なかった。何故、私があまりに自然にさからったからか。さうかも知れない、さうでせう。自然にさからふ、それは大きな罪であらう。自然に伴ふべく最善をつくせばそれでよいのだ。

マデアルさんの健康を心から私は願ふ。

トシ子さん、ツナ子さん、マデアルさん、トヨさんが此の次には洗礼をうけるから、その人たちの為に祈れと母様が云はれた。ほんとうに彼の若い人たちが、何卒私の様な生半な心にならず、をさなごのやうにまっすぐな一途な心になって信仰の道にはいられる様に私は願ふ。

六月二十三日 金曜日

善をなすものなし。一人もあるなし。

その喉は破れし墓、その舌はいつはりをなし、其の唇は蝮の毒をもてり、その口は詛と苦きとに満ち、その足は血を流さん為に早し。

残害と苦難は其道に残れり。

彼等は平康なる道を知らず。

その目の前に神をおそるゝのおそれある事なし。(ロマ三・十二―十九)

何といふ痛烈な峻厳な言葉であらう。人の胸を突刺すオプの様……。

坊ちゃんの綿入羽織を縫ふべく出していたゞいた。これで私は仕事が出来ると思ふと嬉しくてならない。人は仕事のないほどこまる事はないのだらう。たゞぶら/\と日を消すよりも、あとから/\仕事が出て来て暇ををしんで働く人は全く幸福なのだ。健康 またしても私は健康について愚痴を云はうとしてゐる。

六月二十四日

患難にも欣喜をなせり。蓋、患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生じ、希望ははぢを来らせざるを知る。(ロマ   )

朝ずいぶん早く先生がお起きなすったらしい。お書斎の戸を開いてびっくりしてしまった。

昨夜は三日振りで奥様はよくおねむりなすったと、お顔の色が生々していらっしゃる様にお見受した。

坊ちゃんが御帰宅後お発熱。やっと赤ちゃんが丈夫になられたらまた坊ちゃん。真に親御さん方の御苦労は絶ゆる時がない。お気の毒とも何とも申しようがない。食後、先生が坊ちゃんに添寝して静かに手のあたりをたゝいて居られるのを見かけた。何といふ光景であらう。病む五体を愛に強い父君の腕にまかせていまし夢路に入る坊ちゃま、そして憂ひに満ちたお顔は慈愛そのものに見える父君。父君の魂はスッカリ愛児の魂をふところにしておなじ呼吸、おなじ鼓動、すっかり大小の魂がとけあった形ではないかと思った。

私は親の愛をつく/″\思ふ。父の愛、母の愛、それは何れ劣らぬものである。

父様とはまだしみ/″\とお話をしたことは無い。だけど私は、父の愛も母の愛も、私の胸にしっくりと刻みつけられてあるのを今見出す。今此の指の先を流れてゐる血も、父母のわけてくれた血、その血の中には絶えず父母の愛が循還してゐるのだ。かうして私が父母を思出してゐる時も、父母はきっと私の事を思出してゐてくれるのだらう。それが何百里遠い此処まで私の心に通じ、硬ばった弁膜をとほして胸の底まで徹して、それでかうしてあふれる涙があるのではないかしら……。私は今日何うかしてゐる。何故こうも父母が思出されるだらう。

先生が昨夜、御自身の経験談をおはなしなすった。先生の父君の子に対する愛のいかに深刻なものであったかゞ私にもあり/\と見える様な気がした。いくらがまんしようとしても涙が滲みでゝ仕様が無かった。

奥様も涙がお目から溢れていらしった様であった。

父様よ母様よ、私は父様にも母様にも不孝な子です。生れるから死ぬまで御心配かけどほしでした。これからだっても私に何が出来るでせう。今までより以上の不孝を続けるかも知れない。だから孝行などゝはあまりに大きくて、私にはそばへもよりつかれない事でありませう。此のまゝの状態で幸恵には何時此の世を去るべき時が訪れるかわからない。

此の世にうまれて何一つ仕出かしたいゝ事もなくて、何時私は死んでゆくかわからない。だけど、父様よ、母様よ、幸恵は生きてゐてなんにもおとっちゃんやおっかさんにいゝ言葉をおきかせしなかったし、ましていゝ事などは出来るはずもなかったけれど、幸恵の心は、おとっちゃんやおっかさんの慈愛に対する感謝でもって一ぱいになってゐたといふ事だけは真実な事です。ゆるして下さい。それだけでゆるして下さい。(二十五日朝)

六月二十五日

日中は非常な暑さ、夕方ザーッと雨。坊ちゃんも大分およろしいので安心。おきくさんが腹痛で青い顔、いたましい気がした。一二日私に出来るなら代ってあげたいと思った。

奥様が教会へ……。何だか嬉しかった。波多野牧師は『神の子』といふお話をなすった。

神を見る……それはむづかしい事だと思ってゐる。がそれはちっともむづかしい事ではない。一輪の花を見てもそこに神が見える。一羽の飛ぶ鳥を見ても神が見える。一人の赤ん坊を見れば一層そこに神の姿を見る事が出来る。

人の心には良心がある。愛がある。それは神様の姿である。目に見えぬ神は、常に目に見える人の形をとって人にあらはれ給ふ。親の愛、夫婦の愛、友情などといふ愛を感ずる時、そこに神の姿が見えるではないか。キリストは神の子、その人格に神の姿が見えるのだ……。

然うだ! 然うだ

六月二十六日

奥様に手拭地を一反いたゞいた。何うしてこんなにいたゞいてばかりゐるのかしら。たゞ嬉しかった。ありがたかった。

夜皆様おやすみのあと腰巻を一枚縫ってしまった。坊っちゃんがチッカッパをしようと仰ったのを快くお受けしたのはよかったけれど、外の事でおきくさんと一しょに何かを話してる間に、チッカッパはみんなしまはれてゐた。花火の話をきいてゐる時、またおきくさんが何かを云ったのに気をとられてよく坊ちゃんのお話を聞かなかった。坊っちゃんは不快さうにしてお床に就かれた。

おゝ御免あそばせ。私が悪うございました。何んなに御不快だったでせう。小さい美しい子供心にちっとも同鳴せずに、大人である自分の事ばかりに気をとられた。何といふ私は利己主義な人間であらうか。清い美しい坊ちゃんの御心に一点の不快を点じた私の罪。おゝ御免あそばせ。私自身、一ばん人よりもさういふ事には一人で心をいためる。自分の言ふ事を知らぬ顔されるほど気持の悪い事は無い――さうした経験をあまるほど持ちながら――私は何といふひどい罪の人であらう。御免あそばせ、坊っちゃま。

六月二十七日 大方は雨

貯金をした。先生にいたゞいた五円の五分の一を……。大決心ではじめたのだ。私はこれから収入の五分の一を必ず貯金しようと思ってる。

六月二十八日

救世軍の杉原大尉からのお手紙。とう/\部落から手を抜くやうになりましたと。何だか情けない様な気がした。ほんとうに情ない。松山さんからの手紙。あの方の文字はあの人の気性其の物をあらはした様な文字。美しくて強味のある人であったが……。兄嫁と不和な為に北海道へ渡ってひとりぽっち、語るに友なき淋しい生活をしてゐる故、末ながく姉妹の契りを結ばうといふお手紙。美しいうちに強みを持った、優しいなかにきりっとしたところのある彼の女が兄嫁との不和で北海道へ来たといふ……ありさうな事だ。私の様に骨もない様な人には人と不和の為に遙々旅してわざ/\孤独の生活にはいる……さういふ事が出来るかしら。あゝ私が今こゝへ来てゐるのは何の為?

松山さんはほんとうに懐かしみのある人だった。たしかにいゝ人だった。姉妹の契り、そんな事は私として、はいそれでは、と直ぐにそのまゝうけいれるだけの心の準備がない。たゞありがたう、と言ひたい。私の様なものにさう言って下さるとは随分変った人もあるものだ。

お湯へ行く。

六月二十九日

直三郎さんの病気を昨夜きいてから、何だかむやみと胸が塞る。とう/\あの子が肺病になったといふ。なんといふ痛しい事であらう。今朝先生がいろ/\とお話しなすった。ほんとうに我子をよくしよう/\とあせって、かへって我手で殺してしまふ。

魚をとってばけつに沢山入れる。此方ではいまに池へはなしてやらうと思ってるのに、生悧巧な魚は逃れようとあせってピン/\飛立ってばけつの外に出てバタ/\して、とう/\砂まみれになる。おとなしいのは、終りまでじっとしてゐて池へ入れられる時を待つ。さういふお話を承って成程と感じた。運命に逆らはう、自然の力に抵抗しようと思ふのは罪ぢゃないか。おのれたゞ人ではないか。小さい、いと小さい人の力が絶大無限の神の力にさからはうとするのはあまりに愚な事ではないか。何故神は我々に苦しみをあたへ給ふのか。試練! 試練 胸に燃ゆる烈火の焔に我身をやききたへ、泉とほとばしる熱血の涙に我身を洗ふ。さうしてみがきあげられた何物かは、最も立派なものでなければならぬ。

私たちアイヌも今は試練の時代にあるのだ。神の定めたまふた、それは最も正しい道を私たちは通過しつゝあるのだ。捷路などしなくともよい。なまじっか自分の力をたのんで捷路などすれば、真っさかさまに谷底へ落っこちたりしなければならぬ。

あゝ、あゝ何といふ大きな試練ぞ! 一人一人、これこそは我宝と思ふものをとりあげられてしまふ。

旭川のやす子さんがとう/\死んだと云ふ。人生の暗い裏通りを無やみやたらに引張り廻され、引摺りまはされた揚句の果は何なのだ! 生を得ればまたおそろしい魔の抱擁のうちへ戻らねばならぬ。

死よ我を迎へよ。彼女はさう願ったのだ。然うして望みどほり彼女は病に死した。何うしてこれを涙なしにきく事が出来ようぞ。心の平静を保つことに努めつとめて来た私もとう/\その平静をかきみだしてしまった――だからアイヌは見るもの、目の前のものがすべて呪はしい状態にあるのだよ――。先生が仰った。おゝアイヌウタラ、アウタリウタラ! 私たちは今大きな大きな試練をうけつゝあるのだ。あせっちゃ駄目。ぢーっと唇をかみしめて自分の足元をたしかにし、一歩々々重荷を負ふて進んでゆく……私の生活はこれからはじまる。

Chapter 5 of 7
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