Chapter 1 of 6

常陸の国霞が浦の南に、浮島と云って、周囲三里の細長い島がある。

二百あまりの家と云う家はずらり西側に並んで、向う岸との間は先ず隅田川位、おおいと呼べば応と答えて渡守が舟を出す位だが、東側は唯もう山と畠で持切って、それから向うへは波の上一里半、麻生天王崎の大松も、女扇の絵に画く子日の松位にしか見えない。

此の浮島の東北の隅の葭蘆茫々と茂った真中に、たった一軒、古くから立って居る小屋がある。此れは漁師の万作が住家だ。夏から冬にかけては、人身よりも高い蘆が茂りに茂って、何処に家があるとも分らぬが、此あたりを通って居ると、蘆の中から突然に家鴨の声が聞えたり、赤黒い網がぬっと頭を出して居たり、または、一条の青烟の悠々と空に消えて行くのを見ることがある。併し其れよりも著しいしるしがある。其は此の蘆の中から湧いて来る歌の声――万作の娘お光が歌う歌であった。

「浮島名物、一に大根、二に鮒鰻、三にお光の歌……」などとよく島の若い者が歌う位、実にお光の歌と云ったら此のあたりに知らぬ者はない。秋の夕日が西に入って、紺色になった馬掛のから水鳥が二羽三羽すうと金色の空を筑波の方へ飛んで、高浜麻生潮来の方角が一帯に薄紫になって、十六島の空に片破れ月がしょんぼりと出て、浮島の黄ろく枯れた蘆の根もとに紅色の水ゆらゆらと流るる時分、空より湧いて清い一と声、秋の夕の森とした空気を破って、断続の音波が忽ち高く忽ち低く蘆の一葉一葉を震わして、次第次第に霞が浦の水の上に響いて行く時は、わかさぎを漁して戻る島の荒し男も身震いして橈をとどめた。実に此の歌こそは浮島の名物であった。

ああ、しかしながら其の歌は最早聞かれない。万作が小屋は今も浮島の蘆の中に立って居る。併し最早其の歌は聞かれない。日の入るまで立ち尽しても、最早其の歌は聞かれない。

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