四
娘のことについては、当の相手は言うまでもない、ひいてはその親兄弟へも、腹に据えかねた言い分はあるだろう。この前としゑに会った時の口吻でも、相当強硬な出ようをされそうだった。運送店の馬車挽きをしていることは惣吉からも聞いた。顔を合わせれば、お定まりの、自分ら親子の見えすいた卑下からはじめて、若い者同士のそれは仕方がないとしても、幾らかずつでもあった仕送りが絶えるとすればと、ねっちりと坐らせられるかもわからなかった。その用意も父と相談のうえ整えてはいたし、それはもう覚悟の前の下手に出る一点張りで通すつもりでここまで乗りかかった友太は、例のくそ度胸が据っていた。それが、街はずれの素人下宿の二階で、猫背をかがめて寝具の荷造りをしていた五十男に、視線のやり場に困った気恥しい笑顔を向けられると、今度は拍子抜けのした狼狽でかえってどぎまぎするのであった。
「一汽車遅れて来たもんでまあだはァきまらねえで。」
半ば口の中で呟いて、癖になっているらしく、手拭で裾のあたりをはたきながら坐るのだが、お父さん、兄さんに座布団を上げてと娘に言われて、あわてて階下へ立って行ったりした。若い友太の、改まった挨拶のぎごちなさへ、そうでがすとも、武運長久が何よりでがすと、絶えず人のいい頷きを返していた。
「決して無理な仕事なんどはさせないで、お父さんもその点は安心して貰いやす。」
「なァにお前様、からだはうんと動かした方が、かえって丈夫な嬰児が生れるもんでがすて。」
無論うらの意味にも聞くべき言葉であろうが、それが少しの嫌味もなく、素直な父親の愛情で訴えてくるのであった。何かで父親が階下へ降りて行った時、いいお父さんだなあと世辞のない感動をもらした友太に、ちっとも気が利かないって言われてますのと、としゑもうれしそうにした。
工場の昼の休みを、特別門から出して貰って来たというとしゑの弟は、親子丼をあつらえての四人の食事中にも、時々上目使いに友太を見た。姉の不始末に対しては、十八の年頃らしい潔癖な軽蔑を感じてい、父の処置にも何か不平があるらしく、それが友太へまで当ってきた。自分からは殆んど口を利かずに、そっけない短い返事をした。こういう相手を寛大にあしらう余裕もあり、時局を前提としての、義憤めいたものを鬱々させているのであろうと、友太にも一面同感は出来るとして、やはり白けないわけにはゆかないのである。父親が下手な執り成しようをしたり、かなりこの弟に圧迫を感じているらしいとしゑが、小さくなっているのも気の毒だった。工場は働き甲斐があっていいだろうと、機嫌をとるつもりで友太が言うと、しかしまだまだ時局の認識に欠けている奴があるからなどと、見えすいた当てつけを得意げにうそぶいた。時間が来たからとだけで、碌な挨拶もしないで座を立ったが、それでも、思いついたように言うのであった。
「石鹸、俺の分まで持ってけよ、俺ァ友達から何とかして貰うからいいんだぜ。」
「そう、なら善ちゃんの分まで貰ってくわ。」
としゑが少し誇張したうれしさで答えると、階段の半ほどからまた声をかけて来た。
「姉さん、毛布持ったのか。」
「善ちゃんが困るったら。」
馬鹿、俺ァ要らないっていうのにと、怒った足どりでどんどん降りて行って、烈しい音をさせて玄関の戸を閉めた。
折角つくった荷を父親はまた解きはじめた。
としゑの発議で、三時半の汽車には大分早めに出かけた三人は、県社の安積国造神社に参拝した。
「あの人が征く時も、二人でお詣りしたんですの。」
友太にだけ聞える声でとしゑが言った。
友太が引っぱるというのを、いや、こんなのはなあにというだけで、とうとう父親が駅までリヤカーをひいて来た。無事に着いたはがきと、それから、生れた時はすぐ男か女かを知らせろと、父親は何度も念を押した。駅に来ると急に悄然としたとしゑは、黙って頷くだけであった。
「お母さんによろしく!」
ベルが鳴ると、泣き笑いの表情であわてて窓から顔を出すとしゑに、今度は父親がただこっくりだけをした。
「いろいろ済みませんでした。」
汽車が動き出してから暫くつぎ穂のない沈黙の後に、としゑがようやく言い出すと、いや、と、少してれた身じろぎをしながらも、友太は、義兄らしくいたわり深い眼を向けてきた。口の利き方でもものごしでも、どちらかと言えばもそもそしていて、二十七の独身とはとても受け取れない分別くささが、いかにも泥深い青年にはしていたが、相手にはそれだけ親しみ易い頼もしさも感じさせた。これからはじめて会う、舅、姑、小姑達にしても、この義兄の蔭に身を寄せたらばと、そう考えられるのであった。
「なあに、村の生活にもすぐ馴れるでな。」
「わたし、何でもするつもりですから。」
「んだげんと、惣が帰るまでは大事な預りものだで。」
いいえわたし、そんなふうにされると困るんですと言うとしゑに、友太は何度も頷いてみせた。
「うちのお父さもお母さも、ちっとも面倒くさくねえで、俺がいうのもおかしいが、ほんとにいい人達だでな。」
そうは言われても、やはり不安でもあり何とも言えぬ心細さで、それはこの義兄にもわかって貰えそうもないのが寂しく、眼を伏せると、小さな駅で別れた惣吉の姿がありありと浮かんでくる。――自分達の過失には違いなかった。だが、としゑは今それを後悔しているのではない。最初からだの変調に気づいた時の打ちのめされた驚愕についで、烈しい悶えに幾夜も眠れなかった末、どうせ諦めるより仕方がないわと、自分を納得させる呟きをするところまで来て、どうやら平静を取り戻した。どんな苦境をも堪え忍んで、お腹の子だけは安らかに産まねばならない。やがてそう勇気を奮い起してからは、思い設けなかったほのぼのとしたものが、彼女の前に開けて来たのであった。
「紙漉きって……わたしみたいな者にもすぐ出来る仕事があるんでしょうか。」
むらがる想念を払い除けようと、としゑは頭を振って眼を上げた。
んだでなと、友太はちょっと考えるようにした。みんな水仕事で、ずぶの素人には取りつき難いものばかりだが、粗皮除くらいならばやれないことはないだろう。この手間賃もなかなか馬鹿には出来ないので、もとは一貫匁で二銭程度であったのが、現在では十二三銭にまで騰っているという友太に、としゑはいろいろと訊きはじめた。いつか惣吉からも聞いていて、紙漉きを楽な仕事とは思わなかったし、また仕事の辛さが恐いのでもなかった。普通の農家だったら見当もつくのだが、皆目勝手の知れない生業の中にとび込んで、まるで手出しのならない、身の置き場にも困る自分になりそうな気がするのだった。製紙業と言えば、上川崎村に限られていて、他村では絶対に手を出さないということからも、としゑは何か馴染難い特殊な生活を想像させられた。
粗皮除から、楮煮、楮さらし、楮叩き、漉くのは別として、紙付け、截断、包装と、順序を立てて大体の説明をされてみると、実際のところ、まるっきりの素人で、それも臨月に遠くない女には、やはり粗皮除か下手なりの包装だけであった。真偽は知らず、言い伝えによれば千年も続いているという村の仕事で、製紙の始祖として聖徳太子を信仰している家々では、毎年十一月の仕事始めに太子講の祭をする。その時食べる団子の入った赤飯は、食べつけない者には変な飯に違いないと友太は笑った。
「でも、どうして他村ではしないんでしょう?」
さあ、そこのところはどう言ったらいいかと、友太は言葉を濁した。しかし、彼には彼としての考えがないわけではなかった。県内では、ほかに、伊達、石城、相馬、石川、会津の各地方で紙が造られる。が、相馬地方では僅か三十名に過ぎないし、会津地方の七十名をおいては、他は四十名から六十名を越えなかった。それらの地方をみんな合したよりも遙かに多いこの安達地方の三百三十名という数は、その一割弱を隣村の下川崎に譲るだけで、すべて友太の村が独占していた。県の全産額六十八万円の中、五十万円に近いものが彼の村から出た。種類も、障子紙(天地八寸三分の八三判から、九三判、九五判、尺判の数種に分けられる)、美濃紙、半紙、傘紙、提灯紙、筋紙(包装紙)、塵紙に、今は軍需紙があり、紙質の点からも川崎紙とか岩代紙とか呼ばれて、東北では第一位にあった。それはともかく、この地方で製紙をするのが、上川崎と下川崎の一部に截然と限られていて、他の村へ一歩を踏み出すと、たとえばそれが上川崎村と同じ条件にある耕地の少い山村でも、そこには一枚の乾し板すら見出せないのは何故であろう。誰でも一応は疑問にしたが、友太に言わせれば、村の耕地的条件と、それからくる経済状況だけが、決して製紙を副業とする原因ではない明らかな証左であった。そう多くを要しない資本で、技術の習得にしてもさして困難ではない製紙業も、冬のさ中に水と闘う、苛酷な寒気への苦行に近い忍従がない限り、謂わゆる他村の人々には手の出ない仕事になるのではないだろうか。上川崎の人々には、冬の征服者としての血が長い伝統を承け継いで流れている、誇りを以て友太はそう考えているのであった。
「……まあ、紙漉きの方なんどは手伝うに及ばねえで、縫い物でもして貰うことにするべや。」
「わたし皆さんに気に入られるかどうか心配ですの。」
窓外に眼をやると、蒼茫とした田野の起伏に続いて、間近く聳えた安達太郎山が残照を浴びてうす赤く映えていた。
「これで三度目ですわ。」
暗くなりかけた安達駅に降り立った時、としゑは低く呟いた。
チッキの荷物を受け取って、友太は駅前の店に預けて置いた背負繩を持って来た。
「俺が背負うべか。」
「いや、あねさの荷物を持ってくれ。」
腰掛のところで手廻りの荷物を包みなおしていたとしゑが、びっくりして振りかえると、顔を赤くした少年がもじもじと肩を揺すりながら寄ってきた。俺が持ちますと、提灯を持ちかえた手を出されて、としゑは肩掛をとるひまもなく、どうぞよろしくと小腰をかがめるのへ、弟は破れた戦闘帽をぺこんと脱いだ。
駅を出ると肌を刺すような安達太郎颪であった。